呼吸がやたら煙たくって。

犬も食わない馬の骨

第1話 呼吸。

それはコンビニ帰り。9月2日の20時過ぎ。自分は小さなレジ袋に引っ張られ、時代遅れの有線イヤホンに耳を丸め込んで歩いていた。直近3年の夏は異常な熱さを更新し続けている。ほぼ夏だというのに1本の木の枝のような腕を隠す為に自分はいつもパーカーを着るようにしていた。ラフさに快適さを求めるのはあまりにもアホらしいがノースリーブを中に来て、チャックを真ん中辺りまで下げて快適さと少しの可愛いさを演出できるよう肩が少しみえるように着ていた。小柄で華奢な自分は動物的には底辺であると自覚はしている。


人気のない団地1号棟の裏で煙草に火をつけて、1睡眠と4時間と2時間。要するに14時間分の空白を煙で埋めた。そうだ、この為に煙草を吸っている。自分はクラクラしながら座り込み、そう感じた。そして立ち上がり魂を引き摺りながらとぼとぼと歩き1つ溜息をついた。正直、初めは目が重たくってまつ毛越しに見ているからだと思った。しかし、まぶたをしっかり持ち上げても景色はそうだった。何が言いたいのかというと、呼吸が煙だった。


不思議と驚きはしなかった。当然だと思った。1日に2箱吸う贅沢者がいるなかで、身銭を切って背伸びをしている言い訳として、不健康なりに健康的な本数を吸っていたつもりだった。だけれど、それを差し置いてもそんなことも有り得るだろうと自分は思った。冬のローカル線、駅のホームで女子高生がマフラーを巻いて一息。そんな綺麗過ぎる青春的な白さではなく、吐いた煙が空気中で一瞬凍りつくような美しい現象ではなく、口、喉、肺、血液。もうその時点で煙たくってしょうがなく、呼吸は煙というには薄すぎる程で空気と煙のゼブラカラーのようで少し気色悪かった。


48番地の団地。通称48(ヨンパチ)団地。48団地は6号棟まであって1号棟のみにエレベーターがついてる。自分の住まいは5号棟だ。歪な前傾姿勢でつま先任せにとぼとぼと歩く。高齢者が多いのにむしろ膝に悪いだろうと心配してしまうほどキツ過ぎる階段を目の前にする。気分と乖離したやたら低音の響いた曲は今も有線を伝って鼓膜へと流れ続けている。少し息を吸って足を1段目へと進める。階段を上る度に新鮮な空気を求めて肺は伸縮する。新鮮な空気は煙へとダウングレードし口と鼻から勢いよく吹き出す。身体の中で化学反応が起きているのか、それとも身体が煙になりつつあるのか、依然わかりやしない。登って4階。扉を目の前にし、パーカーのポケットから取り出した鍵を挿入し右手に任せて捻った。次は鍵を抜いてドアノブを捻る。捻った。頭痛が痛い。よくあるイレギュラー。そう、開かない。どうしていつもと逆に鍵を捻っているのにまるで当然、当たり前かのよう右手は逆の方向に捻るんだろう。身体はわかっているのだろうか。覚えているんだろうか。ドアノブを開くまでは記憶していたのだろうか。そんな事を考えながらいつもの方向に捻り鍵を開けた。玄関入ってすぐ左の自室。ギチギチな襖を突っかかりながらも滑らす。襖には身に覚えのないシミが沢山染み付いているがいつのものかは定かじゃない。


自室の明かりはいつも黄色。荒れ果てた自室をささやかな散らかりに変えてくれる。机の上にはモニター、左には家庭用据え置き型ゲーム。そして綺麗に羅列されたエナジードリンクの空き缶。畳の上は言わずもがな混沌。エレキギターの支えはなくベッドに寄りかかっている。掃除の発想は基本的になく、虫が活気づく季節にやっと掃除をする。要するに、自分自身が虫を好きだった世界であれば人生単位で自室を掃除する事は0に等しいのかもしれないというのは言い過ぎたかもしれない。


「伊川涼介、19歳なんだ。涼介くん若いけどうち、年上多いと思うけど大丈夫?女性相手でもちゃんと喋れそう?」「はい大丈夫です!。」面接担当は店長。色々話して会社員としてくる気はあるか?とも聞かれた。


続く。

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呼吸がやたら煙たくって。 犬も食わない馬の骨 @kandagawa_akemi

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