第6話
もう良い。
あずねぇはこれを良しとしているし、お父さんもまたこれを良しとしている。二人の中では問題にすらなっていない。それなのに私が問題提起をしたって、白い目で見られる。だって二人はなにも問題じゃないと思っているのだから。
モヤモヤしていたし、今もそのモヤモヤが完全になくなったわけじゃない。
でも気にしたって仕方ない。どうしようもない。
というか、子供である私に入り込む余地はない。
「しょうがない……」
その一言に集約する。
抱く違和感も、気持ち悪さも。ぜんぶ、しょうがないと放置せざるを得ない。
そもそもここまで気にしているのは私だけ。考えすぎだって自分を言い聞かせる。
そうして、無理矢理、眠りについた。
朝。
チュンチュンとすずめの鳴き声が聞こえる。
それで私は目を覚ます。
スマホの時計を確認する。
若干早い時間に起きてしまった。
ただ二度寝するほどの余裕はない。そういう絶妙な時間。二度寝して、学校に遅刻しても良いかぁと思えるほど、私は不良ではない。なので、起きる。
重たい瞼をあけ、目を擦る。うーん、と声を漏らしながら背を伸ばす。
そしてリビングへと向かう。リビングに辿り着く前に、鼻腔を擽るウィンナーと目玉焼きの香り。まだ朝早いというのに、あずねぇはもう起きているらしい。
これが愛か、なんて思う。
お父さんに向けた愛。愛があるから、こんなに朝早くから朝食の準備をしていられる。
私だったら……したくない。
わざわざ早起きしてまで……と思う。
だからこそ、そうやって行動できるのは愛故なのかなぁと思うわけだ。
「美咲ちゃん、おはよう?」
リビングからボーッとキッチンに立つあずねぇを見ていると、あずねぇは私に気付き、挨拶をしてきた。それからすぐに不思議そうな表情を浮かべながらこてんと首を傾げる。
「おはよう、あずねぇ」
気まずさから目を逸らす。
気まずい。色々な意味で気まずい。
「今日は早いね」
「う、うん」
「先にご飯にする? それとも顔洗ってくる?」
「先に顔洗ってくる……」
「そっか。じゃあ準備して待ってるね」
「ありがとう」
気まずさ。それに耐えられなくなる。
逃げ込むように洗面所へ流れ込んだ。蛇口をひねり、水を出す。手で水を溜めて、ばしゃっばしゃっと顔を洗う。冷たくて、少しお湯気味にしておけば良かったなと後悔するけど、今更か、と思う。濡れたまま、泡を出して、馴染ませるように頬や額を洗う。洗うというよりも塗るという感じかな。それからまた水で流し、軽く顔を拭いて、化粧水と乳液で保湿する。
若干髪の毛が濡れてしまったので、ついでに髪の毛のセットもする。
といっても、私の場合はそこまでガチガチにセットしない。結んだりもしない。寝癖を戻すために髪の毛を濡らして、ドライヤーで乾かすくらい。
顔を洗い始めてから、十分が経過したくらいですべて完了する。
「はぁ……」
深いため息を吐きながら、リビングへと戻る。
机上にはお皿とお茶碗、そしてコップが並んでいた。
「美咲ちゃん。朝ご飯どうぞ」
用意周到。
あずねぇは満面の笑みを浮かべている。
幸せなんだなぁと伝わってくる。
昨日のことさえも全く気にしていない様子であった。
勝手に気まずさを覚えて、距離を置こうとして、私って馬鹿だなぁと自嘲する。
「うん?」
あずねぇはどうしたと言いたげな眼差しを送ってくる。
私はふるふると首を横に振った。
まだあずねぇが家にいることが慣れないとある日のことだった。
金曜日の夜で、リラックスしていた。
部屋にこもっていると、コンコンとノック音が響いた。
返事をするか否か、少し……いいや、かなり迷った。迷って、無視しようかなという思考が過ぎる中、それはさすがにまずいかぁなんて思って、「はーい。どうぞ」と声を出す。
扉はゆっくりと開く。
「美咲ちゃん……ちょっと良いかな?」
あずねぇだった。
「あずねぇ?」
わたしの家にあずねぇが来てから、こうやって私の部屋にやってくることはなかった。
なので、なにかあったのかなと不安になる。
「ごめんね、突然」
「いや、まぁ、それは……気にしてないですよ」
と、返事をしつつ、視線を下に逸らす。
「そう? ありがとう」
あずねぇはそう言うと、部屋にあがる。そして私の隣に座る。
「……」
前触れもなく、突然隣に座られてしまって、私は困惑してしまう。
「……」
「……」
困って、どういう会話をすれば良いのか迷う。
わからなくて黙る。
なぜかあずねぇも黙る。
結果として沈黙が生まれる。そしてその沈黙を切り裂くのにとても大きな労力を要することになる。
あずねぇなにしに来たの。なんか喋ってよ。喋ってくんないと私困っちゃうんだけど。
「美咲ちゃんは私のこと嫌い?」
沈黙を破った彼女の言葉は私を驚かせるようなものであった。
私は思わず「んんっ!?」と変な声を出してしまう。
恥ずかしくなる。
「な、なんで……」
と、取り繕った。
「避けてるよね」
「避けては……ないかと」
「避けてる」
ぐいっと顔を近付けられる。
化粧? 香水? 柔軟剤? とにかく良い香りがスーッと私に入り込んできた。
油断したらくらくらしそう。
「避けては……」
目を逸らす。身体も退ける。
「いるかも……」
自分自身を見つめ直す。そうすると、避けてないと自信を持って言えなくなった。
気まずさとか色々あって、逃げたくなっていたのは間違いない。こうやって部屋にこもって、極力顔を合わせないようにしていたし。
別に避けようと思ってたわけじゃない。でもやっているのは避けるのと同義のことだったと思い知る。
「だよね」
あずねぇは軽く笑った。
「だからさ、デートしよっか」
「えっ!? デ、デート……」
突拍子のない言葉に私はまた驚く。終始驚きっぱなしだ。
「そう、デート」
「また……なんで突然デートなんて……」
「昔みたいに美咲ちゃんとは仲良くなりたいし、心を開いて欲しいから」
寂しげにそう言った。
そういう顔をされると、申し訳ない気持ちがふつふつと湧いてくる。
「嫌? 私とデートするの」
「嫌というか、女の子同士だし」
「そんなの関係ないでしょ」
今の時代は……そうなのかもしれない。
「でも、あずねぇはお父さんと結婚してて」
「うん」
「私とデートするのは、その、ふ、不倫? になっちゃうような」
「ふぅん……私とデートすると不倫になるって美咲ちゃんは思うんだ」
「なるでしょ」
「でもデートって女の子同士でお出かけするだけの時も使うよね?」
あずねぇはいたずらっぽく微笑む。
小悪魔みたいだ。
やられた、と思った。
「わかった。行こう。デートっ!」
勝負でもなんでもなかったが、負けたという気持ちが湧いて、反骨精神を見せる。
「じゃあ、明日ね。やりたいこと決めておいて」
彼女は驚くこともなく、すんなりと受け入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます