冬と春

 城址公園は、春と秋が住んでいる住宅街を通り過ぎて、さらに数百メートルほど進んだところにある大きな公園だ。

 公園とは言っても、城跡を整備して広場にしたようなもので、遊具はない。

 ただ、小高い丘のようになっているため、天気さえ良ければ周囲の町並みがよく見える。

 今日は冬らしい快晴だったので、町を真っ赤に照らす夕焼けが綺麗に見えた。

「ここから夕焼けを見るのって、初めてじゃない?」

「だな」

 春は広場の縁まで走って行き、柵から身を乗り出した。

 町の方を向いたまま、秋に声をかける。

「小さい頃は、よく家族で遊びに来てたよね。小学生くらい? 幼稚園?」

「もう忘れた。……でも、小三までは来てた」

「なんでわかるの?」

「俺がヘビ持ってって、春が大泣きして、姉ちゃんがすげえ怒ってたから。そこだけ覚えてる」

 ふと、春は秋の方を振り返る。

 ベンチに座る秋の顔は、逆光のせいでよく見えなかった。

「……そういえば、秋くんって、お姉さんいるんだっけ。確か、夏ちゃん?」

「そう、夏。……まあ、正確には『いた』だけどな」

 秋はベンチを立って、春の隣にやってくる。

 そして、赤く染まる町並みを見ながら、ゆっくりと話し始めた。




「俺は、曖昧なものが、嫌いなんだ」

「……どうして?」

「優柔不断な発言は、人を殺すから」

「……どういうこと?」

「俺の姉ちゃんは、今年の夏、事故で死んだ」

「……そう、だったんだ」

「トラックが、右側から突っ込んできたんだ」

「……うん」

「姉ちゃんは運転席で、俺は後部座席の左側だった」

「……うん」

「俺は打撲くらいで済んだけど、姉ちゃんは……」

「……そっか」

「……俺があんなこと言わなければ、姉ちゃんの車は、トラックとぶつからなかった」

「……なんて言ったの?」

「『いや、別に』」

「……それが、どうして?」

「俺が『止めて』って言っていれば、トラックは俺たちの前を通り過ぎて、街路樹にぶつかるだけだったはずだ。それか、『何でもない』ってはっきり言っていれば、俺たちはトラックから逃げ切れていたはずだった」

「……そうだね」

「俺がちゃんと答えなかったせいで、姉ちゃんは余計なブレーキを踏んで、そして、こうなった」

「……だから、曖昧なのは嫌だってこと?」

「……そう」

「それで最近、話しかけてもすぐに打ち切られちゃってたんだ……」

「……ごめん」

「ううん、大丈夫」

「……で、これは、姉ちゃんのネックレス」

「綺麗……」

「この前の春、大学の入学祝いにあげたんだ」

「……嬉しかっただろうね」

「うん。安物なのに、ずっと使ってくれてたっぽい」

「……だから、今も秋くんが大切にしてるんだ」

「事故のあと綺麗に残った、たった二つのもののひとつだから」

「……もうひとつは?」

「春が拾おうとした、万年筆」

「……使ってたの?」

「いや、大学受験のお守りにしてて……。成り行きで、受かったあともずっと」

「……なんで、あそこにあったの?」

「あれは、姉ちゃんのお墓代わり。俺が勝手にやった」

「……そうなんだ」

「俺ん家のお墓、遠くて、車使えないと行けないから」

「……そっか」

「これで、全部。……なんか、ごめん」

「……何が?」

「春は何も悪くないのに、怒ったり、当たったりした」

「それはしょうがないよ。秋くんと同じ立場だったら、同じことしちゃうと思うし」

「あと、あんなにずっと一緒にいたはずなのに……。春のこと、忘れてた」

「それも、秋くんのせいじゃないよ。大変なこと、あったから……」




 俺が話し終わる頃には夕焼けはほとんど消えており、気温もだいぶ下がっていた。

 春は心なしか俺の方に寄ってきており、ブレザーの袖からはみ出た指先に息を吐きかけて、暖を取っている。

「結構ずっと、話してたな」

「そうだね」

「……そろそろ、帰るか。寒いし」

「うん。帰って明日までの課題やらなきゃ。……あ」

 歩き出そうとしたとき、突然、春が俺の袖を引っ張った。

「どうした?」

「古典の、『自作の枕草子を書いてみよう』みたいな課題あるじゃん?」

「……ああ、あったな」

 そんな課題もあったと、春の言葉で思い出す。

「秋くんは、どの季節で書くか、もう決めた?」

「いや、まだ。……春は?」

 聞き返すと、春は少し嬉しそうに答えた。

「『春』に、しようと思ってる。名前と同じっていうのもあるけど、ふわふわしてて、一番好きな季節だから」

「へえ。……俺も、『春』にしようかな」

「なんで? 曖昧なのは嫌だって言ってたのに、『春』とか、一番曖昧な季節じゃん。『夏』……はあれだけど、『冬』とかにすると思った」

 春は、意外そうに言う。

「今になって、やっぱり『春』が好きだと思ったから」

「……そっか。じゃあ、もうすぐだね」

「……何が?」

「あと何週間かしたら、『春』になるね」

 ちらりと春の方を見る。

 街頭に照らされながら、春はまた、曖昧な笑みを浮かべていた。

 俺は、この笑い方も嫌いではないと思った。

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曖昧な季節 梣はろ @Halo248718

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