少女XはSSランクでした。

紫田 夏来

少女XはSSランクでした。

 本日はお日柄もよく、桜の花びらが舞い散る校門を再びくぐらせて頂けたこと、大変嬉しく思います。

 私がこの学校に赴任したのは一年前でした。中等部三年だった子たちは特に、私をよくご存知でしょう。一学期の終わりに、私の教師としのあり方が、保護者会の議題になりましたね。私は無慈悲で、しかも力量不足である。よって教師として失格だ、と。時事問題が多すぎる、テストで差がつかない、色々言われました。至らないところだらけですね。記述がほとんどですから、確かに点数の差はつかない。でも回答の中身で差がつくと思った私は、甘かったとしか言えません。

 私は大学の卒業論文で、学校という小社会の構造を分析しました。卒業後は、さらに研究をするため、修士課程に進みました。数多の文献を読み漁った日々は、ほんの一年前なのに、懐かしく思います。長らく続けたアルバイトだって、三百六十五日も経てば昔のことです。

 勤務先の塾で、気になる子がいました。中学受験対策のために通っていた女子児童でした。彼女を、ここではXと呼ばせて頂きます。自習室の監督をしていた私は、よくXの質問に答えました。彼女は大層優秀でした。成績を上げるためにはどこまでも貪欲な取り組み方の成果でしょう。私はXの成績をさらに上げるため、一つだけアドバイスをしました。それは、Sランクで満足しないことです。

 私は、あまり人受けが良くありません。サイコパスと言われたこともあります。思い起こせば、Xと心のやりとりをしたことはありませんでした。だから、なんでしょうか。私は、Xならできると思いました。サイコパスは、サイコパスとなら共鳴できるのでしょう。

 その塾では、取り組みの状況や成果を三段階で評価していました。一番上がS、次にA、最後にBです。どんなに努力しても結果を出しても、Xを評価するのは人間です。相手の人間にとって好ましくない場合、低く評価されてしまいます。しかしSSランクの人間なら必ず良い評価をもらえる。相手も人間だということを、忘れてはなりません。


 学校は社会に出るまでの勉強の場であると言う者は多くいます。確かに、間違いではないでしょう。しかし私は、学んで良いことけないことがあると考えます。

 人生の先輩を敬う心は大切だとされます。本当にそうでしょうか。敬うに値しない先輩は、いないのでしょうか。推薦をもらうために媚びを売る者はよく見られますよね。評定を良くするために愛想を振りまいていますよね。

 君は、我々教師に媚びへつらい、他人を蹴落として自分はのし上がろうとしていませんか?

 良いんですよ、上昇志向は悪いものではありません。でも皆さん、君はまだ中高生です。あなたたちが見ている世界などたかが知れている。ここでどんなに素晴らしい結果を出しても、外に出れば大したものではない。学年で唯一のポジション、そうですね、分かりやすい例はテストの学年一位でしょうか。そんな者は、外には大勢いるんですよ。みんな嫌な奴だと思っていても、外に出れば良い人ばかりかもしれない。みんな良い人だと思っていても、外に出れば嫌な奴ばかりかもしれない。学校が全てではないと、頭ではわかっているつもりかもしれません。

 本当にわかっていますか? 信じられる人なんかいない。心のどこかで、そう思っている者はいませんか?

 何も言わなくて結構ですが、今、己の心に訊いてみてください。


 答えは出ましたか?


 私は、Xの変化に気付きませんでした。毎日のように顔を見ていると、わからないものなのかもしれませんが、そんな言い訳は通用しないんです。Xの周囲にいた人々は揃いも揃って……馬鹿でした。彼女を追い詰める者、見て見ぬふりをする者、何も気付かない者、全員加害者です。彼女が見ていた世界には、危害を加える者しかいなかったのです。異変を察知した時には、もう遅かった。

 Xが、今どこで何をしているのか、私は知りません。誰も何も言わず、彼女だけがそっと姿を消しました。


 ここで出会った生徒の中で最も印象に残っている子は、春から外部の高校に通っています。少なくともあの子には、教師として、年長者として、私は役に立てたと信じたい。

 おや、外部の高校に進学した子と言えば、やはり皆さんは誰だか分かるのですね。そういう集団から抜けた者に対する思考、君たちの視野の狭さが、私には批判すべきものにしか見えません。小さな思考回路で、小さな社会の中で、あなたが当たり前と思っていることは本当に当たり前でしょうか。

 本来の意味で、当たり前に生きていますか?

 歪んだ思考では当たり前としたものが、実は当たり前じゃなかった時、君はきっと当たり前に生きてはいない。

 あなたは、幸せですか?

 もっとはっきり言いましょうか。

 お前ら、目を覚ませ!

 ハウリングなんか気にしませんよ。おかしいことはおかしいと言え。己の頭を狂わせるな。バカにははっきり「お前はバカだ」と言えばいい。そうですよね、先生方?

 君たち、わかりましたか。小学校を出たばかりの初々しい子供たちが、成人を迎える頃には頭が狂う。他人の評価やら社会的地位やらに惑わされる思考を植え付けている奴らに屈しないでください。君たちは賢い。できる。だから、これも”差がつかない”でしょうね。あなたが幸せに過ごせる場所で、心から納得する人生を歩んでください。これは私から皆さんへの、最終問題です。

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少女XはSSランクでした。 紫田 夏来 @Natsuki_Shida

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