ボツ

植キ

第1話 復讐ではなく救済です

1話


 ああ、終わった。

 階段を1段、1段ゆっくりと上る。

 幼い頃は良かった。何よりも、眩しい背中があった。

 ……眩しすぎてもう見えなくなってしまったが。


 階段を上り切ると、扉に貼り付いた『危険!入るな!』の文字を横目で見て扉を開く。

 そこは今までの重い空気とは違い澄んだ空気に感じた。

 1面の曇天。これが満点の星空だったらなんともまあロマンチックだっただろうなと、どうでもいい事を考える。

 右手に持った死を綴った紙はすでにクシャクシャになっていて、見るに堪えない。だがそれに反して青年の顔は穏やかだった。


 だってやっとこんなクソみたいな人生を終えることができるのだから。


 手すりを乗り越え、ドラマで見たように靴を脱ぎ揃える。そういうルールだと思ったからだ。


 ……母さん、ペットのトラ、そして何よりも眩しかった貴方。

 走馬灯のように過ぎったのは、大切だった家族だった。


 ……ありがとう。と心の中で呟き、足を踏み外した。


 ――――パチン。と指を鳴らすような音を背景に。


 ――――――――――――――


「おい雨板あまいた!またか!」


「申し訳ございません!すぐに修正致します!」


 そんな声が鳴り響いたのはとあるオフィスの一角。

 青年――雨板あまいたクナイは今日もまたいつものように上司の怒号を聞いていた。

 上司は女性や目上の人には優しいのだが、雨板あまいたのような大人しく、反抗することが出来ないでいる人材にはここぞとばかりに怒号を喚き散らす、パワハラ上司だった。

 今の時代、そんな上司はすぐに他の社員に報告され解雇になってしまいそうなものだが、ここのオフィスは所謂『問題児』達が集まって出来たようなオフィスのため誰も報告などしなかった。見て見ぬふり。皆自分の事で忙しい。

 だが大人しく不器用な雨板あまいたは、自分の力量が不足しているからだと思い込み、会社を辞めること無く不器用ながらも働き続けていた。


 そんな時にあの事件は起こった。

 それはある日階段での出来事だった。

 その日の雨板あまいたは仕事に追われており、いつもより珍しくイライラしていた。

 その時にあの怒号が聞こえてきた。


「おい雨板あまいた!!またミスがあったぞ!何度目だと思ってんだ、あ゙?」


「……すみません、すぐに直します」


「すみませんで済む話じゃないだろーが!」


「…………」


「話聞いてんのか!今すぐお前のこと解雇してやってもいいんだぞ!?」


「…………い」


「あ?」


「うるさい!!!!」


 つい、だった。

 つい階段から上司を突き飛ばしてしまった。

 幸いもう時刻は深夜。残業していたのは上司と自分だけ。


 ゴッ…………。


 重い音を鳴らしたのが最期、上司は動かなくなった。


「……え?」


「ちょっと、どうしたんですか?っわぁ!?」


 我に返り、急いで上司の元へ行き頭を抱えるようにして起こそうとしたが手にベッタリと着いた血液を見て肝が冷えた。


 その後何度呼びかけても上司が返事することは無かった。


 ……あれ、俺人殺しちゃった……?


 ――――――――――――


「はっ」


 目が覚めた。

 さっき俺は屋上から飛び降りて……死んだはずだ。

 一瞬だけ生き残ってしまった可能性も考えたが、そこは病室のベッドの上でもなければオフィスの入口でもない。

 そこら中に目、目、目。

 沢山の目が俺を見ていた。


「ひっ……!」


 ゾッとしたが、ちゃんと死ねたんだという安心感も確かにあった。どこからどう見てもそこは地獄だったから。


「目が覚めたようね」


 地獄の主だろうか、女性の声が聞こえた。


「……地獄の魔王様は男性のイメージがありましたが」


 そんな言葉が口から出た。

 本来俺は案外冗談を言うのが好きな性格らしい。


「目が覚めて開口一番そんなこと言う人は貴方が初めて」


 女性はとても美しく、肩まである黒髪に黄色いメッシュが似合っていた。瞳もメッシュの色に引けを取らない程美しく琥珀色に輝いている。

 ……だが何となく寂しそうな目をしていた。


 周りを見渡すと鏡のようなものが置いてあり、そこには顔に白い布がかけられた自分であろう人間が映っていた。


「俺は死んだんですね」


「?死んでないわ」


 ???


