探索者とは


 ダッシュボアの調査を行った翌日のことだ。

 俺は博士の家で説明を受けていた。


「さて、改めてだけどアッシュ君には探索者シーカーになってもらうよ」


 探索者シーカー

 それは主に魔物の調査や討伐。あるいは人類が未踏破の大地や、未知のダンジョンを探索する仕事だ。

 彼らはいわゆる国の公務員であり、仕事の目的はすなわち命を懸けて未知の解明おをして、国に利益をもたらすことだ。

 魔物討伐による素材入手、危険な魔物の安全な倒し方、生態の調査、未踏の地の調査、あらゆる方法で調べる。

 この仕事に就くにはある程度の戦闘能力や知識などが必要だ。もしくは現役の探索者シーカーなどの下で働き、推薦をもらう必要がある。


「いいかい、探索者シーカーは危険な仕事だが、代わりに身分が国によって保障される。ぶっちゃけると今のアッシュ君はね、正式な調査が出来ないんだよ。特にダンジョンと呼ばれるような場所に入れない」


 博士は大きな黒板を出すと、そこにデカデカと『探索者シーカーとは』という文字を書いて解説する。


「フィオラさんとしても助手くんが現場に入れないのは困るからね。キミには資格を取ってもらうついでに、冒険の知識も深めてもらって、私をサポート出来るようになってもらうよ!」

「はい、頑張ります!」


 それが彼女のためになるならば、頑張ろう。

 特に今回の話は俺にとってもメリットの大きい話だ。何せ身分なんてあってないような村人だった俺が、公務員になれるのだ。

 国から保証される身分は魅力的だ。考えたくはないけど、仮に博士のもとをクビになったとしても、他の仕事をしやすくなることだろう。


「そういうわけで探索者シーカーの試験について説明しよう! 探索者シーカーになるには二つの試験を乗り越える必要がある。第一次試験が筆記、そして第二次試験が実技だ。どちらも合格しないと探索者シーカーにはなれない!」


 なるほど、筆記と実技か。

 …………筆記ねえ。正直なところかなり不安だ。何せ子供の頃から今に至るまで、借金返すのに必死で勉強なんてしたことがない。

 運搬という仕事柄、村の商品がぼったくられないように最低限文字が読めることと数字の計算だけは村長に叩き込まれたが、それ以外はさっぱりだ。

 あとは実技試験も気になる。いったいどんなことをやらされるのだろうか。

 それに、そもそも試験っていつなんだ? ひとまず疑問に思ったことをぶつけてみる。


「……ちなみに博士、試験はいつなんですか?」

「二週間後だよ!」


 ……にしゅうかんご?

 二週間後ってことは、えっと。ひーふーみーよー……十四日?

 たったそれだけでもう試験だとするととてもではないが間に合う気がしない。


「あ、あの博士。俺、今まで勉強なんてしたことなくて……本当に今から勉強して合格出来るんですかっ!?」

「うん? 普通なら無理だね」


 ばっさりと彼女は答える。当たり前だろう、という顔つきだ。

 いや、まあそれはよく分かる。俺は文字を書くこともあまり自信が無いのだ。

 そうなると。

 

「じゃ、じゃあその次の試験とかに……」

「んー、残念だけど次の試験は一年後なんだ! 正直なところ、それまで助手くんが資格無しってのは困るんだよね。だから不合格ならクビってことでよろしく」

「えっ」


 再試験は一年後。

 つまり、二週間後の試験に受からなくては俺はクビ。

 …………詰んだのでは?


「み、短い間でしたが、お世話に……」

「待ちたまえよ。ちょいと気が早いぜアッシュ君」


 博士は頭を下げようとした俺を止める。

 そのままニヤリと笑みを浮かべた彼女はこう言った。


「私は"普通なら無理"と言ったのさ」

「!」


 俺はそこでようやく気付く。

 普通なら無理……つまり普通じゃなければ合格できるということだ。

 つまり、彼女が言いたいのは。


「安心したまえ、キミにはフィオラさんがついている! 最年少で博士の称号を与えられた私が探索者シーカーのテスト対策をしてやろうじゃないか!」

「は、博士…………っ!」


 なんだろう。目の前の女性が救いの女神のように見える。

 ちょっと本音を言うなら昨日、いきなりダッシュボアの突進の受け流しをお願いされた時点で判断間違えたか? と思ってた節はあったけど、やっぱりこの人についてきて良かった!

