第3話 裏切者
魔王に託された剣だけが俺の背中に墓標のように鎮座する。憤怒の如く熱き炎を纏っていた
四天王、第一柱。「”炎帝”リカルド」今の俺には過ぎた名だ――
この旅路は彼の戦乱の意味を問う巡礼の旅。戦の後、俺を助けた只一人の人間。
彼が住まう屋敷は山を越えれば見えてくるだろう。
高木が生い茂り、昼でも昏い
殺気も隠せぬ半人前か? 敵を見誤った野盗が木の影から俺を見張っている。
全く……尾行を撒いたかと思えば、次から次へと雑魚ばかり近寄ってくる。
俺が求めているのは余暇と思策の時間だ。
昔と違って強者を求めている訳じゃない。
身の程を知らない雑魚は、思索の邪魔だ。虫の羽音と同じく煩わしい。
「……応えずとも構わない、魔剣よ」今は只、道具として俺の役に立ってもらう!
――秘技・崩山衝!
敵が控える森林に斬撃と衝撃波を放つ! 切り裂かれたタイガの木々が倒れ山肌を崩落させると恐れ慄きながら敵は退いてゆく。逃げ際に矢を放つがそれらも剣で全ていなし、狙いすました一撃も手でつかみ取りへし折ってやる。自身に飛び込んでくる矢を掴むのは誰かを狙う矢を掴むより俺には容易だ。よく見ると林の奥に消えてゆくのは野盗ではなく魔力を失ったエルフ共だ。元より高位のハイエルフの半分以下の魔力しか持たない彼らは現代では人間にも劣る未開の地の民となってしまった。
「――強ェっ! バケモンだアイツ、全員退けっ」
言葉も蛮族じみている。かつて魔族と凌ぎを削った魔法の使い手、エルフの凋落。
嘆かわしいが、王を失った魔王領の惨状よりは遥かにマシだ。俺の魔力も1/100以下に落ちている。
それでも尚
――まだ、俺は強いと言うのか?
本来の「崩山衝」は文字通りの技だった。一薙ぎで巨山を両断する秘技。獄炎の
凋落したエルフをはじめ「亜人」と「魔族」の境はひどく曖昧だ。古くから人間社会の一部に集落を築き、人間と交友関係を築いていたドワーフやエルフ、一部の獣人族が亜人と呼ばれる。人に近い種族=亜人。自分達本位の傲慢な種族、それが人間だ。
昏い森を抜け、街道に辿り着く。徐々に視界に人工物が目に付くようになってきた。かつて俺が滅ぼした古い城壁は農場の景色の一部となっている。農夫の子どもたち草原を牧羊犬と共に駆け回っていた。かつてここを駆けたのは、魔王軍と人間側の騎兵隊だ。この地の下には20万を超える兵士の死体が眠っている。
子供は戦乱を知らない、人の子も、魔族の子も等しく。この10年の間に生まれた子供たちにとっては過去のことだ。農夫の中には亜人もいるようだった、彼らのように人と共存する道を我々も探らなくてはならないのだろう。
道中で行商人の一団と会釈を交わす。先程の連中と違い礼を弁えているのなら、こちらも礼を尽くす。危害は加えない。一団の長であろう老人の双眸は俺の双角を見つめていた。……面倒だが一芝居打つことにしよう。
「……山羊の亜人のリカルドといいます。ロックハート邸への道はご存じですか?」
行商人はこちらが亜人だと
「あぁ、失礼。魔族かと思った。驚かせないでくれよ」
「よく言われます! 見てください翼なんて生えてませんよ」
老人であればこの程度の偏見は仕方がないだろう。
単に大男や肉食系統の亜人だとしても彼は警戒するはずだ。
「はっはっは! 魔族だったらこんな昼間に歩き回らないでしょう!」
これも偏見だ。太陽の光で浄化などされない。浄化という言葉も腹立たしい。まるで魔族を穢れた者のように! ……笑って誤魔化したが思わず表情が険しくなってしまう。
「そ、そうだな、失礼した……ロックハート邸はこの先だよ。だが今は誰も居ないはずだ」
かつてロックハート伯は言っていた。都市部の
荒れ果てた庭。枯れた噴水。首の折れた彫像と、回らない風見鶏。あれを取り付けたのは他でもない俺自身だ、命を救った恩がこの程度のことでいいのかと問うたが彼はそれだけのことしか俺に頼まなかった。ひび割れ苔むした石畳、しばらく本邸には帰っていないのだろうか? それとも都市に拠点を移したのか?
