探索者試験①
「ここが、会場か。大きいなー……。人もいっぱいだ」
探索者試験会場へとやってきた俺は、目の前の建物を見上げる。
巨大なホールだ。床は石造りで、受験生たちの足音がざわめきの中に響く。長い机と椅子が何列にも並べられており、そこに座ろうとする者、ギリギリまで復習をする者、周囲と話し込む者など様々だ。
「皆、
数にして数百人だろうか
これだけの人間が一か所に集まっているのを見るのも初めてだ。田舎者らしくきょろきょろしていると、長い列を発見した。列の先には受付と書かれたスペースがある。
……そういえば博士が言っていた。まずは受付に行って受験票を渡せと。俺は列の最後尾に並ぶ。
待ち時間は暇だ。なんとなく手持ち無沙汰な俺はまた周囲に目をやる。
講堂の一角には試験官だろうか? 静かに立っており、受付を済ませて席に着く受験生たちの動きを鋭く見守っている。
……やっぱ試験ってカッチリしてるもんなんだな。なんだか少し緊張してきた。
そんなことを考えながら、田舎者らしくぼやーっとしているとふと会場の入り口がざわめいた。
「……なんだ?」
そちらに目をやると、大男が立っていた。
ガタイが明らかに普通の人間とは違う。筋骨隆々とした体格は、鍛え上げられた肉体が重厚な鎧の下からでもハッキリ分かる。背中には巨大な大剣が背負われており、刀身は俺の背丈ほどもある長さだ。
「……すごいな」
運び屋としての経験上、あのサイズ感の剣だと並みの人間なら振るうことすらままならないが、彼は軽々扱うことが出来るらしい。大剣の柄には無数の戦いの傷跡が刻まれているのがその証明だろう。
また何よりも彼の顔つきが明らかに戦士のそれだ。頬には大きな傷が一本走っており、その傷跡が激しい戦いがあったことを感じさせる。
鋭い目つきに、太い眉、広い顎は、ただ立っているだけでも周囲の者を震え上がらせるほどの威圧感があった。
周囲の受験生も只者ではないと感じとったのだろう。道を開けるようにして空間が空いていく。
そんな異様な状況の中、横合いからポツリと呟きが聞こえた。
「……あいつ、エターナ博士の護衛に任命されたガルム・バルドリックじゃないか」
ガルム・バルドリック? 聞いたことのない名だ。実は彼は有名人なのだろうか?
ひそひそとした声が続けて響く。
「あのガルム・バルドリックか。確かビッグ・ベアを一撃で倒したとか……」
「見ろよあの大剣……あれでブラッディクラブの殻をかち割ったらしいぜ」
ビッグ・ベアを一撃で倒した?
化け物じゃねえか。人間の体格より遥かにでかい化け物だぞ。確かに、博士の称号を持つ人を護衛する立場になるのも頷ける。
……こういう人も受験する試験なんだなあ。
そんなことを考えているといつの間にか列も進み、俺の順番になった。
ガルムから目を離し、受付の人に受験票を渡す。
「まずは筆記試験となります。ホールのA-17に着席してお待ちください」
「はい」
言われたとおりにホールに進む。
A-17、A-17……あそこか。指定された席に向かい、着席した。
「…………」
精神統一だ。
人のことも良いが、まずは自分のことに集中しなくてはならない。何せ今回合格出来なければクビになってしまう!
それだけは避けなくては……っ!
落ち着いて深呼吸をする。大丈夫だ、やれるだけのことはやってきた。フィオラ博士の課題だってしっかりこなしたんだ。
これまでにない緊張だ。今までの人生でこれほど緊張したことはあっただろうか。あのビッグ・ベアから逃げ回った日よりも今の方が心臓がバクバクしている。
「ーーーーい」
落ちつけ、落ち着け。
二週間とはいえしっかり勉強したじゃないか。博士だって毎日教えてくれた。
自信を持て、アッシュ。お前ならやれる。
その時、大きな声が響いた!
「おい……! アンタ、さっさと受け取ってくらいか!」
「えっ、あっ、すみません!」
慌てて目の前を見ると受験者らしい男性がこちらを向いている。見れば彼は分厚い紙を手に持っていた。恐らくは今回のテスト用紙だろう。
慌てて謝ってテスト用紙を受け取った俺は後ろの席に回した。
テスト前から早速失敗してしまった。
別の意味で心臓がドキドキだ。ミョーに気恥ずかしい。
気が付くと全員にテスト用紙がいきわたったらしい。
試験官が前に立ち、大声を上げた。
「これより
試験開始。
告げられた言葉に一斉にテスト用紙をめくる音が響いた。遅れて俺も、テスト用紙をめくる。
そして問題文を見てーーーー俺は目を見開いた。
「これにて試験終了! 用紙はその場に置いたままにするように! 続いて実技試験会場へと移動するため、付いてくるように」
筆記試験が終わった。
俺は席を立って他の受験生たちと混ざって、後をついていく。
大勢が一斉に移動するので、慌ただしくなるが、それよりも俺の頭の中にあったのは先ほどの試験だ。
……試験問題が完全に同じだった。
何と同じだったかというと、フィオラ博士の冊子に載っていた内容がそのまま載っていた。
もちろん順番は違ったりはしたけれど、問題においては全て見覚えがあった。
試験を受ける前の緊張はどこへやら、サラサラと回答を書いていって、試験事件が半分を過ぎようかという頃にはすべて書き終わるくらいだ。
いくら問題内容が例年変わりにくいとはいえ、ここまでピタリと当てられるなんてあり得ることなのだろうか?
……博士ってすげえ。
そんなことを考えながら歩いていると、どうやら目的地に着いたらしい。
「集合!
街の外。ズラリと並んだ受験者たちの前で試験官が大声を張り上げる。
「これよりお前たちには、トライアルスという街まで行って『
そう言って試験官は一点を指さした。
「……トライアルスまでは遥か先! 平原を越え、谷間を抜け、三つの丘を越えた向こう側にある。今から出発するならば……太陽が沈む頃に三つの丘にたどり着くだろう。その後、切り立った山を越えると巨大な川だ。ここを渡り、さらに丘を越えるとようやく街に到着だ!」
思ったよりも長い道のりだ。
今までの運搬の仕事で往復していた街と村までの距離の、二倍くらいだろうか。
とはいえ経験がないわけではないが。
「期限は明日の夕方。太陽が沈みきるまでとする!
なるほど。
つまりトライアルスの街に行って、『
期限があるのが厄介だが、決して不可能な距離ではない。
むしろ、これは何よりも俺にとって有利な試験ではないのか?
「試験開始ぃーーーーっ!!!!」
試験官が試験開始を叫ぶと同時、受験者たちが一斉に走り出す!
ドドドドッ! と音を立てて一斉に人が動くのは壮観だが、ぼーっと見ているだけでは出遅れてしまう。
「お、俺も行かなきゃ!」
走り出していった他の受験者を追いかけるように俺も走り出した。
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