第14話 パーティのエスコート

 ベアトリーチェ姫の事前の相談一切無しの突発的な演技により、即妃ベリダの第一王女暗殺未遂に対する関与が確実になった。


 その他証拠もエヴァン宰相が集めており、アーガイル侯爵と愛人のペネロペは、王族の暗殺未遂で処刑されることが決定された。

 侯爵家の親族の処遇も今後順次決定されていくこととなる。


 ベリダ王妃ももちろん処刑される。

 そして、レイ王子は王位継承権と王子の称号を失って今後は修道士となるらしい。


 デイジーが代役を務めたメイドのディアナ・ドウの部屋からは毒物が見つかったそうだ。

 しかし、宰相の手のものがディアナを匿った際に、念のために部屋を確認しているが、その時には毒は無かったので、ディアナが部屋を離れてから設置されたものなのだろう。


 ディアナの部屋の近くをペネロペが彷徨いていたという目撃証言も他のメイドから出ているので、ディアナの無実の証明は間違いないとされている。

 


 ゴタゴタした後処理にはデイジーは関与しなかった。

 

 デイジーのこの度の活躍は秘匿されることになった。

 あまり目立つと身の安全の面での心配があるからだ。王宮は非常に物騒なところだ。

 即妃やレイ王子に近い立場にあった人達は、デイジーの存在を知れば、不快に思うだろう。

 

 エヴァン宰相に功労を表立って讃える代わりに結構な額の慰労金を貰っている。

 そして、他にも受け取ったものがある……。

 


「ふう……これでやっと元の単なる侍女に戻れるわね。

 そして婚活を再開しないと」


 デイジーは実は今度の王宮で催されるパーティに招かれている。

 田舎のパーティとは違ってどれ程華やかだろうか。

 ドレスも装飾品も用意がある。

 もちろん、ベアトリーチェ王女のパーティの準備でかなり忙しいが、自分自身の準備も怠らない。


(エスコートにノエル様を頼ろうかしら。

 偶には女の方から積極的に動かないとよね)


 デイジーは実は自分から男性に話しかけるのは苦手だ。

 しかし、向こうから目立たないデイジーに勝手に話しかけてくれる筈もないので、それなりに動かないといけない。


 なんとかチャンスを作ろうとデイジーは決意した。

 そして、その時は意外と早く訪れた。


 王女に伴い渡り廊下を歩く。

 すると向こうから宰相とノエルがこちらに来るのが見えた。


「これはこれは、ベアトリーチェ殿下にあってはご機嫌麗しく……」


 宰相が姪っ子に恭しく頭を下げる。

 ノエルもそれに従う。


「あら、奇遇ね。叔父様には聞きたいことがあったのよ……」


「なんなりと……」


 しかし、その聞きたいことが何なのかは分からなかった。


 一人の男がこちらにフラフラと近寄ってくるのがわかった。


「お、お前のせいだ!」


 無精髭を生やした中年に差し掛かるだろう年齢の男は、ワナワナと震えながら、正気を失った瞳でベアトリーチェ姫を指差す。


「お前が素直に死んでいれば!!」


 もう片方の手にはナイフが握られている。


「……アーガイル侯爵の嫡男か」


 宰相が呟いた。

 ベリダ妃の兄か。

 アーガイル侯爵が死刑となった時点で、家は少なくとも取り潰しが決まっているし、嫡男であるこの男も場合によっては死刑……良くても平民になる予定だった。


「死ね!」


 ナイフを構えて走ってくる。

 ノエルが姫を守る為に姫の前に立ち塞がる。

 その脇をすり抜けて、デイジーはスカートをたくし上げ、ナイフを持つ男の手に蹴りを入れる。


「うぐぅ………………」


 男はナイフを取り落とした。

 手の骨が折れたかも知れない。同情はしないが。


 うずくまった男に追撃しようとデイジーは近づいた。

 その男のボサボサの前髪から、血走った目がギョロリと動き、微かに見えた唇が笑みの形を作った。


「ひはは!油断したなぁ!?」


 男は懐からもう一本のナイフを取り出した。


「しまった!」


 油断した!

 デイジーは多少の怪我を覚悟した。


 そのデイジーの二の腕が掴まれて、後ろに引っ張られた。


 ――とすん。


 後頭部がぶつかる。

 上を見上げると、エヴァン宰相の顔。


 デイジーは宰相に抱き抱えられていた。

 そして、男のナイフはデイジーを庇った宰相の腕に深々と刺さっている。


「観念しろ!」


 ノエルが男を拘束した。

 騒ぎを聞きつけた他の騎士も集まってきている。


「エヴァン宰相様……」


 デイジーは呆然と呟いた。


「……手当の一つもしてくれると助かるのですが?」


 冷血宰相閣下は表情一つ変えずにそう言った。

 しかし、冷や汗が額を伝っているのは隠すことはできない様だった。


「私は良い!姫を守れ!」


 近づく騎士たちに宰相はそう命じた。


「デイジー!叔父様をよろしくね!」


 ベアトリーチェ姫は騎士に囲まれて宮殿の内部に戻って行った。


「……手当します」


「頼むぞ」


 スカートを裂いた布で止血する。

 ここからなら宰相の執務室が近いので、そちらに誘導する。

 騎士たちも何人か部屋の前まで護衛してくれた。

 部屋に入る際に医者を呼ぶ、デイジーは騎士に告げる。


 部屋の中でもう少ししっかり手当をして、医師を待つ。


「デイジー嬢、ドレスは確認したか?ネックレスや耳飾りは?」


「はい……ありがとうございます」


 そう、宰相はデイジーにパーティの為のドレスや装飾品を一式贈ってくれていたのだ。


「君のエスコートは私がしよう」


「………………その腕では無理ではないですか?休んでいた方がよろしいかと」


 宰相の言葉に驚いたが、怪我人が数日後のパーティに出るのはやめておいた方が良いと思う。


「……せっかく君に似合いそうなドレスを大至急仕立てさせたのにつれない事を言わないでくれ。

 腕は何とかする」


 宰相は恩人だ。

 庇ってもらわなければ怪我をしていたのはデイジーだっただろうし、傷跡のある令嬢なんて二束三文でも結婚してくれる人は現れないところだった。


「では……お医者様が良いとおっしゃったらですよ」


 デイジーは譲歩した。


「わかった。言わせてみせよう」


 どうやらエスコートはこの人で決まってしまったらしい。

 デイジーの婚活は本当に上手くいかない。


 


 

 

 

 

 


 


 

 


 

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