第2話

それから、俺はその高圧イケメンに全てを話した。


いつも通り仕事に向かった事。

帰るためにバスを待っていたこと。時間を潰そうとスマホの小説を読んでいたら、目眩が起きた事。そしたらたぶん気絶して、今こんな夢を見ているんだと思うということも。

全部夢だと思っているから、何も隠すことなく洗いざらい話したのである。


「…おまえ、バカか?」


すると、高圧イケメンは机に頬杖つきながら呆れた様子でそう吐き捨てた。

栗毛色の髪がサラリと揺れて、イケメン具合を際立てている。

これには、ことなかれ主義でやってきた俺もさすがにカチンときた。


だって、これは俺が見てる夢だぞ? なのになんで、こんな変なイケメンが出てきたうえに、イケボでバカとか言われなきゃいけないんだよ。


「…さっきから黙って聞いてりゃ、こんにゃろー。やんのか? 掛かってこいよこの高圧洗浄イケメンが」


「オレは名無しだ」


「そうか。じゃあ権兵衛って呼んでやるよ。名無しのゴンベエ」


「好きに呼べ。…どうでもいい」


ゴンベエはうんざりした様子で机に頬杖をついた。股下何メートルあるんだという長い脚を持て余すように組みながら、はぁとため息を吐いている。


「とりあえず、“おまえ”が“おまえ”なのは分かった」


「俺はなんも分かんねえよ」


「まず、オレが知っている事を話すと、ここはおまえの夢の世界じゃない」


「はあ?」


「ここは“魂の結び付きの世界”と呼ばれる場所だ」


「…魂の結び付きの世界?」


あれ、なんか聞いた事がある気がするぞ。

その名前。

小首を傾げていたら、ゴンベエが俺の持つランタンを指先でつつきながら医者のように問い掛けてくる。


「おまえ、ここに来てから何か違和感は感じてないか?」


「違和感…?」


「そうだ。例えば、記憶が無いとか。何か感情が無いとか」


「記憶…あっ、そういえば俺、自分の名前と性別が分かんないんだよな」


言われて、ハッとその事を思い出した。

ゴンベエへの怒りで我を失っていたが。俺は慌ててもう一度記憶を辿ってみる。

しかし、やはり相変わらず自分の名前も、男だったのか女だったのかすらも思い出せなかった。


「ふむ。心は男性で、外見は女性という訳では無いのか」


「んー…なんかそういう感じじゃないんだよなぁ。男な気もするし女な気もするっていうか…どっちの感覚もあるっつうか…」


言葉にするのが難しいのだが、どうにも俺の中には“男”としての感覚も“女”としての感覚もある気がするのだ。


例えばゴンベエを見た時、男の俺は「うげっ、イケメンだ。しかもなんか変なカッコしてるし。いやだわぁ関わりたくねぇ…」と感じたが、女の俺は「わ、すごいカッコイイ人いる。…なんか勇者とか言って変な格好してるけど」と感じていたのだ。


なのでまあ…本当に口で説明するのが難しいが、今の俺はそんなちぐはぐな感情が混ざりあって存在し、自分でも男なのか女なのかよく分からないのである。


「なんでだろ…ここに来る前はそんな事無かったと思うんだけど」


「…その、二つの性別が混ざって存在しているというのはよく分からんが、名前が分からなくなっている理由は推測できる」


「推測?」


「おそらく、おまえの“魂”が外に出ているからだ」


「はぁ…たましい?」


「そら。こいつだ」


ゴンベエはツンツンと。もう一度俺が持つランタンを指先でつついた。

その中では、青白い炎がユラユラと揺れている。

確かに、言われてみれば魂っぽいかも。なんか真ん中にピンクのグルグルが入ってるし。

……。

いやちょっと待て。え?


「これ、俺の魂なん…?」


「そうだ」


「え、たましいって、いのち…?」


「命というか、おまえ自身だ。その炎が」


なにそのメガネが本体みたいな理論。

内心ツッこんでいると、ゴンベエが優雅に脚を組みかえて片手を上げた。


「つまり、魂が体外に出てしまっているから、おまえは名前を思い出せないんだ。与えられた“名”と培かった“心”は、魂に付随するからな」


「は…はあ…?」


「その“アバター”も、オレが用意していた器にたまたまおまえが入っただけだろう」


「あばっ、アバター?」


大混乱になりながらも気になる単語を問い返せば、ゴンベエはスっとか腕を上げてどこかを指さした。

その先を辿れば、ロウソクの掛けられた壁に大きな姿見が埋め込まれているのが目に入る。

俺はランタンを掲げたまま、恐る恐るそこに近付いて自分の姿を映した。

するとそこには、見たこともない少女の姿が映っていたのである。

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