二度も三途の川で頭を打って死んだ

不明夜

二度も三途の川で頭を打って死んだ

 暇だ。

 ただひたすらに暇だ。

 探偵の本拠地、即ち探偵事務所にて瞑想しながら依頼人を待つ仕事に就き、既に五年が経過したらしい。 


 俺自身の生まれ持った素質を活かしたい、という考えから始めたこの事務所。

 主とする依頼の対象が少し普通でないのは認めるが、だからと言って普通の依頼すら来ないのは少しおかしいと思う。


 それでも一応この事務所が存続しているのは、俺が日々夜勤バイトに勤しんでいるから––––––––ではなく、ごく稀にちゃんと依頼人が訪れてくれるから。


 そして幸運な事に、今日は”ごく稀”な方の日だったらしく。

 本当に、依頼人が来てしまった。  


「妻を殺した犯人を、見つけ出して欲しいのです」


 事務所の扉をゆっくりと開け、俺に促されるがままに安物のソファーへ座った彼は、開口一番にそんな事を言い放った。

 

「……それはご冥福をお祈り申し上げます。が、しがない探偵の手には余りますよ。はやる気持ちもわかりますが、警察の方々が解決してくれるのを待ちましょうや」

「いえ、警察はしっかりと働いて下さいました。事件は、もう解決したんです」

「はあ。なら、何故に私の元へ?」


 一応依頼内容は予想出来ているが、一旦とぼけるフリでお茶を濁す。

 あまりがっつきすぎると、普通に詐欺だと疑われて帰られてしまうからな。

 この仕事をやっていて手に入れた、数少ない貴重なライフハックだ。


「表に貼ってあったチラシの内容、あれは本当でしょうか」

「まあ、それなりに、十中八九真実ですよ。この場で証明する手立てもないもんで、信じるかどうかは依頼者様次第なんですがね」

「––––––––でしたら、信じます。信じますから、どうか。。見つけた後は……探偵さんにお任せします。意味の無い依頼ですが、それでも良ければ受けてくれませんか?」


 数年前に独学で作ったチラシがまさか、本当に役に立ったとは。

 俺の元に意味のある依頼が来ることも稀だし、そもその依頼が来ること自体が稀なので、断る理由は存在しない。

 それにしても今回の依頼人、犯人への復讐が目的でないのは珍しい。

 今までは霊をぶん殴って終わりの依頼が多かったのだが、今回は殴る必要すらなさそうで助かるな。


「依頼者様がその気なら、探すだけ探してみますとも。目に見えないモノを探すなら、この俺。石塚破律いしずかはりつにお任せを!」


 の探偵事務所。

 

 日常と非日常、オカル神秘トとカルト狂信の狭間に存在するこの事務所で、俺は探偵稼業を営んでいる。

 要するに、霊感商法一歩手前のビジネスだ。


 従来の霊感商法と違うのは、ただ一点のみ。

 体質なのか何なのかは不明だが、俺が本当にということ。


 証明する手段はないので、訴えられたら間違いなく負けるのだが。


 * * *


「はー……普通、こんな怪しい自称探偵相手に前金なんて払うか?霊能力とかを信じる人間の思考はよく分からんな、本当。霊能力とかを信じてくれる人が意外に少なかったから、万年金欠な訳だが。はははっ!」


 依頼人から受け取った前金を銀行に預け、スマホ片手に人気の少ない路地を歩く。


 この街には、霊が多い。

 パワースポット的な何かがある訳でもないのに、何故か異様なほど霊が多いのだ。

 

