第13話 姫様の舞台
デイジーはメイドの姿で王族の食事を運ぶ。
姫の毒殺計画の首謀者であるアーガイル侯爵の娘であるベリダ妃はベアトリーチェ姫よりも下座に座っている。
ベリダ妃の息子のレイ王子よりも母親であるベリダ妃は更に座る場所は地位が低い様だ。
デイジーはさり気無く周囲を観察する。
(失敗は許されなくても、特にやる事もないのよね)
デイジーはため息でも盛大に吐きたかったが、王族だらけのこの場では不敬にも程があるので我慢した。
宰相はデイジーにしっかりと仕事をする様に釘を刺しているのだ。
エヴァン宰相とベアトリーチェ姫は、この舞台の演出に関して何度も打ち合わせの場を設けていた。
その度にエヴァン宰相が疲れた顔をするのがちょっと面白かったので、頬がひきつれて唇の端がピクピクと動いてしまった。
宰相はどれだけ目敏いのか、そんなデイジーの僅かな表情筋の痙攣を見逃さなかった。
姫が去った後でアルカイックスで釘を刺された。
「姫に何かあったら貴女も責任問われるんですからね。
お忘れなきよう」
その笑顔はなるほど冷血宰相の名に相応しい。
「存じておりますわ」
(納得はしてないけどね!)
食事は進む。
デイジーは飲み干し空になった杯に水を注ぎながら、王族達の微笑ましくも、緊張感のある会話をさり気無く聞く。
(ベリダ妃は父親のやっている事を知っているのかしら。
それも明らかに出来れば良いけれど。
どちらにせよ、父親が捕まればこの人は終わりなのね)
姫に良く似た、太陽の様な輝く美貌のアマンダ正妃と比べて、ベリダ妃は少し地味だ。
もちろん綺麗な人ではあるが、アマンダ王妃がなかなか第二子に恵まれなかった為に迎え入れたのがベリダ妃だったか。
ベリダ妃はチラリとベアトリーチェ姫の皿を見た。
姫は行儀悪くデザートの縁をスプーンでくるくると混ぜている。
王族でなくとも行儀が悪い。
ベリダ妃がそれを見てフッと笑った。
アマンダ王妃は娘の様子に眉を顰めている。
この場では姫様は倒れる様な事はしない……予定だ。
毒が効くのは数時間の後だ。
なので、この場では特に何もしない様にエヴァン宰相がしつこく姫に言い含めていた。
姫も了承していた。
なのに、
ベアトリーチェ姫の唇が、花が綻ぶ様に笑みの形を浮かべた。
そして、国中に知れ渡る国王に愛されたワガママ癇癪持ちが立ち上がった。
「ちょっと貴女!この食器どれもワタクシのと違うわ!
運び間違えたでしょう!
何度言ったらわかるのよ!」
なんと、姫はデイジーをビシッと指さして金切り声で喚き始めた。
「ええ!?」
(聞いてない!エヴァン宰相!どうするのこれ!?)
心の中で助けを求めても彼はここには居ない。
(まさか、この暴走を止めるのは私の仕事じゃ無いわよね!?)
混乱するデイジーを他所に、この場の主役は活き活きとエメラルドの目を輝かせて主張する。
「我慢しようと思ってたけど、全部入れ替わってるじゃ無い!
よく見ないと同じ様に見えるからって言っても、全部はおかしいでしょう!?」
「え……す、すみません」
よく分からないまま謝罪する。
言われた通りに配膳しているのにどう言うことか。
デイジーはチラリとベリダ妃を盗み見る。
口をポカンと開けてベアトリーチェ姫を見ている。
国王が騒ぐ愛娘を優しく宥める。
「ベアトリーチェ、落ち着きなさい。
食器が入れ替わっていても、お前は残さず食べているじゃ無いか。
それに食器なんてどれも一緒だろう?」
「違うんですお父様!
ワタクシの食器はちゃんと自分のだってわかる様にしてるのに。
見れば分かります!」
そう言うと、ゆっくりと部屋の中を歩きつつ、他の王族の食器を見て回った。
そして、ピタリと足を止めて指をさす。
「これよ!ワタクシの食器はこれ!」
王女の目と口は嬉しそうに三日月型になっていた。
「イヤァアアア!!レイ!レイ!吐いて!!吐きなさい!!」
「ぅえ!……げぼ!!ふぇええ!!げほ!!」
ベリダ妃が悲鳴を上げながら息子に抱きついて、口の中に指を突っ込んだ。
「医者を!医者を呼びなさい!!」
ベリダ妃の言葉に他のメイドや執事が訳もわからずに止めようとし、或いは命令通り医者を呼ぶ為に外へ飛び出していった。
泣き叫ぶベリダ妃と、母親の恐慌に怯えるレイ王子を見ながら、ベアトリーチェ姫は心底愉快そうに高笑いをしていた。
言うまでもないが、毒はどの皿にも入れていない。それにベアトリーチェ姫と他の人の皿は全く同じだ。
(宰相様に相談に行った方が良いのかしら?でも姫を放置しておけないわね。
止められないかも知れないけど、監視してないと)
視界の端でベリダ妃が顔を上げた。
大人しそうな顔が憤怒に染まっていた。
「よくもレイを!!」
手元の皿を掴んでベアトリーチェ姫に投げつける。
――――カランッ!
高い音が響き渡る。
デイジーがベアトリーチェ姫の顔に向かって飛んできた皿を、ハイキックで弾いた音だ。
皿は壁にぶつかって砕ける。
「へぇ……貴女やるじゃ無い。やっぱり田舎には絶対に帰してやらないわ」
ケラケラと姫は楽しげに笑った。
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