第15話 デイジーと宰相様

 王女の部屋。


 デイジーは今、メアリー侍女長や他の侍女に囲まれて着飾り、化粧を施されている。


「そうそう!ちゃんとすれば、ちゃんと綺麗なのよ!ワタクシの思った通りね。

 これなら叔父様も満足されるわ」


 何故か胸を張って偉そうになさるベアトリーチェ姫。

 姫ももちろん既にパーティに出る用意はできている。

 まだ12歳という年齢でありながら、眩いほどの美しさだ。


 そして、そんな姫君が認めたデイジーは、宰相から贈られたドレスや装飾品に彩られていた。


 鏡の中には別人がいた。

 

 なるほど化けたものだ。

 デイジーは自分はそれなりに化粧は出来ていると思っていたが、侍女長の手に掛かれば地味だったデイジーは随分と華やかになってしまった。


「ねえ、叔父様呼んできなさいよ」


 姫が他の侍女に申し付けた。


「はい……すぐに」


 デイジーはもう諦めて、されるがままになっている。


 しばらくして部屋がノックされる。


「叔父様!早く!」


 姫が勝手に招き入れる。

 いや、この部屋は元より姫のものか。


「……………………」


 宰相は目を見開いて固まった。


「どうかしら?」


 姫が尋ねる。

 腰に手を当てて踏ん反り返っている。


「これは驚いたな」


 宰相は少し目を細めて笑った。




 パーティ会場に入ると、周囲の視線が集まるのが分かった。

 まずは隣の眉目秀麗な宰相に。

 そして、デイジーに。


 潜められた声が漏れ聞こえる。


「あれは誰だ?」

「綺麗ね……ドレスも」


 デイジーは顔が熱くなる。

 普段ならば絶対にデイジーを通り抜ける視線が、デイジーにも集まっているのだ。

 今、デイジーは生まれて初めて目立っている。


「どうした?目線が下がっているぞ?」


 宰相の美声が耳元で聞こえて、デイジーはビクッと体を震わせた。

 思わず耳を抑える。


「いきなり話しかけるのやめて下さい」


 すすーっと少し距離を取るが、すぐに詰められてしまった。


「良い夜ですな、宰相どの」


 恰幅の良い紳士が宰相に話しかける。

 それに、続々と他の貴族も続く。


 立場のある人は大変だ。


 デイジーは少し距離を取った。

 巻き込まれたら厄介な事になりそうだ。

 

「こんばんは……お一人ですか?」


「お飲み物をとって来ましょうか?」


 なんと、いつもなら存在しないかの如く扱われるデイジーの元に男性が何人か集まって来た。

 

(……独身よね?まずはお名前を確認してからね)


 頭の中で計算しながら微笑みを浮かべていると、

 第一ターゲットが近寄って来た。


「誰かと思いましたよ。宰相閣下とはご一緒ではないんですか?」


「こんばんは、ノエル様。お忙しいようですので」


「……では、私と一曲どうですか?

 ダンスは得意ではありませんが、恥をかかせる程ではないのでご安心を」


 ノエルが優しい笑みを浮かべて手を差し伸べた。

 デイジーはもちろんその手を取ろうとしたところ、


「デイジー嬢には先約があるんだ。遠慮してもらえるか?」


 宰相殿がいつの間にか近くに来ていた。

 宰相がスッと目線を向けると、名前もまだ聞いていない男性陣はささっと散ってしまった。


(せめて名前だけでもチェックしておきたかった……)


 内心のがっかりは顔に出さずに宰相に向き直る。


「あら、先程の人達は良いんですか?」


「良いんだ。私はダンスは自信がある。

 自信のないノエル・ジョンソンはそれでも自分と踊れとデイジー嬢に言うのか?」


「いえ、では残念ですが今夜は諦めますよ。

 またの機会に」


 ノエルはあっさりと手を引きつつ、恭しく首を垂れて立ち去った。


(第一ターゲット…………)


 結局デイジーの元に残ったのは、一人だけだ。

 宰相では婚活第一条件の次男以降を満たさないのに。


「諦めろ。私と踊れ」


「……わかりましたよ」


 別に踊るのが嫌じゃないのだ。

 ただ、宰相がいると他の男性が更に近寄ってこなくなる気がして、人生計画が狂いそうなのだ。


 ダンスが始まる。

 自信があると豪語するだけあって、宰相は見事にリードしてくれた。

 いつの間にかデイジーも楽しくステップを踏めている。


 運動不足の他の令嬢とは違うのに、いつの間にか胸がドキドキと鼓動が高まっているのは、慣れない華やかな装いに身を包んでいるせいだろうか。

 

 至近距離で宰相と目があった。

 灰色の目が優しく笑んだのを見て、急に恥ずかしくなってさりげなく目を逸らす。


 デイジーだって、こんなに綺麗な顔の男にこんなに近くで見つめられて何も思わない訳がない。


「そうだ……まだ言ってなかったな」


 耳元で囁かれる。

 息が耳に当たってぞくりとする。


「何がです?」


 デイジーはなるべく平坦な声を心掛けた。

 耳が熱い。

 顔も赤くなっているだろう。


「綺麗だ。よく似合っている。ドレスもネックレスも」


 デイジーはそれには答えられなかった。

 顔も上げられない。


(ダメダメ!この人はダメ!……田舎に帰らないといけないんだから!)


「言っておくが、逃さないぞ」


 すぐ近くで聞こえる声に、デイジーは戦慄き、今すぐ逃げ出したい気分だった。

 しかし、手をガシッと掴まれてそれは叶わない。

 宰相閣下にはデイジーの胸の内も既にバレているようだ。


 デイジーと宰相の攻防戦は続くが、決着が付くのはそう遠く無いのは間違いなかった。

 姫と宰相に目を付けられた時点で決着は付いていたのである。


 ひたすら愛を囁き、揶揄ってくるエヴァンのどこが冷血なのか、デイジーには結局ずっと……何年経っても何十年経っても本当のところはわからなかった。

 田舎にだって、たまには帰してくれてたし。

 

 

 

 

 


あとがき


これで完結とさせていただきます。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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婚活令嬢デイジーは宰相様お断り 〜腹黒宰相様が邪魔するから私は婿を連れて田舎に帰れないのですが!? ありあんと @ari_ant10

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