背中2

阿賀沢 周子

第1話

ドリームビーチの駐車場の入り口で、真っ黒に日焼けした高齢の係員に料金を支払った。まっすぐ伸びる硬い砂の道路を進みながら、停める場所を探す。入り口側から埋まっているようで、中ほどを過ぎると、数台並んだ大型車の間にいくつかスペースがみつかった。

 裕貴は、濃いグリーンのSUVの横に赤いシビックをバックで停めた。海水浴日和、小さな雲のかたまりがポカリポカリと浮かぶ、裏切り様がない晴天だ。湿度が低く軽く吹く風が気持ちよい。


 エンジンを切る前に、ウインドウバイザーに隠れるくらいに4枚のウインドウを開けておく。車内の温度を少しでも逃がしたいからだった。助手席の知保子が先に降り立ち、ハッチバックを開けた。

 二人は同じ会社の同僚で、裕貴が一つ年下だ。同じ部門で働いている間に、気が合って一緒に行動するようになったが、旅行の計画や、平日の遊びともなると、二人一緒の休暇は取りにくかったのだ。

 この春に知保子が総務部へ移動になり、二人での休暇を取りやすくなった。互いに別部署での休暇請求になるので、目立たなくてよいというのもある。

 パラソル、ピクニックバスケット、シートを、二人で手分けして降ろした。バスケットには裕貴の自慢のお結びやフルーツ、知保子が用意した冷たい飲み物が入っている。


「水曜日なのに、結構車が多いわね」額に手を翳し日光を避けて、知保子が言う。

「学校は夏休みだもの」

「そういえばそう。夏休みって今頃だったわね。私達には久しぶりの夏休みよ。お天気が良くてよかった」

 そう言って知保子は車内で着ていた白いレースのカーディガンを脱いで座席に置いた。

「あら。ちぃ、大胆だけど素敵」

 裕貴は、知保子の青いドレス姿に、歓声を上げた。トップがホルターになっており首の後ろで結ばれている。同じ生地のスカートはウエストがゴムで緩やかなフレアを作っていた。白い背中がまぶしかった。

 裕貴はジーンズの短パンに黒いタンクトップ。やはりまだ焼けていない腕や首回りは真っ白だった。

「一刻も早く日焼け止めを塗らなくちゃ」


 荷物を持ち、海の家の間を抜けて海岸へ向かう。砂浜には、駐車場の車の数からは想像できないほどの人々がいた。

 最寄りの銭函駅から歩くと10分くらい。若者なら、手稲区や石狩からだと自転車でも来られる距離だ。

 空を映して、海は碧かった。岸に寄せる波に戯れる子どもたちの歓声と、海の家のスピーカーから流れてくるロックがにぎやかだ。

 知保子が、青いドレスをひらひらさせて、砂浜を歩く。祐貴は後ろを歩く。若い男性が振り向く。首の後ろでリボンが揺れる。水着より肌は隠れているのに、背中と肩を出した知保子が人目を惹いているのが、祐貴にはよくわかる。

 東へ50mほど進むと、砂浜に余裕があり、音楽も遠ざかった。

「あそこにしようか」

 裕貴が波にぬれた砂と、乾いた砂の狭間に居心地のよさそうなスペースを見つけた。

 二人はシートを広げ、風よけに隅に荷物を置いた。着ていたものを脱いで水着になった。くすぐったいと笑いながら互いの背中にサンオイルを塗っていて気付かなったが、背の高い若い男が近寄ってきていた。二人をかわるがわる眺め声を掛けてきた。

「俺たち三人連れなんだけど、一緒に泳がないか」

 裕貴は知保子を見、男を見上げていった。

「友達が来るの」

「そうか。残念」

 案外簡単に引き上げて行った。その男は少し離れたところに座っている二人に、笑いながら両手を交差させバツを作って知らせている


 裕貴と知保子は、あらかじめ、ナンパは止めようと話していた。最近、裕貴は交際中の男とうまくいっていない。気が塞ぐからと、知保子を海へ誘った。今春、違う部署移動になってからの初めてのお出かけだった。

「また来た。同じように断るわよ」 

 知保子は、裕貴の目線の先を見る。体格のよい二人連れが近づいて来ている。

「私にやらせて」

 知保子は膝立ちになり、太ももにオイルを塗り始める。

「一緒に遊ばない」

「えーっ。今夫と子どもたちが来るの。それでもいいかしらってことないわよね」

 肩紐のない白いビキニトップで知保子は無邪気に言う。

「いや、どうも」

 よい体格を小さくして二人は去った。

「ちぃ、夫と子どもって何よ。いつまでも現れないでばれちゃう」

 裕貴は大笑いをした。知保子は真剣な表情で男の目を見つめ、はっきりと嘘をついた。そのギャップが愉快だった。


 海に入りしばらく泳ぐ。二人とも水泳は得意だ。知保子は平泳ぎで前を進む。裕貴はクロールで泳いでいたが、足がつりそうになり立ち泳ぎになってふくらはぎを休めた。智保子の背中が見える。

 私がホルタードレスを着たらどうだろう。ミニスカートや肌を露出する服は、男の気を惹く為に着る、と考えてしまう。自分がそうだからだ。でも知保子は違う。いつも自分が似合うかどうか、だけが基準のようだった。

 何を着ても、どこへ行っても泰然としている。物怖じしないというのだろうか。何を着ても似合うのは、着る物で邪心を抱かないから。そこまで考えてまた左足が吊った。

「ちぃ、上がるわ。足がつったの」

 浜に戻って両方の足をもみ、砂をかぶせて温シップ替りにした。そのままバスタオルの上に仰向けになり、顔をタオルで被い身体を乾かす。潮騒と人のざわめきが心地よくてうとうとした。

 シートのガサガサという音で目が覚めた。裕貴がバスタオルで体を拭いていた。

「私、どのくらい眠ったの」

「ほんの10分よ。私もまもなく上がったから」


 祐貴が作った鮭のお結びと、知保子が持ってきた冷や汁でお腹いっぱいになると、二人で並んでうつぶせに寝ころんだ。

 急に海の家の音楽が止んだ。波の音が耳に届いた。周りの話声が近くなったような気がする。知保子が顔を上げて海の家を仰ぎ見る。むき出しの背中と肩が紅くなっていた。

 マイクを通してビーと音がして間もなく、Jポップが流れ始める。気持ちよいけだるさで、二人ともまた眠くなってくる。


「焼けたわね。またオイルをぬらないと、今夜熱くて眠れなくなるわ」と話しかけると、知保子は眠そうな目で振り返る。

「あなたも焼けたわ。笑い皺は焼けていないけどね」

 彼氏のことで塞いでいた気持ちが、晴れているのに気が付いた。

「ありがと。この線は人柄の現れよ」

 裕貴は知保子の後ろを歩くことが多い。知保子は、私の前を歩いていることが多いなんて考えないだろう。自分は知保子をよく観察する。知保子はいつも泰然としている。颯爽とした背中を見ている、それが心地良いと祐貴は思う。 

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背中2 阿賀沢 周子 @asoh

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