【短編】転生したら剣と魔法のファンタジー世界だったけど、明らかに文明レベルが高い

めいちぇる・エムロード

異世界は今いる世界の劣化版ではない

 俺の目の前で口から燃え盛る火の玉を吐いたやたらと大きな犬を見た瞬間、俺は思わず独り言ちた。


「これは……異世界転生というヤツでは」


 異世界転生。web小説投稿サイトなどで流行し、そのあまりの多さに隔離までされた超一大ジャンルだ。


 その多くは現代日本で……いやそこは飛ばして、所謂RPG的なシステムが現実のものとして存在する世界に転生し、主人公の為だけにあるシステムを利用してアレコレと美味しい思いをするというヤツだ。


(まさか俺にも?成功が約束された、楽で美味しい思いが出来るのか?)


 そんな期待に胸を躍らせた。魔法があるおかげで現代日本よりも進んでいる部分もある世界に義務教育レベルの知識で技術革命を齎し、

 どこから持ってきたか分からない国家予算規模の莫大な金を得て誰も触れられない異空間に死蔵したりできるのか?


 あとは労働力は足りていて、便利な魔道具があるのに何故か存在する美少女奴隷を嫌々ながら仕方なしに買い、

 圧倒的優位な立場で自分に絶対服従するしかない美少女からの求めに応じて仕方なく童貞を捨てたり……は嫌だな。


 奴隷とか吐き気がする。そんな世界だったら貰ったチートで人類を滅ぼすかもしれない。




 俺に迫る火球。突然のことに体も動かず、ああ、当たる!というところで横にいた女性、俺の母親が何かすると火球が何事もなかったかのように掻き消えた。


(バリア、防御魔法とか結界とかそういうヤツか。という事は貴族に転生かな?)


 約束された未来がはっきりと見えてきた気がする。


 世界に優遇されるという絶対的安心感のおかげか落ち着いてきた。混乱していた頭もはっきりしてきたようだ。


 俺の名前は……アルベルト・スタイル。なるほどスタイル家、家名がある。やはり貴族に転生した感じか。

 今日は母親に連れられてケーキを買いに来たその帰りだ。ケーキ……あるんだ。そして貴族が自分で直接買い物に来たりするのか?

 周りを見れば道路横の店のショーケースに置かれたテレビでニュースが流れている。なるほど……ガラス張りのショーケースにテレビ。

 火を吐いた犬を見れば、その向こうに車から降りてこっちに向かって剣を持った警官が走ってくるのが見える。そう、車から。


 ……なるほどわかってきた。今度こそ頭がはっきりした。ちゃんと思い出した。


 俺は貴族じゃない。一般家庭の次男だ。家名というか苗字があるのは普通。火を吐く犬は輸送中の魔獣で、事故で脱走したのだろう。もうすぐ警官が捕獲するはずだ。


 母親……お母さんがやったのは防御魔法で間違いないけど、小学校で習ったから僕も出来る。そうだよな。俺じゃなくて僕だ。



「大丈夫?アルベルト?」

「うん。ありがとうお母さん」



 お母さんが心配して僕の手を握る。僕はアルベルト少年に憑依したのか?それまでのアルベルト君の意識というか魂はどうなったんだ?

 というか前世の自分は何で……と思ったけど思い出せない。何か思い出はざっくりあるけど、前世の名前も性別も思い出せない。俺、とか言ってたし多分男か?


 これはアレだ。乗っ取り転生じゃなくて本人として生まれ変わった後、忘れていた記憶を思い出したっていうパターンだ。

 ちょっと他の事がパターンと違っててそのパターンもどこまで適用されるか分からないけど。


 これ……知識無双とか無理じゃないか?


 テレビはブラウン管っぽい感じだけど映ってる内容はテロップも出ているし時刻表示もある。

 道路はアスファルトが敷いてあるし信号もある。走ってる車はレトロな感じはするけど普通のセダンだ。


 どう見ても『中世ヨーロッパ風』なんていう感じじゃない。思い出そう。今まで生きてきて何を見てきたか。とりあえず家の中に何があったか。

 電子レンジは……名前は違うけどあった。冷蔵庫もあったし、水道もあった。僕がテレビみてる時にお母さんがどこかに電話してたし、どうも知ってる家電は大体あるな。


 なんだろうな。すっかり『チートを貰って異世界転生』だなんて考えてはしゃいでたけど違った。これはそういう異世界転生じゃなかった。


 これは所謂『異世界転生モノ』っていうのじゃなくて、昔テレビでやってた奇跡体験とかの不思議な事を紹介する番組でやってたような「私、前世の記憶があるんです。初めて行く場所でも来たことがある気がして」みたいなそういうヤツだ。


 僕は……異世界でなんて生きていけるのか?前世の最期はどうだったんだ?


 いや今までこの世界で生きてきたんだし、他の人だってこうやって生活してるんだから大丈夫だろう。僕と他の人の違いなんて前世の記憶がある事くらいなんだから。





 本当に前世の記憶があるのは僕だけなのか?他の人も前世の記憶があるんじゃないか?なんだか僕だけが特別、なんてとても思えないんだけど。


「アルベルト?どうしたの?どこか痛いの?」

「お母さん。前世の記憶ってある?」

「ふふ。テレビでやってたの?お母さんは前世はちょっと思い出せないわね」


 テレビのことだと思われたみたいだけど、この感じだと他の人にはないのかな。いや僕にあるんだから、他にも前世を覚えている人もいる筈だ。


 仮に僕だけが特別で前世の記憶をもって生まれ変わったとして、前世の記憶や知識はなにかメリットになるのだろうか?前世の知識は思いつく限りでは役に立ちそうには無いのだけれど。

 前世の知識を使ってブラウン管テレビを薄型液晶テレビにするとかは無理。自分で液晶テレビ作ったりできないし、そもそもブラウン管テレビだと思ってるけどそうなのか分からない。勿論ブラウン管だったとしても自分で作ったりできない。

 強いて言うなら、学校の勉強で他の子供より優位に立てるくらいか?思い出せる範囲だと魔法以外の授業は小学校低学年レベルだけど、それも学年が上がれば分からない。文字だって前世のとは似ても似つかない。これもう既に優位に立ってないな。


 『世界に優遇される楽で美味しい思いの出来る人生が約束されてる』なんてよくも思ったもんだ。

 前世の記憶や知識があるだけでチートって思ったけど、法則も何もかも違うかもしれない別世界の知識や記憶なんてかえって邪魔なだけじゃないのか。


 折角履かせてくれた下駄だけど、すごく脱ぎたい。忘れてしまいたい。


 とりあえず前世の記憶はなかったことにして、そういう与太話を読んだことがあるくらいに思っておこう。前世の自分の事も思い出せないから最初からなかったことにして、今の人生を頑張って生きていこう。


 折角だしタイトルを付けよう。こういう感じか?


『異世界転生してチートを貰った俺、チートに頼らず生きていきます。

 ~前世の記憶と知識を武器にしようと思ったら、役に立つ知識なんてありませんでした。今世の知識だけでどうにかします~』


 どうにかできるか?するしかない。

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