 困った事に種類も豊富で、事故で死んだ結果地縛霊になった人や、死してなおストーキングに勤しむ悪霊、人間由来なのかすら分からない巨大な怨霊だって生息している。

 自殺した人間はまず間違いなく地縛霊になるような土地なので、今回の依頼は比較的簡単に終わるだろう。


 依頼人にどう報告するか、の方が問題なのはいつもの事だ。


「んで、犯人様が死んだ場所ってのが……雷辺橋か。なるほど、警察に追い詰められて身投げ?そんなら多分地縛霊にはなってるだろうし、適当に話でも聞いて切り上げるかね」


 依頼人から聞いた情報を元に、それなりに信頼のおけるネット記事を読み漁る。

 つい数ヶ月前にこの街で起きた強盗殺人事件、その犯人が今回のターゲットの様で、死亡した場所の特定は実に容易だった。

 普段なら面倒な聞き込みなんかを繰り返しては、街中を歩き回っているかも分からん霊を探していたので、今回は本当に楽な仕事となりそうだ。


 鼻歌交じりに人気の少ない道路を進み、大体一時間は経った頃だろうか。

 これまたろくに人がいない、雷辺橋へと辿り着いた。

 橋といっても小さなもので、その下を流れる川の水位も水溜まりより多少マシな程度。

 うん、そりゃあ飛び込んだら死ぬわな。


 まあそんな事はどうでもよくて、重要なのは橋の上で佇んでいる青年の方だ。 

 黒のパーカーに紺のジーンズと、服装的にはどこにでもいる普通の人にしか見えないが、困った事につい先程ネット記事で見た事のある顔をしている。

 

 ––––––––つまり、彼がターゲットだ。


「はーい、そこのお前?面倒なんでちゃっちゃと終わらしたいんだけどさ、ちょっとお時間いいですか?いいって答えろや、金賀内音サマよお」

「何で俺の名前を知ってんだ、殺すぞおっさん。てか、俺の姿って見えるモンだったのか?よく知らんが、俺は地縛霊かなんかだと」

「ああ、お前って自覚ある系?だったら話が早い。お前の思っている通り、実に見事な地縛霊だよ。面倒なんで面白エピソードを話すか、成仏するか選んでくれ」

「……よし決めた、お前も道連れにしてやるよ」


 幽霊は橋の欄干に手を掛け、そのままへし折って手頃な棒状の武器を作成する。


「おうおう、本当幽霊って何でもアリだな。武器アリで素手のおっさんに負けるとか、地獄でも語れる鉄板エピソードになるじゃないか、良かった良かった!」

「ハッ、地獄に行くのはてめえだよ!」


 幽霊の持つ鉄の棒が、俺の脳天目掛けて豪快に振り下ろされる。


 ––––––––それを横に飛び退いて回避し、幽霊の手から武器を叩き落とす。

 その勢いを保ったまま、ついでに顔面へ裏拳をお見舞いする。


「っ––––––––てめえ、何で俺を殴れるんだよ!?」

「人間様を舐めるんじゃないぞ、何たって死者を踏みつけながら発展してきた生き物だからな。と言う事で、お前も黙って死んで……じゃなかった。成仏してくれ」

「それっぽい事言って誤魔化す気か?だったら残念、生憎と俺はそういう話に対して一切聞く耳を持てないタチでね!」


 幽霊の拳が俺の腹を捉える。

 俺の拳も幽霊の顔を捉える。

 一撃目は、痛み分けと相成った。


 なら。

 相手よりも速く、多く、強く殴るまで。

 

「除霊膝蹴り!除霊目潰し!人類の叡智足払い!コンクリートの味はどうだ?残念ながら俺は健康体なもんで、幽霊の味覚は分からんのだよ。教えてくれないか?」

「くっ……なんで強いんだよ、てめえ……」

「古今東西、探偵には武術の心得があるもんだ。そうそう、一つ除霊に関して俺の持論があるんだがな?簡単な話、そいつが死んだ時と同じ事をすれば成仏できるってモンだ。理屈は知らんが、なんかそうらしい」

「は?……おい、やめろ、俺を持ち上げるな、おい––––––––」

「一名様、地獄にご招待って事で。そんじゃ、来世も頑張れよー!」


 よし、除霊終了。

 依頼人には、犯人は自身の罪を悔やみながら成仏したと伝えておこう。


 いやあ、今日は気分がいい。

 依頼人に電話した後は、久しぶりに焼肉にでも行くとしようか。


「すみません、ちょっとお時間よろしいですか?ここで奇声を上げながらシャドーボクシングに勤しんでいる方が居るという通報がありまして––––––––」

「……ははは。……そういえば、取り調べでカツ丼が出るのって本当なんです?」

「少なくともウチでは出してませんね。そもそも、ちょっとお話ししたら帰って貰いますから。ここ最近は大変ですけど、ストレスの発散方法は考えて下さいね?さ、パトカーへ乗って。残りの話は署で聞きますから」

 

 ……とても焼肉に行けるテンションではないな、今は。

 

 パトカーの中で目を瞑りながら、そんな事を考えた。

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