 

「そういうわけで、コレ! はいどーん!」


 博士はそう言って一冊の分厚い冊子をドサッと机に置いた。冊子の表紙に書かれているのは『探索者シーカー試験の攻略本!』の文字だ。


探索者シーカーに必要なことは数あれど大事なことは早々変わらないからね。その冊子は、私がここ十年分くらいの筆記の過去問を元によく出題される問題をまとめたものさ。この一冊を完璧に暗記出来れば合格点はよゆーだね」


 一冊覚えれば合格点に届く冊子。それなら希望が見えてきた気がする。


「とにかく試験まで時間がないからね。早速今から勉強だ! 覚悟の準備はいいかい、助手くん」

「わざわざ俺のために……ありがとうございます! 全力で頑張ります!」

「うん、その意気だ! じゃあまずは冊子の一ページ目を開いてくれたまえ」


 言われたとおりにページをめくる。

 そして俺の地獄の二週間が幕を開けた!







「問題! 探索者シーカーで最も大事とされる標語はなに?」

「信じ、探し、見つけよ!」

「テントの張り方問題。あなた達は森で野営をすることになった。ABCDのうちで最もテントを張るのにふさわしい場所はどれ?」

「一番平坦なBです!」

「ちっがーう! Bは平坦だけど窪みの中だから雨が降るとキケンだよ。だからDが正解!」


 博士からの一問一答をドンドンと答えながら体に知識をしみこませていく。

 手元の紙にどんどんと書きながら、知識を身に着けていく。

 朝昼晩、ぶっ続けだ。体力はあるが、中々にしんどい。でもやるんだ!


「次の問題だよ! これはーーーー」


 博士だって俺のために時間を割いてくれている。

 そんな俺の一日のメニューはおおよそ以下の通りだ。


 6:00 起床と朝食

 6:30~12:00 自習

 12:30 昼食と休憩

 13:00~20:00 自習

 20:30 夕食

 21:00~24:00 博士との一問一答

 24:00 就寝


 一日の大半が自習だが、この自習時間に可能な限り詰め込む。

 夜には博士が帰ってくるので、そこでちゃんと記憶しているかテストされる。それを毎日繰り返すことで頭に知識を叩き込んでいく。

 今まで経験したことのない感覚だ。そもそも文字すらほとんど書いたことは無かったくらいだし。


 ただ、一つ心配なこともある。

 フィオラ博士によると試験当日まではこのまま筆記だけをとにかくやって、実技は特に対策しないそうだ。


「アッシュ君なら実技は大丈夫さ。まずは筆記の突破だけを考えよう」


 とのことだが、本当に大丈夫なのだろうか?

 …………いや、博士を信じよう。

 そんなわけで毎日毎日、メニューをこなしながらとにかく頭に叩き込んでいった。







 そして日にちは過ぎて。

 探索者シーカー試験当日の朝6時!

 フィオラ博士から総仕上げのテストだと渡されたプリントを解いた俺は彼女に解答用紙を渡した。

 彼女は答案用紙を見て、チェックを付けていき、それも終わった。

 答案用紙をしげしげと眺めた彼女はいつもの研究者然とした顔つきで言う。


「さて、アッシュ君。キミの点数についてだが……」


 …………ごくり。

 心臓がドキドキする。緊張しているのだろうか。

 はやる気持ちを抑えつつ博士の言葉を待つと、彼女は「ふう」と息をついて言った。


「ーーーー満点さ! よく頑張ったねえ!」

「よ、よっしゃああああ!」


 やった、俺はやったぞ!

 二週間という期間であの冊子を丸ごと覚えることが出来た。


「うん、驚かされたよ。まさか本当に満点が取れるとは。八割くらい取れれば御の字だと思っていたが、頑張ったじゃないか!」

「!」


 そうやって褒めてくれる博士の言葉に嬉しさがこみあげてくる。

 思えば村に居たときはこんな風に心の底から喜んでもらえたことなんて無かった。村長は言葉では「よくやった」と言うが、顔はいつも仏頂面だったし。

 何より彼女の期待に応えられたこと、それが嬉しい。


「……ありがとうございます、博士」


 ポツリと呟く。

 なんというか涙が出そうだ。でもこれは自分一人の力じゃない。彼女のサポートがあったから身に着けることが出来たのだ。


「博士にここまでしてもらえて俺、すげえ恵まれてる……」

「……おいおい、まだ泣くには早いよ。これから本番の試験なんだからね」


 そう言うと彼女は俺の頬に手を当てる。

 顔が近い。吸い込まれそうなほど綺麗な瞳がこちらを覗き込んでいる。

 思わず呼吸が止まり、フィオラ博士の顔をじっと見つめた。

 彼女はふっと笑みを浮かべると俺の肩に手を置く。


「アッシュ君ーーキミは私の助手だ。胸を張って、試験を受けてきなさい!」

「ーーーーはいっ!!」

「よし、これが受験票だ。受付にちゃんと渡すんだよ! それじゃあ行ってらっしゃい!」


 博士の言葉を胸に刻み込み、俺は探索者シーカー試験会場へと向かったのだった。
















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