第48話 それぞれの門出
三月一日、俺は卒業式に参加している同級生を観ながら、これまでのことを振り返った。
モテたいという、いささか不純な動機で女子の多いこの学校を選んだ俺だったが、その願いはほぼ叶わなかった。
けど、卒業間近になって、ようやく彼女ができた。
その彼女、平中小百合を、俺は一年の頃から好きだった。
いろいろあって、告白したのは三ヶ月前になってしまったけど、なんとか付き合うことができた。
部活の簿記部は二年連続全国優勝を果たし、三年の時は個人の部でも全国二位に入った。
日々の練習や大会前の合宿は辛かったけど、今となってはそれもいい思い出だ。
去年の秋に入部した三人は、岩田先生の話だと、七月の全国大会予選に十分戦力として戦えるみたいだ。
みんなで力を合わせて、是非とも三連覇を成し遂げてほしい。
部活で忙しい中、執筆していたネット小説は思ったより反響が大きく、先日通算のPVが十万を超えた。
サイトの企画やリレー小説では苦戦したけど、物書きとしていい経験をさせてもらったと思えば、その苦労も報われる。
残念ながら、高校生活で印象に残っているのはこれくらいだ。
俺は簿記部以外の者と話したことはほとんどないし、体育祭や文化祭、修学旅行等の学校行事も、まったくといっていいほど記憶に残っていない。
この卒業式もそうだ。他の生徒とともに淡々とこなしているだけで、校長や来賓の話なんて、まったく聞いていない。
小学生の頃はちゃんと聞いていた記憶があるが、中学高校と年を取るにつれ、話を聞かなくなるのはなぜなんだろう。
そんなことを思っていると、校長が締めの言葉を言い、式も終了となった。
(これでついに、この学校ともおさらばか。思えば長かったような、短かったような……まあトータルで考えれば、悪くない高校生活だったな)
その後、一旦教室に戻り、ほぼ印象に残っていない担任の最後の挨拶を聞くと、俺と林、平中、北野の簿記部メンバーは、岩田先生や後輩たちが待つ簿記室へと向かった。
「先生、お世話になりました」
「俺、必ず税理士になります」
「先生のおかげで二回も全国優勝することができました」
「本当に感謝しています」
「みんな、おめでとう。これからはそれぞれ進む道は違うけど、学校で学んだことや簿記の練習に耐えた根性を活かして、大いに人生を楽しんでくれ」
「「「「はい!」」」」
その後、後輩たちが作ってくれた料理を食べたり、ゲームをしたりして楽しんだ後、俺たちを代表して元部長の北野が感謝の言葉を述べた。
「岩田先生及び後輩のみなさん、今日は私たちのために、こんな会を開いてくれてありがとうございます。私たちは今日で卒業するけど、岩田先生がいる限り、この簿記部は安泰です。これから三連覇、四連覇を目指して頑張ってください」
北野の言葉を聞いて、一条と高橋が涙を流している。
他の三人は、俺たちと付き合いが浅いせいか、それほど心に響いていないみたいだ。
程なくして泣き止んだ高橋が、現部長として俺たちに最後の挨拶をした。
「先輩方、ご卒業おめでとうございます。先輩方には本当にお世話になりました。私が検定に落ちて自暴自棄になってる時に、先輩方は『次、頑張ればいい』と励ましてくれました。そのおかげで、私は次の検定に合格することができました。それと、全国大会で二連覇できたのも、すべて先輩方が頑張った賜物です。その分、今年は私たちが頑張って、是が非でも三連覇を成し遂げてみせます」
去年の俺たちもそうだったが、今年は更にプレッシャーが掛かることだろう。
それに負けず、後輩たちには力を出し尽くしてもらいたい。
それが俺の嘘偽りのない思いだった。
やがて送別会が終わると、俺たちは先生や後輩たちに見送られながら、簿記室を後にした。
俺たちはそのまま校門まで歩き、最後の挨拶を交わした。
「じゃあな。俺、専門学校にいる二年の間に、必ず税理士試験に受かってやるぜ」
俺たちの中で唯一、一級に合格した林は、そう息巻きながら、去っていった。
「じゃあね。私、将来大物デザイナーになるから、その時は私のデザインした服を買ってね」
デザイン学校に行く北野は、キラキラした目でそう言いながら、去っていった。
「じゃあね。といっても、またすぐ会えるんだけどね」
大学に進学する平中は、俺と同じく大学のある場所が自宅から通学圏内とあって、俺たちは二人とも自宅から通うことになっている。
「ああ。高校時代はあまり遊びに行けなかったけど、その分、大学生になったら、いろんな所に遊びに行こうな」
そう言うと、平中は飛び切りの笑顔を向けながら、「うん!」と大きく頷いた。
了
簿記と恋とネット小説に懸けた青春 丸子稔 @kyuukomu
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