第1話
「………」
フと。朝が来て目覚めるような自然な感覚で、“俺”の意識は浮上した。
目の前には、見慣れた自宅の光景…では無く。
ホコリの積もったボロボロの廊下と、ぼややんと青白い光を放つ何かが転がっている光景が広がっている。
…知らない場所だ。どこだ、ここは。
気だるい体を起こしながら、俺は辺りを見渡した。
しかし、どこを見ても何度見てもやはりその場所に心当たりはない。
そもそも、俺はここで起きる前に何をしていた?
思い出そうとするが、どうにも思考が鈍くてうまく記憶をたどれない。
確か……そう。バス停で、スマホの小説を読んでいたのだ。そうしたら、急に目眩のような症状に襲われて。「貧血か…?」なんて思って目を擦っていたら、フラッと体が傾いて。
で、気が付いたらここにいた、というのが現状である。
「じゃあこれは夢か」
どうにかこの状況に説明をつけるために、俺はそう言った。
その声は、淡々とした少女の声だった。
…ん?
「あれ?」
俺は小首を傾げて喉を押さえる。
もう一度「あーあー」と言ってみる。すると、やっぱり自分の体から女の子の声が聞こえてきた。
…あれ、今喋ってるのって“俺”だよな?
なんで女の子の声してるんだ?
不思議に思って下を見れば、何故か自分がスカートを履いている事に気が付く。
え、スカート?
「俺、夢の中で女子なの…?」
呆然とした声が廊下に落ちた。
しかし、その言葉を呟いた瞬間、ふと違和感を覚える。
──あれ、そもそも“俺”って男だっけ? 女だっけ?
改めて考えると、自分がどちらの性別なのか分からなかった。
男だった気がするけど、でも女だった気もする。
分からない。…え、なんで分からないんだ? 生まれ持った性別なのに。
試しに自分が男子トイレと女子トイレのどちらに入っていたか思い出そうとしたら、モヤがかかったようにその部分が思い出せなかった。
「(…まあいいか。どうせ夢だし)」
結局俺は、この意味不明な状態を“夢だから”ですべて片付ける事にした。
現実逃避、というよりは、現実なわけが無い、と信じきっていたというのが正しい。
だから、とくに周りも警戒せずにボロボロの廊下を歩いてみた。
すると、ぼややんと青白い光を放っていたのは、床に転がったランタンであったと気が付く。
「ランタン…?」
俺はそのランタンを見た瞬間、頭上に疑問符を浮かべた。
というのも、ランタンの中にあった光源はロウソクでもなければ人口の灯りでもない。
真っ青で、うにょんうにょんと燃える人魂みたいな炎だったのである。
「ランタンなのか? おまえ…」
俺はランタンに向かって問い掛けた。
当然、返事は無い。ならばと、恐る恐るしゃがんでツンツン指でつついてみれば、とくに熱いということもなく普通に触れたので、とりあえず光源としてこいつを持っていくことにした。
「【俺】はランタンを手に入れた!」
誰もいないのをいい事に、ひとり呟いてみる。
…そういえば俺、自分の名前も思い出せないな。なんでだろう。
疑問に思ったが、それに関しても俺は「まあ夢だからいいか」と軽く流してしまった。
…今思えば、ここで一度異様に楽観的な思考になっている自分に疑問を持つべきだったのだろうけど。
その時は、不思議とその“違和感”に気が付かなかったのである。
そうして灯りを手に入れた俺は、やはり周りを警戒すること無く辺りを照らしてみた。
すると、ランタンが転がっていた近くの壁に、扉が1つポツンとある事に気が付く。
「…4025?」
ドアを照らして見れば、簡素な造りの扉にそう数字が書かれたドアプレートが掛かっていた。
…なんだこれ。部屋番号か? よく分からないが、とりあえず扉に聞き耳をたててみる。
……。…まったくの無音だ。人の気配はしない。しかし日本人のサガというかなんというか、勝手に扉を開けるのははばかられたので、コンコンとノックをして「お邪魔します」と言ってから、俺は扉を押して中に入った。
「えっ」
「え?」
ら。
フツーに、人がいた。
どこの学校の制服なのか、ブレザー姿で。
部屋の中心で、火の付いていない燭台を持ってフツーにぼっ立ちしていたのである。
……この時の気まずさを、俺は一生忘れないだろう。
「…あ、すっすみません! 失礼しました!!」
当然、俺は人がいた事に驚いて、しかもその人の部屋であろう場所に無許可で立ち入った事が気まずくて、ペコペコと頭を下げて部屋を飛び出した。
バタンと閉じた扉を背に、ドッドッと激しく跳ねる心臓を押さえる。
びっ、ビビった。ここ人いたのかよ。
全然人の気配なかったぞ。…いやまあ、それ以前にちゃんとノックの返事を待たなかった俺が無礼なんだけど。
そんな事を考えていると、突然もたれかかっていた扉がガチャッと内側に開いた。「えっ、うわっ」驚いた俺は、体勢を整える間もなく後ろに倒れ、ぽすっと誰かの腕に受け止められる。
「あっ、ああ、すみませ…」
「おまえ…!?」
「…え?」
「なんで…、どうして、ここにいるんだ…」
それは、ひどく動揺している声だった。
まるで、信じられないものでも見たような。
掠れて、震えて、聞き取りにくい。そんな声。
ただ、声質的に若い男の声のようだった。
俺は恐る恐る顔を上にあげた。
すると、ほぼ真上に向けたところでその人物の顔が視界に入ってくる。…え、クソほど背高くね? この人。それか俺が小さい?
一瞬思考が横に逸れたが、その時ふと。その人が俺を見下ろすためか下を向いた。顔につけていた目隠しみたいな布が揺れて、りりんと鈴の音が鳴る。
…なんかすごいもん顔に着けてんな。この人。
「(なんのコスプレだよ…)」
「おまえは…」
「あっ、はい」
「おまえは───“勇者”か?」
「ゆ、……は?」
「……記憶は無しか」
「…?」
高身長コスプレ男(声もイケボだった)は小さくため息を吐くと、俺の体をそっとその場に起こして後ろに下がった。
…なんかよく分かんないけど、勝手に期待されて勝手に落胆された気がする。
失礼だな。イケメンだからってなんでも許されると思うなよ。顔隠すコスプレしてるからイケメンかも分かんねえけど。どうせイケメンだろ。俺の夢に高身長コスプレイケメンが出てくんなよ。ていうか高身長コスプレのイケメンに「勇者か?」って聞かれるってどんな夢だよこれ。
「おまえ、全部口に出てるぞ」
「……。」
「まあいい。とりあえず部屋に入れ。…色々聞きたいことがある」
そう言って、高圧的なイケメンはくるりと部屋の中に戻って行った。
当然、ことなかれ主義である俺はそれを断ることも出来ず、とぼとぼと後ろに続いたのである。
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