父親の再婚でできた義妹が忍者

まさかミケ猫

父親の再婚でできた義妹が忍者

――道で女の子と喋っていたら、地面に棒手裏剣が突き刺さった。


 うん、こうなる予感はしてたけどね。

 でもさぁ。週末に買い物に出て、高校のクラスメイトとたまたま遭遇したら、挨拶くらいはするよ。さすがに何も会話しないのは、ちょっと感じ悪いと僕は思う。なのに、会話のラリーを数回続けただけで棒手裏剣これだ。


「じゃ、じゃあね、瑛太えいたくん。また学校で」

「うん。なんかごめんね。うちの忍者が」

「あのエピソード、冗談じゃなかったんだ……」


 そう、冗談でも捏造でもないんだ。

 僕の近くには高確率で忍者が潜んでいる。そして、女の影あらば棒手裏剣を投げてくるし、煙玉で会話を邪魔されることもある。一部の要注意人物が近づかないようびしを使うことすらあるのだ。どうしたもんかなぁ。


 去っていくクラスメイトを見送りつつ、僕はため息を漏らす。


「アンジェ、出てきて」

「はい、御館様」

「え、早っ。どこに隠れてたの?」


 シュタッと片膝をつく女忍者を眺める。うーん。目視不可能な速度で現れたり消えたりするから、いつどこにいるのかサッパリ分からないんだよねぇ。本当に謎だ。


 草葉アンジェリカ、中学三年生。

 彼女は父親の再婚でできた義妹で、見た目としては赤毛の外国人美少女って感じなんだけど、なぜか忍者をしている。どうしてこうなったんだろう。


「まぁ、細かいことはいいけどさぁ。さすがに、たまたま会ったクラスメイトと挨拶してるだけで棒手裏剣を投擲するのは、やり過ぎだと僕は思うよ」

「いえ、危ないところでした。あれは敵です」

「アンジェの敵判定は雑すぎるんだって」


 なにせアンジェの手にかかれば、だいたいの女性が敵にされちゃうからね。そうなると、僕は人類の約半数と敵対していることになるわけで。さすがにその世界観は殺伐としすぎている。


「いいですか、御館様。男女の間に友情は存在しないのがこの世の摂理。つまり私以外の女は全部敵。三歳から八十歳までは全員警戒対象です」


 広いなぁ。年齢幅が広い。

 いや、アンジェが僕をどんな性獣だと認識してるのかは知らないけどね。僕が異性として認識できる年齢の幅は、たぶんアンジェが想定してるよりかなり狭いと思うんだ。そのあたり、認識のすり合わせが必要だと思うんだけど、君はどう思う。


「そもそも女の身であれば、御館様に惚れてしまうのも致し方ありません」

「そうでもないと思うけど」

「いえ、リンゴが地面に落ちるように、女が御館様に落ちることは自然法則なのです。もはやサイエンスの領域です」


 うーん、なんか目がグルグルしてるな。こういう時のアンジェは何を言っても聞いてくれないんだ。

 ちなみに、こんな戯言を繰り出すアンジェだけど、中学の理科のテストでは毎回満点を取ってくるんだよね。僕はすごく疑問に思ってるよ。


 首を傾げる僕に、アンジェは胸を張って力強く宣言する。


「私の目の黒いうちは」

「アンジェの瞳は青いけど」

「私の目の青いうちは、御館様のそばに敵を近づけさせません。どうか泥舟に乗った気持ちで、私に全てお任せください」


 そうかぁ。とりあえず、その「御館様」っていう呼び方は違和感があるかな。僕らの家の持ち主は父さんだし。あと、さっき投げた棒手裏剣は回収しておこうね。うん、そう。子どもが触って怪我でもしたら危ないからね。そういうのは本当に気をつけよう。


 ◆


 アンジェと初めて会ったのは、今から五年前。ちょうど小学五年生の夏休みが始まった頃だった。

 急に連れていかれた高そうなレストランで、なぜか外国人らしき母子と同席することになり、僕の脳裏には疑問符が百個くらい並んでいたんだけど。


「瑛太、父さん再婚することにしてな」

「あ、うん。そうなんだ」

「急に家族が増えるのは戸惑うだろうが、どうか仲良くやってほしい。母親の方はメリンダ。隣にいるアンジェリカはお前の一つ年下だから、妹になる」


 そうして、色々と話を聞く。

 どうやら二人はイギリスで暮らしていたんだけど、色々あって逃げるように日本にやってきたらしいんだよね。それで、こっちでの生活は気に入ったけど、滞在期間がもうすぐ終わってしまうため、どうしようか悩んでいた――というところで、父さんが「じゃあ籍入れようか」と提案したのだという。


