第18話 レンズがぱーん……!!
「えっと……どういうこと?」
ビシっとシアンを指差すのは、メガネ男子のグラスト。彼はシアンに『レイラの元から離れた方が良い!』と宣言してきた。
しかし、その意図が分からない。
シアンが首をかしげると、グラストはかちりとメガネを上げた。
「僕の父は下院の中核を担う議員だ。息子である僕の耳にも政治的な話は入って来る。侯爵令嬢である『レイラ・グレイシア』の悪名もな」
「悪名……」
「君も聞いたことくらいはあるだろう。彼女は『氷のお姫様』なんて呼ばれているが、実際に彼女は氷のように冷たい冷血女だ。つい先日も、貴族から援助を頼まれたのに断ったらしい」
シアンはその話を聞いて思い出す。
レイラに仕え始めたころに、援助を頼みに来た伯爵が居たはずだ。
(たしか、伯爵が夜街で散財していたのが原因で領地が衰退してたんだっけ……)
もし、その話ならばグラストの誤解である。
そもそも、あの伯爵はお金を貸せるような人では無かった。
レイラが冷血だから援助を断ったわけじゃない。
「貴族仲間ですら見捨てる女に仕えるべきじゃない。いや、あの女に限らず貴族なんて奴らは選民思想にまみれたクズどもの集まりだ。将来のことを考えるならば、貴族や聖女のような特権階級に媚びず、自立するべきだ!」
グラストは演説のように高らかにうたった。
しかし、クラスメイトたちはぽかんと口を開けている。
言ってることは分からなくも無いが、ちょっと急すぎて誰も付いて来れていなかった。
「……ちょっと良いかな?」
「なんだ?」
シアンはおずおずと立ち上がり、ジッとグラストを見つめた。
「ボクの大切な人たちを悪く言わないで欲しい」
「な、なんだと!?」
「きゃ……大胆な告白……!?」
クラスがざわつく。
別にシアンに他意はなく、ただ恩人や友人を『大切な人』とまとめただけなのだが、そんなの周りのクラスメイトには分かりようがなかった。
「聖女や侯爵令嬢……色々な地位はあるけど、レイラ様もノア様も本当は普通の女の子なんだ。二人とも普通に悩むし、ちょっと美味しい物を食べただけでも笑顔にもなるんだ」
二人とも貴族や聖女のような、分かりやすいレッテルの存在じゃない。
一人の人間で、悩んだり笑ったりする女の子だ。
「グラストくんが言うような選民思想なんて持ってないし……クズなんて悪口を言われたら傷つくと思う」
「だ、だが……レイラが貴族の援助を断ったのは事実だろう? 彼女が援助をしていれば、たった今苦しんでいる民が減っていたかもしれない!?」
「それも勘違いだよ。レイラ様が援助を断ったのは、お金を貸す貴族の人に問題があったから。その人の領地については、別で対処しようとしていたよ?」
「な、なんだと……?」
レンズの奥で、グラストの瞳が揺れた。
「グラストくん……」
「な、なんですか!?」
シアンはグラストの手を握る。
グラストはなぜか敬語になっていた。顔を真っ赤にして慌てたように目をキョロキョロしている。
「きっと、グラストくんは真面目で正義感が強い人なんだと思う。だから、悪いことをしている人が許せないんだよね?」
「そ、そうです」
「だけど、レイラ様もノア様も悪い人じゃないよ? 大切な人を見分だけで悪く言われるのは、すごく悲しい。だから、ちゃんとキミの目で二人のことを判断して欲しいんだ」
シアンは上目遣いで首をかしげた。
「……お願い」
「はうぁぁぁぁぁぁ!?」
パリン!!
グラストのメガネがいきなり割れた。
はじけ飛んで粉々になったレンズが、砂のような粒子となって飛んで行った。
「……どうやら、僕のレンズはくもっていたようだ……」
「え? いや……くもったって言うか、粉々に割れてるけど!?」
「こいつ、どんな特殊能力よ……」
シアンやフレンのツッコミを無視して、グラストはレンズが消えたメガネを外し空を見上げた。
「今日はいい天気だ……」
そんなに天気は良くない。雲が多めの晴れ。良いとも悪いとも言えない微妙な天気だった。
「そんなに良くないわよ?」
「うん……まぁ、気持ち次第かな……」
グラストが振り向く。
なんだか、先ほどまでより穏やかな顔をしていた。
「シアンさん、すまなかった。僕の考えは間違っていたよ。根拠も無く人を非難するのは最低だった」
「あ、はい。分かって貰えたなら良かったです」
「良ければ、僕とも友だちになって貰えないだろうか? これからもシアンさんと仲良くしたい」
グラストがシアンに手を差し出した――だが、ぱしりとはたき落とされた。
フレンがシアンを守るように抱きしめる。
「止めとこうシアンちゃん。このメガネナシメガネは関わっちゃいけない人だよ!」
「そんなことは無い。僕は改心したんだ!」
「改心して別のベクトルでキモくなったんだよ!」
「えっと……とりあえず二人とも落ち着いて……」
そうして、なんやかんやで友だちが二人(?)できたシアンだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
その日の昼休み。
シアンが廊下を歩いていると、中庭で本を広げているグラストが見えた。
ちなみにグラストは普通に視力が低いので、ちゃんとメガネはしている。
(あれ、グラストくんと女の子が話してる……あんまり、良い雰囲気じゃないけど……)
グラストの隣では、小柄な女子が居た。
その女子生徒にはシアンも見覚えがある。入学式の時にぶつかった女子だ。
女子は身振り手振りを加えて話すが、グラストは相手にしていないのか、本から目を離さない。
やがて、女子は怒ったように立ち上がると、つかつかとこちらへと歩いて来た。
「なんなのよ。あのメガネ!! 実況動画で『一番簡単に攻略できるチョロいキャラ』だって言ってたのに!? 全然、相手にもされないじゃん!!」
女子はぶんすかと怒りながら立ち去って行った。
「……なんだったんだろう?」
シアンは首をかしげたが、すぐに気にせず歩きだした。
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