玄関に辿り着くと不用心に鍵は開いていた。埃っぽい屋敷内には人影はない。
「邪魔をする! 俺は……私はリカルド。ロックハート伯の旧友だ! 何方か居られるか!」
返事がない。記憶が正しければ彼の寝室は二階の階段を上ってすぐの部屋だ。
軋む階段を上り、ノックもせず部屋に入るとクッションを投げつけられる。
「着替え中ですわ! ヴィクター、まだ入って来ないでっ!」
人間の女だった。この部屋に居るという事はロックハート家の者。
金髪に銀色の眼まさか、あの幼かったソフィなのか――!
「ソフィ、久しぶりだ。大きくなったな――」
見事なコントロールで燭台が飛んでくる。
角に当たりゴツンと鈍い音が鳴る。
肩を震わせ息を荒げながらソフィと思しき女は叫ぶ。
「――貴方のような人は知らないわ! 勝手に部屋に入らないでくださる?!」
ああ、ソフィで間違いない。小さな頃から負けん気の強い子供だったな。
……仕方ない一度部屋を出て、落ち着いてから話をするとしよう。
ソフィに背を向け部屋から出ると眼鏡をかけた不健康そうな男が立っていた。
――俺はこの男を知っている。忘れるはずもない。忘れるはずがない!
「レディの着替えを覗くなんて感心しませんねぇ、魔族が屋敷に何の用ですか?”炎帝”リカルド」
応えるより剣を抜く方が早かった。だが紙一重で男の貼った結界の方が早い。魔力が失われたとはいえ生半可な防衛術程度では
「驚きましたか? 魔力が無くなったなら創ればいい。今はまだ一瞬だけの使いきりですが――」
小手先の魔術強化、一瞬しか貼れない防御結界。全盛期の魔力に比べたら俺もこの男も相応に弱体化している。だが、この男は俺の剣撃を見切ったということだ。眼鏡の奥で憎たらしい微笑みを浮かべている。
「その薄ら笑い、フォルゲートだな?」
「……笑顔は大切です、感情を殺して冷静になれる。あなたも笑うといい」
間違い無い。人間側の魔導士でありながら魔王軍に協力し、そして魔王を裏切った稀代のペテン師。魔王軍の敗北の原因の1つと言ってもいいだろう。
「裏切者の貴様が何故この屋敷に居る!」
「私は誰の敵でも味方でもない、強いて言うならば知識の従僕だ」
「さっきから廊下でうるさいですわ! 今日はやることが沢山ありますのに!」
部屋のドアが開き作業用の服に着替えたソフィが勇み足で現れる。若草色の技師のようなツナギ。束ねた金髪はその服に不相応に輝いていた。何故、貴族が作業服など身に着けるのか? といった突っ込みはこの時は思いつかなかった。仮面のような笑顔を浮かべたヴィクターが俺とソフィアを見て言う。
「彼は友人のリカルドです。なかなかの力丈夫ですよ?」
――誰が貴様の友人だ!
ソフィは下から俺を睨み付けてくる。
「……貴方、ヴィクターのご友人ですの? 覗きの迷惑料として貴方にも屋敷の掃除を手伝ってもらいますわ! そしたら晩御飯くらいは作って差しあげてもよろしくてよ!」
わたくし辺境伯。~魔王討伐後貴族は没落!お屋敷賃貸で不労所得。没落貴族の大逆転劇!…のつもりでしたわ! 夜灯見灯夜 @8103TY
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