 まぁ、父さんが決めたことなら反対はしないけど。


「ヨロシク、オネガイ、シマス」

「……」


 メリンダさんは日本語を勉強中。アンジェはそもそも表情が固く、喋ることもせず、常に何かに怯えているようだった。なかなか大変そうだぞ、と思ったのを覚えている。


 そうして急に始まった新生活。

 父さんは毎日仕事だけれど、僕は夏休みだったからね。義母と義妹が生活に困らないよう手助けするのは、完全に僕の役割になっていた。


「メリンダさん。今日はご飯を炊くのにチャレンジしてみようか。ライス、クッキング、オッケー?」

「ハイ。考エルナ、感ジロ……デスネ」

「うーん、料理は考えてやった方がいいと思うよ」


 メリンダさんはすごく勉強熱心で、僕の母親になろうと毎日努力してくれてたから、色々と教えがいがあった。

 掃除や洗濯は勝手が分かればすぐにできたし、スーパーでの買い物も何度か一緒にいくうちにずいぶん慣れてきた。まぁ、たまに変なものを買ってきたりするのは御愛嬌だけど。


 一方のアンジェは、ずっと部屋の隅で石のように身を固くしていた。

 なんでも母国では、元父親から罵詈雑言を浴びて生活していたようでね。幸いなことに物理的な虐待はなかったらしいけど、すっかり心を閉ざしてしまったのだという。


「アンジェ、こっちにおいでよ。ソファに座って、一緒にお菓子を食べよう」


 一応、彼女なりに仲良くする気はあるみたいで、僕が声を掛けると近づいてきてはくれる。

 ただ、まったく声を出さないんだよね。顔色すら変化しない。もちろん日本語が分からないって理由もあるんだろうけど……とりあえず、焦らずじっくり取り組もうと僕は考えていた。


「アニメでも観ようか。何がいいかなぁ」

「……」

「うーん。忍者のやつにしよう」


 前に何かのニュースで、このアニメは海外でも大人気だって話を聞いたからね。国境を越えてコスプレを楽しむ人までいるのだから、アンジェが気に入る可能性もそこそこ高いだろう。

 あまり深く考えずにサブスクのアニメを選んでから、英語字幕を設定する。僕も久しぶりに見るから、ちょっと楽しみだ。


 そうして視聴していると、隣に座るアンジェの様子が少しずつ変化してきた。

 最初は石像のようにカチコチだった彼女が、次第に身を乗り出すようになって、興奮しているのが見て取れる。表情筋はピクリとも動かないんだけど、その青い瞳には、アニメの色が映り込んでキラキラと輝いていた。


 画面の中、威張り散らしていた敵役のオッサンを、忍者が思いきりぶん殴る。


『――娘のため? 違うな、貴様はただ自分の鬱憤を娘にぶつけているだけだ、クソ野郎!』


 虐げられていた女の子を救出した忍者が、ニッコリと笑う。それを見て、アンジェの頰を涙が伝った。

 今さらながら、こんなん見せて大丈夫だったかなと肝が冷えたけど、アンジェが楽しそうに視聴しているから良しとしよう。


「さて、一旦休憩にしよう。メリンダさんが料理を頑張ってくれたからね。先に食事を済ませちゃおうよ」

「No!」

「やっと喋ってくれたね。それは嬉しいけど、ご飯はちゃんと食べよう。大丈夫、夏休みは長いから」


 そんな風にして、アンジェは少しずつ言葉を発するようになっていった。

 それと、彼女はアニメで日本語を覚えているから、たまに妙ちきりんな語彙力を発揮する時があり、僕はその都度修正していた。さすがに、父さんに「きさま!」とか話しかけるのはどうかと思うからね。


 そんな感じで、アンジェは今ではすっかり日本人と変わらない話ぶりになり、僕も安心して見ていられるようになっていた。


  ◆   ◆   ◆


 買い物を済ませて家に帰ると、アンジェはいつの間にかリビングにいた。さすが忍者、素早い。

 それで、何やらノートを開いてカリカリと書き物をしているみたいなんだけど、今度はいったい何をやっているのか。


「あ、おかえり。お兄ちゃん」

「ただいま。といっても、アンジェはずっと一緒にいたけどね。忍者として」

「それはそれ、これはこれ。兄の帰宅を出迎えるのは妹の義務なんだよ」


 アンジェは嬉しそうな顔で、キッチンからアイスコーヒーを持ってきてくれる。

 ちなみに、外出時に忍者として僕の付近に潜伏する時と、家に帰って妹として一緒にいる時とでは、アンジェの口調や仕草がガラリと変わるんだよね。役になりきる感じというか。


