第3話
高圧洗浄イケメンもとい、ゴンベエいわく。
どうやらここは、俺が見ている夢は夢ではなく。
“魂の結び付きの世界”と呼ばれる、異世界のようだった。
…そう。夢だと思っていたら、俺はまさかの異世界にやって来ていたのである。
「うそだろ…俺、現世で気絶して異世界転生したん…?」
俺は鏡を見ながら呆然とつぶいた。
…パッと見は、十四歳くらいの女の子だろうか。
肩の上くらいまでのふんわりとした黒髪に、紫色のインナーカラーの入った髪型をしている。目は、ランタンに入った魂と同じ青白い色をしていた。
すげえ。美少女だ。
ただめっちゃ無表情だけど。
これは多分、魂(心)が体に入っていないからだろう。
そして服装は、赤褐色の襟に深いブルーのリボンのセーラー服のようなものを着ている。全然ファッションに詳しくないけど、なんとなくオシャレな色合いだなと感じる服だった。
「その服は、おまえより前にここに来た魂が勝手に作り出した物だ」
「え、そんな事できんの?」
「いや。普通はできない。ただそいつは、コスプレイヤーだか服飾の学校に通っていただかで、そういった“スキル”が魂に残っていたようだ」
「へえ…」
じゃあ、俺には無理だろうな。
特筆する特技なんか何も持ってなかったし。
「ていうか、俺以外の魂もここに異世界転生して来た事があるんだな」
「ああ。…転生、と言うと語弊があるけどな。そいつらはおまえと違って、生きているわけじゃないから」
「え?」
「ここはいわば、世界と世界を結ぶ糸のような場所だ。普段は存在しないし、見えることも無い糸。ただ、この糸はごく稀に死んだ者の魂を手繰り寄せる」
「し…」
「安心しろ。おまえは死んでない。…だから驚いたんだよ、なんでおまえみたいなのがここに来たのかってな」
ゴンベエは口だけで苦笑いみたいな雰囲気を浮かべてそう言った。
しかし俺は、ふと違和感を覚える。
だって、俺を見た時のコイツの驚き方は尋常じゃなかった。
それこそ、本当に死んだ人間が目の前に現れたくらいに。
だから俺は、「本当か?」というように訝しげな顔をした。(しかし実際は体は表情が変わらないので、無表情のままである)
するとゴンベエは肩を竦めて椅子から立ち上がり、俺の持つランタンを指さしてくる。
「多分おまえは、オレから見て“パラレルワールド”から来た人間なんだと思う」
「なんだって?」
「ここは世界と世界を結ぶ糸だが、どこの世界でも繋がるってわけじゃない。魂と魂に何かしらの縁があって、それを気まぐれに世界が手繰り寄せるんだ」
「ふーん…?」
なんだかよく分からん。
ただ、ゴンベエも俺に理解させようという気は無いらしく、一方的に話すと俺に背中けて本棚に向かって行った。
俺はまだまだ聞きたいことがあったが、どうにも話しかけられる雰囲気では無かったので、仕方なく今いる部屋を見渡してみることにした。
パッと見た感じは、古い洋館の一室といったところだろうか。
広さは畳でいうと十二畳ほどあり、縦にも横にもだだっ広いといった印象だ。
壁沿いには僅かに本が置かれた本棚があって、その隣には質素な机と椅子が置かれている。
それ以外には、火の付いたロウソクが掛けられているだけで、あとは何も無い。
引越してきたてみたいな寂しい部屋だ。
「…ん?」
と、その時ふと既視感を覚えた。
…なんかこの表現、聞いたことがある気がする。
いや、聞いたというか、見たというか。
…なんだっけ?
疑問に思っていると、えげつない程分厚い本を手に持ったゴンベエがこちらに戻って来た。
「どうした?」
「いや、なんでもない。…つか、その本なんだ? お前の愛読書か?」
なんか1万ページくらいありそうだけど。
ちょっと引き気味でその鈍器…じゃなくて本を見ていたら、ゴンベエは軽々それを片手で持ち上げて、ニヤリと口角を上げながら俺の方を見てきた。
「これは、おまえの魂に関する本だ」
「…俺の魂?」
「ああ。…正しくは、おまえから見てパラレルワールドにいる“おまえ”の本だけどな」
「…?」
頭上にハテナを浮かべていたら、ゴンベエが本を俺に無理やり渡してきた。
ほぼ四角と言っても過言では無い、赤褐色の鈍器みたいに重い本である。これは…六法全書が可愛く見えるレベルだな。読むのに一年は掛かりそうだ。
「コイツは“魂色見帳(こんしきけんちょう)”といってな。魂の過去を見る事ができる本だ。…まあ、ひらたく言えば魔法の本だな」
「! え、魔法が使えるのか!?」
「オレはな。おまえは無理だ。魂レベルで才能がない」
「お前ほんと顔がいいからって人のこと傷つけて許されると思うなよ」
「安心しろ。魔法が使いたいならオレがおまえの使役獣になってやるよ」
いらねえよ。
こんな高圧洗浄イケメンの使役獣なんか。
獣って呼べねえわ。普通に。
「そう言うな。これでも元の世界にいた頃は、特級の魔術士の称号を持ってたんだぜ?」
「…元の世界にいた頃?」
「ああ」
「…そういや、いまさらだけどゴンベエは何者なんだ?」
本当にいまさらゴンベエに聞いてみれば、彼はニヒルに上げていた口を一の字に紡いだ。
どこか軽薄そうだった空気が、ピンと張り詰めた糸のような空気に変わる。
? え、俺なんか聞いちゃいけないこと聞いた…?
「…何者、か」
「あ、いや。悪い。言いたくないならいんだ。別に」
「いや、言いたくないわけじゃない。…ただ、そうだな」
「?」
「強いて言うなら、オレは“負けヒロイン”ってやつなんだと思う」
「……………………」
「冗談だ。そんな顔するな」
俺の表情は変わらないはずだが、どうやら心の中のジト目はゴンベエに伝わったらしい。
彼はフッと肩を竦めて笑うと、おもむろに俺が両手で持っていた本の表紙を指先でなぞった。
「? うわっ」
途端、何も書かれていなかった本の表紙にジリジリと文字が浮かびあがる。
そこには、見たことも無いフォントでこう書かれていた。
「…囚人?」
「読んでみろ」
高圧イケメンに戻ったゴンベエがそう言ってくる。
俺は小首を傾げて彼を見上げたが、催促するように顎を動かされたため、渋々と本を開いて内容を読み始めたのだった。
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