第8話
家を出ようとした頃合にはもう既にあずねぇは家を出ていた。
どうやら私は一歩出遅れてしまったらしい。
「出遅れちゃった」
リビングでぽつり呟く。
「差せばなにも問題ない。むしろその方が感動的だよ。罵声を歓声に変えるんだ」
お父さんはソファからそんなことを言ってきた。
なにを言っているんだと思った。本当になにを言っているのかわからなかった。でもキッと白い歯を見せて、親指を立てている。だから馬鹿にしているわけじゃないってのだけはわかる。
「……ありがとう」
とりあえず感謝を伝えた。
感謝は大事だと思うから。
それから私は家を出る。
先に家を出たあずねぇを追いかけるために。
アスファルトを踏みつけ、蹴り飛ばし、空でも飛べたらなとか思いながら、歩いた。
待ち合わせ場所である最寄り駅に辿り着く。
あずねぇを真っ先に探す。
きょろきょろと見渡すと、あずねぇを見つけられた。
あずねぇを見つけたのと同時に、あずねぇも私のことを見つけた。目が合った。ひらひらと手を振られる。私も手を振る。
それから彼女は私の元までやってきた。
子供じゃないから駆けてくるなんてことはなかったけれど、少しだけ弾むようなそんな歩き方だった。
「待たせちゃった……かな」
「ううん。今来たとこだよー」
片手にはどっかで買ったであろうアイスコーヒーのカップがあった。
大嘘じゃんって思う。
とはいえ慮ってもらったのを無下にするというわけにもいかない。だから指摘はしない。
「……」
黙ってしまった。アクションを起こさないというのはそれはそれで気まずさが生じる。なのでじとーっという視線を送ると、あずねぇはアハッと笑みを浮かべる。
しっかりとお化粧された顔が少しだけ崩れた。それがなんだか可愛いなと思った。そこそこにお化粧をしてきて良かったなと安堵する。
「デートっぽいでしょ、これ」
手を広げた。
彼女の言う『これ』が一体なにを指すのか。それは不明瞭であったが、どれにしろデートっぽいなと思える。
「とても」
「うんうん。だから良いんだよ。待ち合わせはね。雰囲気って大事だからねー」
だから駅で待ち合わせというわけのわからないことをやったのか。
実際ちょっとだけデートっぽいなって思ったし。
あずねぇの策略にまんまとハマった、というわけか。なんだ策略って。
「というわけで」
「はい」
「美咲ちゃん。考えてきてくれた? 今日のプラン」
「一応……」
一任されていた。
とはいえ、デートとかしたことなかったし。
女の子同士のお出かけとかも経験が沢山あるわけじゃなかった。もちろんゼロじゃない。ただ本当に限られた人と出かけていただけで、あずねぇと二人っきりでってなると、なにをすれば良いのかわからなくなってしまう。
檸檬と出かける時は檸檬が好きな映画を見たり、私の行きたかったカフェに行ったり、そういうことをしていたのだけれど。
あずねぇとってなった時に、あずねぇって一体なにが好きなんだってなった。
で、まぁしばらく考えた結果、一つの結論に辿り着いた。
わかんないしこのまま考えても答えは見つけられないから私のやりたいことしてしまえ! と。
多分デートって考えた時には非常にナンセンスな答えなのだろうなと思う。
「一応って、適当だね」
「でも考えたから」
「うんうん。それは美咲ちゃんがやりたいこと?」
「まぁ、そう」
「そっか。なら良いよ。それしよっか」
怒られることを覚悟していたら、すんなりと承諾を得られてしまった。
まだなにも言っていないのに。
「良いの?」
「デートだからね」
デートが免罪符になると思っているのだろうか。さすがに今の受け答えは意味がわからない。
「今日のデートは元々、美咲ちゃんとの仲を深めたいから提案したわけだし。むしろ、気遣われて、ありきたりなデートされる方が困っちゃうかな」
「ありきたりなデート……」
