第7話
起床。とても目覚めの良い朝であった。ぱちくりと自然に目が覚めて、二度寝したいという気持ちは一切湧かない。
ここまで機嫌良く目覚められることは年に一度や二度あるかないか。
デートをするから、気持ち良く起きられたってことだろうか。
「いやいや、まさかねぇ」
アハハーっと笑う。
仮にそうなのだとしたらちょっと浮かれすぎじゃないだろうか。
……デート。その単語だけ聞くととても仰々しいもののように思える。でも実際は違う。女の子同士で出かけるだけなのだ。そこに恋愛感情は一切介在しない。それでもデートと呼べるらしい。
それに対して私は若干の違和感を覚える。
今まで生きてきた中で、女の子同士で出かけるだけのことを「デート」と呼んだことはなかったから。記憶にないだけかもしれないけれど。記憶にないってことはないに等しい。
あずねぇの方か私よりも長く生きている。といっても五年だけど。たかが五年、されど五年。
とにかく五年長く生きているわけで、私よりもうんと色々経験しているはず。そんな彼女が女の子同士で出かけることを「デート」と呼ぶと言うのならば、そうなのだろうと受け入れるしかない。
知らないことを教えてくれる。それが年長者というものだ。
「おはよう。あずねぇ」
良い時間になったので、リビングへと向かった。
キッチンで朝食の準備をしているあずねぇに挨拶をする。
「おはよう。美咲ちゃん」
と、挨拶がかえってくる。
おたまを持って、エプロンをして、料理中だから髪型はポニーテールで。少しだけ、お母さん感があった。いや、お母さんにしてはやっぱり若い。
それから視線をリビングへ戻す。土曜日だから、お父さんはソファでスマホを触っていた。こういう時のお父さんって普通は新聞を読んでいるのでは……と、思うけれど。お父さんも若者ということか。ふむ。
こう冷静に二人を見た時に、特段違和感はない。夫婦だって言われれば、そうだね、普通の夫婦だってなる。私は少し前までなぜあんなに嫌悪感を抱いていたのかと思う。
「美咲ちゃん」
スマホを触っているお父さんを見ていると、耳元であずねぇは私の名前を囁いた。
くすぐったい。
ぶるりと身体を震わせる。
「な、なに……」
声を若干上擦らせながら問う。
そんな私の反応を見て、あずねぇはくすくす楽しそうに笑った。
「ごめんね、ビックリさせちゃったみたい」
「別に良いけど」
謝るようなことじゃない。私自身怒ってるわけじゃないし。ビックリしただけ。それに過ぎないから。
「今日の集合場所は駅前にしよっか」
「……?」
彼女の提案に対して私は首を傾げる。
なんでという思いがあった。非効率も良いところじゃないか、と思う。
だって、絶対に一緒に家からデートを始めた方が効率が良いだろう。
わざわざ外で待ち合わせをする意味、というのが私にはわからなかった。
「今日の集合場所は駅前ねって言ったんだよ」
「それは大丈夫。聞こえてるから」
「そっか。それなら良かった」
なにが良いのか。私の疑問はなに一つ解決していない。
それなのにあずねぇは解決した、みたいな雰囲気を醸しながら、すたすたと去っていく。
取り残されたぽかーんとする。
「なんだ。出かけるのか? 二人とも」
「う、うん……」
デート。
女の子同士で出かけるだけで、やましいことはなにもない。
だからすんなりと言えるはずなのに。
お父さんに向かって「デートに行く」と言うのは憚られてしまう。
多分デートって言うのが恥ずかしいだけ。うん、そうだ。そうに違いない。
「そうか、そうか。うむ。仲が良いのは良いことだな」
うんうんと満面の笑みを浮かべながら、頷く。それを見て、私の心はざわざわする。風が吹き、騒ぎ出す木々のように。ざわざわと。
ご飯を食べて、一度自室に戻った。
女の子同士のお出かけ。でもデート。そう考えると、あれ、なにを持っていけば良いんだろうってわからなくなる。
お金はどのくらい必要かなとか、トートバッグくらい大きいバッグはいらないかなとか。色々考える。これから化粧とかもしなきゃならない。
やることは山のようにある。
どれから手をつけようって考える。
昨日のうちに準備しておくべきだった。
うわー、失敗したなぁって後悔が押し寄せてくる。今更後悔したところでどうしようもないのだが。
諸々の準備を終えた。
洗面所でメイクをしようとしたちょっと前にあずねぇはメイクを終えたらしくて部屋に帰っていった。入れ違いになってしまったので、どれほど気合を入れてメイクしたのかはわからなかった。だから私自身どれほど本気でメイクをするべきか迷う。
ガッチリ決めて、あずねぇは全然だったら、私だけ気合い入れちゃったみたいになって恥ずかしい。
うーんってしばらく悩んだ後に、ほどほどで良いかって結論に達して、六割くらいの力でお化粧をしていく。ナチュラル寄りだけど、所々メイクしているってわかるような。そのくらい。
しばらくしてできあがった顔を鏡越しにじーっと見つめる。
「気合い入れすぎちゃった……かも」
ぽつりと呟いた。
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