第19話 ストーリー破壊爆弾
グラストとのいさかいはありつつも、初日の学校生活は無事に進む。
ほとんどの授業は自己紹介や授業内容の説明で終わり、あっという間に放課後となった。
「おーい、迎えに来たわよー」
「あ、エリシア」
シアンがバッグに荷物をしまっていると、教室のドアからエリシアが顔を出した。
迎えに来てくれたらしい。
シアンはバッグを肩にかけると、エリシアへ駆け寄った。
「わざわざ迎えに来てくれたんだ?」
「……私の勘がざわついたのよ。シアンを放っておいたら、『迷子になって知らない女の子と出会って、仲良くなっちゃいました。その女の子はストーリーの重要人物でした! もう、ストーリーがぐちゃぐちゃです!』なんてふざけた展開になりそうだったから」
「……エリシアはボクの事をなんだと思ってるの?」
「ストーリー破壊爆弾」
散々な評価である。
しかし、エリシアから見たシアンの功罪は二つだ。
『悪役令嬢の妹を、死の運命から助けた』
『本編開始前に主人公を攻略した』
完全にストーリー破壊爆弾である。
上手いこと使えれば気に入らないストーリーを壊せるが、失敗したら何もかもぶち壊しだ。
『ある程度はストーリーに沿って未来を確定させたい』エリシアにとっては取り扱い注意の爆弾だった。
「それで? 初日の学校生活は大丈夫だった?」
「うん。友だちもできたし、大丈夫そう」
「そ……ま、自分のクラスで大人しくしている分には、これ以上ストーリーを壊すこともないだろうし――」
「シアンさん、ちょっと良いだろうか?」
「っ!?」
教室の入り口で話していると、グラストが声をかけて来た。
少し焦った様子である。
一方で、声をかけて来たグラストを見てエリシアは眉を歪ませた。
「良ければ、一緒にサロンへ行かないか? 平民が集まる茶会で、僕と同じような議会の息子や、大きな商会の子息も来るんだ。あ、友人のノアさんも参加するらしい」
「サロン……お茶会……」
シアンは貴族社会には詳しくないが、サロンのことは知っている。
政治的な交流を目的とした集まりで、茶会や会食を兼ねている場合が多い。
入学初日にはレイラもサロンに参加していた。
最近では商家や議員などの平民がサロンを開催することも多いらしい。
「お茶会ってことは、お菓子が出る……」
「ああ、商会が融通してくれた珍しい菓子も出るそうだ。いかがだろうか?」
「ちょっとタイム。シアンと相談させて」
「……君は?」
「シアンの同僚。この後の予定もあるから、いったん話し合いをさせた」
「……分かった。少し待とう」
「ありがとう。シアン、ちょっと来なさい」
「え? もしかして怒ってる……?」
エリシアがニコニコと張り付いたような笑顔を浮かべて、シアンの首根っこを掴んだ。
ズルズルと引きずられて、物陰へと連れこまれる。
「説明してくれる? なんでグラストがキミをサロンに誘うわけ?」
「えっと、友だちになったから?」
「友だちになっただけでサロンに誘うわけないでしょ! 放課後お遊びクラブじゃないのよ!?」
「じゃあ……分かんない……」
「ちょっと、どうしてグラストと仲良くなったのか教えてみなさい」
「最初は――」
その後、シアンはグラストと仲良くなった経緯を説明。
話が終わるころには、エリシアは手で顔を覆って天を仰いでいた。
なお、見えるのは学校の天井だ。元王城だけあって綺麗な天井である。
「失敗した。ストーリー破壊爆弾からは一瞬でも目を離しちゃ駄目だった……」
「……なにを後悔してるの?」
「キミが仲良くなったグラストは、ゲームの攻略対象なの!! しかも、ほぼ確実に攻略できるバッドエンド阻止用の『お助けくん』を落とすなんて……」
「お助けくんってなに?」
「ゲームプレイヤー間で浸透したグラストのあだ名よ。勝手に好感度が上がって簡単に攻略できるから、バッドエンドを阻止するために置かれてるキャラだって噂されてたの」
「なるほど……?」
乙女ゲー事情に疎いシアンにはよく分からなかった。
ただ、とりあえずグラストはプレイヤーを助けて(?)くれる存在だったらしい。
バッドエンドを阻止するお助けキャラなようだ。
「……こうなったら、この状況を利用するしかないか。シアンはグラストの誘いを受けてサロンに参加しなさい」
「参加して良いの? 仕事は?」
「これも仕事の内よ。グラストを通じて平民の有力者と友好を深めてきなさい。その繋がりはレイラ様の役に立つから」
「りょ、了解です」
レイラと平民派閥を繋ぐための懸け橋となれという事だろう。
サロン出ても『お菓子美味しいー☆』とか言ってられる状況では無さそうだ。
「あと、ノア様も参加するみたいだから……上手いこと約束を取り付けるなりしておきなさい。ちゃんと話さないと駄目なんだから」
「分かった!」
分かってない。
エリシアは『ノアを振るために約束をしろ』と言っているのだが、シアンは『仲直りをしてこい』と言われていると思っている。
「それじゃあ、グラストくんと行ってくるね」
「気を付けて行ってくるのよ。晩御飯もあるんだから、お菓子は食べすぎないようにね」
「はーい」
そうして、シアンは初めてのサロンに挑戦することとなった。
暗殺者は悪役令嬢に拾われる~乙女ゲーのモブに転生したけど、ヒロインたちに溺愛されてシナリオが破綻した件~ こがれ @kogare771
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