「……俺は死」


「死んでない」


 意味がわからなかった。


「え?じゃああの鏡みたいなのに映ってるのは?俺ですよね?」


「そうね」


「どっからどう見ても死んでない?」


「肉体は」


 つまり、彼女は厨二病ぽく言うと俺の『肉体』は死んだが『魂』ほまだ生きてると言いたいのだろう。


「OK、理解した」


「異様に理解が早いわね」


「生きてる……肉体が生きてた時は漫画を読むのが趣味だったんだ」


 最近流行りの漫画でも、肉体と魂が切り離された少年の話とか復讐劇的なものがあった記憶がある。

 所謂……。


「異世界転生」


「話が早いわ」


 適当に言ったがまさかの正解だったらしく、複雑な気持ちになった。


「あのぉ……俺別に上司のこと恨んでないっす。嫌な人だったけど」


「だから何?」


「いや、殺しちゃったけどそれはたまたま偶然……」


「なるほど、若干理解が噛み合ってないのか」


 少し考える素振りを見せた後、女性はゆっくりと口を開いた。


「貴方にして欲しいのは、復讐じゃないのよ」


 続ける。


「パラレルワールドって聞いたことあるでしょう?そう、平行線上の世界のことよ。貴方にはそこに行って欲しいの。そして」


 ――――世界を、救済して。


「世界を、救済する?」


「普通の異世界転生物を想像してるんだったら少し違うから。まず貴方にプレゼントできる能力にチート能力は無い。3つ提案できるから好きなものを選んで頂戴」


「次に貴方にして欲しいのはさっきも言った通り復讐ではない。むしろ人を助けることに集中して欲しい。」


「最後に、何があっても私が」


 ――――貴方を守る、鞘になるから。


「…………」


 聞きたいことが多すぎる。まず、


「なんで俺なんだ?俺以外にも人助けに向いてそうな人なんていっぱい居るじゃん」


 例えば自衛隊員だった人や警察官だった人で不慮の事故で亡くなってしまった人なんて過去を遡ると少なからず居そうなものだ。


「それが簡単な話じゃなくて、能力――『蝕罪しょくざい』を授けるには適性があるの。ここ最近全く現れなかった時に現れたのが貴方」


「適性ね……あと、救済ってどういうこと?世界が滅んだりするから勇者になって欲しいってこと?」


「大体合ってる。このままだとそのパラレルワールド、まあ鏡の世界なんだけど壊れてしまうのよ。そうなっては困るの」


 一瞬女性の表情が強ばった気がした。


「他に質問は?」


「……あ、その3つあるって言ってた能力って?何から選べるの?」


「1つ目は創造の能力。守りの能力と考えていただけると結構。バリア出したりとかそんな感じね」


「2つ目は破壊の能力。こちらは逆に攻撃の能力よ。ビーム出したりとか」


「なんかRPGみたいだな……」


「最後に……これは私には分からない。神のイタズラね」


「神のイタズラ?何だそれ」


「貴方が1番影響を受けたものだったり、強く願ったりするものが能力として具現化されるの。これを選んだ人は過去に1人しかいない」


「じゃあそれにする」


 即答。


「……後悔しない?」


「だってレアっぽくてかっこいいじゃんそれ」


「……前選んだどこかの誰かさんも似たようなこと言ってたわよ。男の子ってそういうの好きね」


「一応大人だけど」


「はいはい、質問タイムはもう終わりね?じゃあ着いてきて」


 女性に着いていくと、さっき見た鏡とは別の形の鏡があった。だがさっきの鏡と違い、あちこちにヒビが入っていて今にも割れそうだ。


「この中に入ってもらう」


「えぇ、心の準備とかは?」


「こっちは急いでるのよ。ほら早く早く」


 背中を押してくる。


「辞めてよ自分から行くから!」


「あら貴方上司には言えないのに私には辞めてって言えるのね」


「もう吹っ切れてるんで……」


「じゃあさっさと行ってらっしゃい」


「ぅわっ!!!」


 蹴られた。鏡の中に蹴って入れられた。

 ぐにゃりと視界が歪む。身体があちこちから引っばられる感覚がして気持ち悪い。


 そういえば。


 ――――貴方を守る、鞘になるから。


 あの言葉の意図を聞き忘れたな。


 そう思っていたら別世界に着いたらしい。

 そこには。


 ――――屋上から飛び降りそうな少女の姿があった。




 ――――――――――――――――――――


 閲覧ありがとうございます。

 のんびり更新していく予定ですので何卒よろしくお願いします!

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ボツ 植キ @ueki3332

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