第5話 におい

「うちの息子、どう?」


 お客さんでよく来るおじいさんの言葉。そう言いたくなる気持ちはわかるよ。俺、外面いいから。でも嘘は言わないから、性格もいい奴だと思ってる。


「残念。付き合ってる人がいるんだ。二人目としてならいいけど」


「それくらい考えなきゃいけないかもなぁ」


 物分かりのいいじいさんだ。少子化を防ぎたかったら一夫一妻をやめて、離婚も簡単にできるようにすればいい。いや、離婚なんてのも面倒だ。他の男の子どもを産んで、そのまま皆で育てたらいい。


 じいさんの息子は凛より七つ年上だ。

 いい人。

 性格も頭も。

 地味なだけだ。女から見たら面白くない。


 二人目が三人目ならホントにいいのにな。と思ったけど、じいさんが可哀想だから正直に言うのはやめた。


 40歳を過ぎると、臭う。いわゆる加齢臭。さらに過ぎれば前倒しの死臭。


 幼い頃、老人ばかりいる村に住んでいた。寄り合いが開かれると、その体臭と樟脳の臭いで頭がおかしくなりそうだった。薄くなる髪、濁った目、刻まれた皺、まだらな歯。誰がああだこうだと悪口三昧。まさに悪魔の会合だ。



『煙草を吸う人はダメ』


 大学時代、同級生の言葉。平安貴族みたいな長い黒髪に白い肌。好きなタイプの話。あの時なんて答えたかな。多分、優しい人とか会話が楽しいとか?


 結局、彼女はベビースモーカーと付き合った。吸わないどころかヘビーじゃねぇか。



『橋の持ち方が変な人はダメ』


 って先輩もいて、確かに不器用な女子はひくかと思ってたら、すんげぇ持ち方の女と付き合った。どうでも良かったんだな。



 付き合う前の人間の理想は取り立てて重要じゃなかった、ってオチはまあいいんじゃないって思うけど、逆は深刻だよねぇ。


 今同棲してるあいつの、食べ物を飲み込む音が嫌なんだよな。そんなどうしようもないところが気になるって、何なんだろうな。嫌いなのかな。そんなつもりはないんだけど。



 朝陽が県外に出張ということで、ついて行ってホテルで過ごす。県外とはいえ、田舎から田舎に移動するのだから昼のデートはしない。誰が見ているかわからないから。


 ベッドに寝そべって痛む首と肩を揉んでもらう。なんでこんなに痛いんだろうか。


 朝陽は辛抱強く一定のリズムと力を維持して揉んでいく。こちらがいいと言うまでやめない。本当にいい奴だ。犬みたい。犬、飼ったことないけど。


 このままだと寝てしまいそうになる……ってとこで終わりにして、朝陽を手招きする。


 ご褒美のキスだ。朝陽の頭をなでつつホールドする。本当に犬って感じ。


 別にロマンチストじゃないけど、キスだってリズムと強さは大事だと思う。朝陽のキスが飽きないのはそういうところだ。


 小学生みたいにただ押し付けてきて、歯が当たるようなあいつとはわけが違う。……なんで俺はあいつと同棲してるんだろうな。



 朝陽を下にして、まだ唇を貪りつつシャツのボタンを解いてやる。朝陽は首筋が弱くて、舐めればすぐによがる。ピンポイントだから楽勝だ。


 悶える朝陽は可愛い。ひとしきりいじめたあと、朝陽に覆い被さったまま朝陽を見つめた。朝陽も俺を見る。まるで恋人同士……のように見える絵面だが、なんか違う気がする。


 朝陽が抱き寄せてまたキスをする。舌のざらつきと唇の柔らかさが下半身を疼かせる。


 朝陽の良さは、”無味無臭”だ。それならアイスを舐めるのと変わりない。


 そういえば、最近あいつは香水に興味を持ち始めた。俺に好かれたいからだと。あいつと朝陽には超えられない壁があるんだよなぁ……。なんで俺はあいつと付き合ってんだろ?

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朝陽と凛 千織 @katokaikou

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