第4話

──その少女は、神様だった。


少女は、とある農村の夫婦のもとに生まれた。

名を、お千代という。


彼女の生まれは決して特別なものでは無かった。

年頃の男女が村の掟に従い夫婦となり、そして授かったのがお千代だった。それだけの事だった。


しかし、お千代は特別だった。

彼女は生まれた瞬間、けたたましい産声をあげ、そして己を取り出してくれた産婦の女を二人殺した。

どうやって? ──お千代の産声が、彼女達を殺したのだ。


かつて、“その世界”には生と死を司る神様がいた。

人を生み、そして最後は人に死を与えた神様。

それがある時、人間の体を得て下界に降臨した。

それが、お千代だったのである。


お千代は生まれてすぐに母親に「化け物」と叫ばれ、部屋の隅に蹴飛ばされた。

この世界には、魔法という摩訶不思議な存在があった。

しかし、村人の中に魔法を使える者はいなかった。

村人にとって魔法は異次元の力であり、そして忌むべき力だったのだ。


村の老人達は話し合った。

不思議な力を持つ赤子をどうするか。

…ハッキリ言ってしまうと、殺してしまうか否かを話し合ったのだ。

結論は、後者。理由はなんてことは無い。泣き声で人を殺した赤子に、誰も近寄りたがらなかったのである。


お千代は産まれたての赤子なのに、牢屋に入れられ藁の上に置かれた。

お乳も、温かい布団も、愛も、何も与えられず。

隣に入れられた罪人と共に、希望も未来もないそこに閉じ込められたのである。


やがて、罪人は飢餓で息絶えた。

しかしお千代は、空腹で死んでもすぐに健康体で生き返った。

そして、藁越しに伝わってくる冷たい石の感触にけたたましく泣いた。

けたたましく泣いて、疲れ果てて。

体力を使い切って、風邪をひいて。ご飯も与えられず、弱っては死んだ。そしてまた生き返った。


そんな日々を、お千代は数年以上続けたのだ。





お千代が6歳になった時。

転機が訪れた。

お千代の隣に、新しく囚人が入れられたのだ。


村人は死んでも死なないお千代に恐れをなし、牢屋にはよほどのことがない限り立ち寄らなかった。

しかし、その囚人は村長の息子に怪我を負わせ、重罪人としてそこに入れられたのだ。


「なんでい! オラの女を奪った男をぶん殴っただけじゃねえか! なして俺が悪いんだ!」


囚人は格子越しに手首の縄を解く男に言った。

当然、男は何も言わない。そそくさと縄を解くと、逃げるようにその場を立ち去った。囚人はフンと鼻を鳴らし、ため息をひとつ吐いてドカッと床に座る。

…ここに入れられた者の末路は、飢え死にと決まっている。

そうなる前に、ここを出たいと思うが、さてはて道はあるかどうか…。


「ん?」


と、その時。

囚人は牢屋に窓があるのを見つけた。

それは、外が見える窓ではなく、隣の牢屋の部屋が覗ける窓だった。

囚人は試しにそれを覗いて見た。彼はこの村に婿養子としてやって来たばかりで、お千代の存在を知らなかったのだ。


「おお、なんだ。俺のほかにちんめぇ童(わらべ)がいるじゃねえか」


牢屋の窓から隣を見た男は、そこにいるお千代を見て目を丸くした。

お千代は、ボロボロになって屑のようになった藁の上に座っていた。

服は着ていない。そんなものを持ってきてくれる村人はいなかったから。

少女は、雑巾のように薄汚れてしまった産着を膝に掛けて寒さを凌いでいたのだ。


「童、どうした? 身ぐるみも剥がされたのか?」


囚人は話しかけた。

しかし、お千代は反応しない。

6年間人と会話をしなかった少女は、言葉の発し方も人との会話の仕方も何も知らないのだ。


「可哀想に、寒いだろう。俺の服をやるよ」


囚人は骨と皮しかないような少女を哀れみ、自身の着ていた着物を脱いで窓の格子の隙間から差し入れた。

すると、音につられてお千代がそれを見る。

ボサボサの長い髪が、カーテンのように顔にかかる。


「そら、着方は分かるか? こんな風に羽織るんだ」


囚人は格子越しに、肩に羽織りものを掛けるようなジェスチャーをした。

お千代はしばらく服を見つめていたが、やがて小さな手でそれを手に取る。それから、囚人が覗く窓の方を見上げる。


その顔を見て、囚人は驚いた。

というのも、お千代の目は左右で色が違ったのだ。

右目は血のような赤色で、左目は澄んだ空のような水色をしている。まるで、遠い西の国の人形のような愛らしい見た目をしていたのだ。


「ほあ…おまえさん、キレイな目してんな。呪い師か?」


囚人は感動してそう言った。

というのも、囚人の住んでいた村には呪い師と呼ばれる年寄りの魔法使いがいたのだ。

彼にとって、魔法は身近な存在だった。

彼にとって魔法は忌むべき力ではなく、雨の降って欲しい時に雨の降る日を教えてくれる、便利な力だったのだ。


「……」


お千代は黙ったまま男を見上げた。

喋れない少女は、カサカサの唇から掠れた声を発する事しかできない。


「……」


「…んん? なんか訳ありみてえだな。ま、牢屋に入れられるやつはそんなもんか!」


囚人はガハハと豪快に笑った。

その大きな音に、お千代はビクッと肩をはね上げて、初めて「ひっ」と声をあげたのだった。


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2024年9月23日 21:00
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転生先は恋愛エンドありのホラーゲームの世界!? 最強アイテムは魂入りのランタンだった 須々木ニテル @mametiki

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