「はい、お兄ちゃん。どうぞ」

「ありがとう。今日は暑かったから助かるよ」

「……ふふふ」


 まぁ、アンジェの策略は知ってるんだけどね。

 こうして甲斐甲斐しく世話をすることにより、僕をアンジェなしでは生活できないよう依存させる――という独り言を、英語で呟いてたからさぁ。アンジェは知らないだろうけど、僕は英語の聞き取りに関してはそこそこできるんだよ。メリンダさんに鍛えてもらってね。


「そういえば、アンジェは何してたの? なんか鬼気迫る様子でノートに色々と書いてたけど」


 僕がそう聞くと、アンジェは視線を泳がせながら口笛を吹く。うん。やたら口笛が上手いけど、スペックの無駄遣いじゃないかなぁ。


「別に……私はただ、お兄ちゃんに近寄る女の名前をノートに書いてただけだし」

「ふーん、それで?」

「名前を書いた後に四十秒以内に死因を追記すると、そのとおりになるんだよ」


 え、背後に死神とかいる? 大丈夫?


「それで……お兄ちゃんは何買ってきたの?」

「ん? 買うとこ見てたんじゃないの?」

「お兄ちゃんが買い物をする時は、ちょうどあの女の正体を探ろうと尾行してたんだよ。それで戻ってきたら、もう買い物が終わってたの」


 そうだったのか。残念ながら、僕には忍者の気配を察知するような便利能力はないからなぁ。


「ふふふ。もしかして、女へのプレゼント?」

「うん、そうだよ」

「ふぅん……どこの誰? 身の程知らずが雨後のたけのこのようにニョキニョキと。もしやあの女か。お兄ちゃんはここで大人しく待ってて。ちょっと生皮剥いでくるから」


 やめなさい。苦無くないを持つ手が震えてんじゃん。声のトーンも一気に下がるし。というか、そんな言葉どこで覚えてきたんだ。


 いつの間にこんなに好かれちゃったのかなぁとは思うけど……いや、割と早い段階から懐いてはいたのか。

 小学校に通ってた頃は、アンジェは休み時間のたびに僕の横に現れていたし。僕だけ中学生になると、なぜか忍者の修行を始めた。それで、アンジェも中学校に上がってくると、アプローチが一気に生々しい方向に行き始めたから家族会議になったんだよね。とりあえず、風呂への突撃だけは断固阻止したけど。


「ねえ、どうして。私はいっぱいいっぱい我慢してるのに、お兄ちゃんは私の知らないところで女を作るの? プレゼントを贈るの? あのね、妹に無断で女を作るのは日本国憲法で禁じられてるんだよ?」

「僕の知ってる日本国憲法じゃないけど……まぁ、それはともかく」


 僕は鞄から細長い箱を取り出して、荒ぶっているアンジェに差し出す。


「はい。可愛い義妹にプレゼント――というのは、日本国憲法で禁じられてる?」

「す、推奨されてましゅ」

「そうなんだ。日本って謎の国だなぁ。とりあえず、箱を開けてみてよ。気に入ってもらえるといいんだけど」


 するとアンジェは、割れ物でも扱うような手つきでプレゼントを開封する。いや、そんなに緊張する類のモノじゃないんだけどね。


「これは……シャーペン?」

「うん、ちょっとお高いやつだよ。アンジェは僕と同じ高校を目指してるんだろう? なら、この夏は受験勉強を頑張らないとね。漢字の読み書きは苦手だろうけど、国語と社会が伸びれば合格圏内に届くはずだから――」


 僕がそう話す間に、アンジェの顔は桜の開花を倍速再生している感じでパァっと明るくなっていく。うん、喜んでくれたならよかったよ。


「ふふふ。仕方ないなぁ。そんなに妹と同じ高校に通いたいんだぁ。ふぅん。ふぅぅぅぅぅん」


 そうして一気にご機嫌になったアンジェは、鼻歌交じりに忍者道具をメンテナンスしてから、プレゼントしたシャーペンで勉強を始めた。

 まぁ、異国の地で忍者にすらなれたんだ。スペックの高さを考えれば、きっと大丈夫だろう。


 ある意味で安心で、ある意味で心配な。

 アンジェは、僕の可愛い義妹なのである。

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