シャンパンは、いかが?


 隣に眠る優羽ゆうを横目に、私はシャワー室に向かう。裸足の足裏から、硬めの絨毯の質感が伝わってくる。ざらっとした感覚に、家とは違う薄めのスリッパに足を滑り込ませる。



 シャワー室の扉を開いて、ひんやりとした空間が肌を冷やしていく。頭だけでなく、昨日のあつい熱まで覚ましていくようだ。



(深い関係は築かない! って最初に言ってたよね? ……昨日の、あれはなに!)



 頭から、蛇口を開いて少しぬるめのお湯をかぶる。最初は跳ね上がるほど冷たい水が頭から伝って、頭を冷やした。


 徐々に温かいお湯になり、ようやく呼吸をうまく取れるようになる。



 昨日のことをお湯に溶かし流し、無かったことにする。サッとシャワー室からでて、下着を身につけた。



 

 コンセントを差して、ドライヤーをしはじめる。

 流石の優羽もドライヤーの音で起きたようで、こちらに顔を覗かせた。ドライヤー音にかき消され私は、鏡に映る人影で気がついた。



「おはよう」

「うん、おはよう」


 ドライヤーを止めて、振り返り挨拶をする。優羽は、少し躊躇うような表情させてこちらを見つめてくる。



 その表情に疑問を抱きつつも、まだ乾いていない髪を乾かそうとする。パッと鏡を向き、洗面台に置いたドライヤーに手を伸ばした。



 

 私の手を静止するように、鏡の中の優羽がゆらりと動き出す。背後から抱きしめるようにして、私の背中に優羽の胸が当たる。

 細身のチェーンでできたネックレスを、私の首につけられた。冷たい金属が、肌に張り付く。


 


「誕生日……おめでとう」

「あれ、今日だっけ?」

「自分の誕生日、忘れないでしょ。普通は」



 首につけらたネックレスは、私の好きなブランドの欲しかった物だ。指で、その銀色のネックレスをなぞる。


 贈り物でネックレスというのは、『ずっと一緒にいたい』を意味する。


 


(好きになっちゃいけない。そう思うのに)



「ありがとう……」

「あれ? ここの好きでしょ?」



 私があまり喜んでないと思ったのか、優羽は少し残念そうな表情になった。私の中では、複雑に気持ちが絡んでいる。



 揺れてはいけない気持ちに蓋を閉めて、閉じめているのに。この優羽は、無理やりその蓋を開けてくる。



「ううん、嬉しい! ありがとうっ」



 私は、振り返って直接顔を見る。無理やり開けられたそこからは、『好き』 が溢れていく。

 嬉しくて、素直な笑顔になってしまう。




 座っている私に、優羽は屈んでキスを落とす。優しくて、触れるだけ。

 離れて揺れる目の中に、私と同じ気持ちが見え隠れする気がした。



 頬に添えられた優羽の手に、私は首を傾げてピッタリとくっつける。



「ねえ、このネックレス……どういう意味?」

「……分かってるんだろ?」




(本当は、物分かりのいい女の方がいいんだろうけど。……でも)



 私は、口角をふわっと上げた。嬉しさと昨日の意地悪のお返しを含めて。



「言ってくれないと、分からないじゃない?」

「分かってるくせに!」

「ん?」


 

 首を少しクイっと動かして、早くと私は促す。言って欲しい気持ちで、もはや頭がいっぱいだ。




「茉里。好きだよ」




 その一言に、大きく心臓が跳ねた。冷たかった金属が、私の上昇する熱で温まる。



「ふふふ。私も! ……でも、いいの? だって……」



 最初の、身体だけの大人な関係でという約束を破る事になる。その後に続けようとしな言葉を飲むようにして、優羽はキスをする。

 今度は深くて、息が苦しくなるキスを。



「……っ」

「黙って」



 そう短く、私を遮る。自分から言い出した約束なのに、こんな形で破るなんて。

 きっと、お互い想像してなかった。




 唇を離されて、スウっと吸い込んだ息は身体を駆け巡る。火照る心を覚ますように、早く呼吸した。



「あの話は、無かったことにしよう」

「うん」



 この好きの気持ちは、シャンパンの炭酸が弾けていくように私の周りを彩る。

 ふわりと浮いた私の身体は、再度ベッドに落ちていった。




「好きだよ、茉里」


 

 

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