「そう。オシャレなカフェでお茶とか、ね。話すだけなら家でもできちゃうでしょ。私が知りたいのは美咲ちゃんの楽しむ姿。なにを楽しむのか。どうやったら楽しいって思うのか。それが知りたい」
つまり、私のことをもっと知りたい。ということらしい。
私があずねぇに対して「昔から知ってるけれど期間が開きすぎてあんまりあずねぇのこと知らないなぁ」と思っているのと同じで、あずねぇも私に対して似たようなことを考えているのだろう。だから今回のデートを提案してきた。デートという表現を多様しているのも、場を和ますというか、堅苦しさを外すためだと思う。
お互いにお互いを知ろうとか言われたらガッチガチになる自信しかない。
昔から私のことを知っているだけあって、私の性格は熟知しているようだ。
「それじゃあ行こっか」
あずねぇがそこまで言ってくれたから。もう後ろめたさとか申し訳なさはない。
堂々と歩ける。
「どこに連れて行ってくれるの?」
「教えても良いけど、秘密」
唇に指を当て、微笑み、先を行く。
秘密にする必要なんて全くないけれど。あずねぇの言葉を借りるなら、そう、雰囲気が出るかなって思っただけ。
「わー、じゃあ楽しみにしてよう」
あずねぇは無闇に抵抗することもなく、秘密というのを素直に受け入れる。
寛大というか、達観しているところは、昔から変わらないなぁと思った。こういう性格じゃなきゃ、十一歳上の男と結婚なんてできないか。
電車に揺られて十数分。
目的地の最寄り駅に到着する。
電車を降りて、圧迫感のあるホームを後にし、そのまま改札も抜ける。
ピッと決算音を鳴らして、角を曲がった。
「なるほどなるほど。この駅だと、あれかな。広大な敷地の公園で優雅にピクニックをしつつ体を動かすとかかな、それともショッピングを楽しんだあとに大きな映画館で美咲ちゃんオススメの映画を観るとかかな」
私の隣を歩くあずねぇはぽつりぽつりと答えを探ってくる。
「違うよ」
「違うかぁ」
わざとらしくガックシと肩を落とす。
あざとさ全開だ。
「ふーん、でもこっち側って他になんかあったっけ」
「カラオケとか?」
「カラオケ! 良いじゃん」
「行かないけれどね」
「行かないの……」
でも今向かっているのは似通ったものではある。
音楽という大きな括りで考えれば同じだし。って、さすがにそれは大雑把過ぎるか。
しばらく歩く。
近未来的な都市という風貌から、雑居ビルが建ち並ぶ郊外という雰囲気に変わる。
歩けば歩くほど人の数は減っていく。
「こんなところになにかあるの?」
あずねぇは徐々に警戒し始めていた。
それもしょうがないよなぁと思う。お世辞にも良い空気感とは言えない場所だから。
「こっち」
私はあずねぇの手を取り、引っ張る。
目の前に見えるのは地下へと続く階段。
秘密基地感が滲み出ている。
何度来ても気分が高揚し、私が私でなくなるようだった。
「ここだけやけに人が多い……なんかイベント?」
「私、推し活してるから」
「推し活?」
「アイドル推してるの」
「地下アイドル?」
「そう、所謂……」
いざ地下アイドルって言われると、思うところがある。
でも地下じゃないしっ……! とは言えない。事実として地下だから。
「メンズアイドル……ではなさそう。男の人多いし」
「女の子だよ。可愛い女の子三人組」
「……知らない世界過ぎて、楽しめるのかどうかわかんないや」
「大丈夫。恥さえ捨てれば楽しめるよ」
「なにそれ、ハードル高っ……」
「私でもできるからあずねぇも問題ないよ」
謎の自信を持ち、ライブハウスへ並ぶことにした。
継母は五歳年上の幼馴染〜継母とはいえ母に恋するのはマズイですか〜 こーぼーさつき @SirokawaYasen
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