第4話「物語」

「よーするに……わたしは土ん中で死んでた。


そんで『イッチ』がわたしを見つけて、『モッさん』が蘇らせた。そんでわたしは『勇者』を継いだ。


そーゆーこと。すか?」


サヤが話をまとめると、モーロヴは「うむ」と微笑みながらうなずいた。


彼女がどんな状況で死に、もしそのまま放置されていたらどうなっていたのか、そしてどう蘇ったのか。


イェヌは冷静な声で一連の出来事を説明した。


彼の声はまるで五感を操るかのように、昨夜の出来事をサヤの中で形作っていった。


(とりまお礼すべきよね)


そのくらいはサヤにでも分かる。


自分が死んでいて、生き返らせてくれた相手が目の前にいる。非現実的なその状況で、どのような礼を述べるべきか。


生き返らせてもらった恩を感じつつも、どこか非現実的なその状況に、彼女は戸惑いを隠しきれない。


とりあえずサヤは最大限の感謝を述べた。


「イッチ見つけてくれてありがちょ。モッさん復活させてくれてホント感謝。ふたりともありがとね!」


口では感謝を述べながらも、内心では「別に死んだままでもよかったかも」と思うサヤ。


それでも彼女は丁寧に頭を下げ、しっかりと感謝を伝えた。


サヤが顔を上げると、イェヌが少し苛立ちを隠しながら口を開いた。


「サヤ……何度も言うが、モーロヴ様を『モッさん』と呼ぶな。それは神格を軽んじる行為だ。


さらに何度も言うが、私は大口忠臣真神おおくちちゅうしんまがみの……」


「わーかってるわかってる! オークチチューシンマガミのイェヌっしょ? おけおけ、わかってるってば!


そんで、モッさんは、ただのモーロヴ様で……まぁ、けっこう偉い人。だよね?」


イェヌは顔をしかめたが、モーロヴはそれを静かに見守っているだけだった。


サヤは一口、スモークチキンを果実水で流し込みながら、ずっと気になっていたことを口にした。


「てかー……ずっと気になってたんだけどー……ぶっちゃけ、二人は何者?


イッチはでかいオオカミってのは分かったんだけど。モッさんがただのコスプレ爺なワケないじゃん?


『黄泉がえり』に『完全回復』とか、もう医療崩壊だし。


むしろ『神』的な感じじゃん絶対? ですよね?」


「サヤ……モーロヴ様を……」イェヌが口を開こうとした瞬間、モーロヴがそれを制して話し始めた。


「『神』か……サヤにとっての『神』がどういうものか分からんが。儂は、自分自身をそう思ったことは一度もない。しかし、少なからず強大な力を持っていることは自覚しておる」


「それって、つまり『神』?」


「まぁ、結論を急ぐな。例えば、自分の身に何か奇跡的な出来事が起こったとして、それを『神の御業』だと考えるか? あるいは『神の御業』とはどういう奇跡のことだ?」


「えー、てか奇跡によるかな? 『天使の梯子』とかも、奇跡っちゃー奇跡っぽいし?」


モーロヴはワイン色の液体を一口含みながら微笑んだ。


「そうだ、奇跡は自然の連続だ。


雨が降り、霧が立ち込め、花が咲き、また種が落ち、命が生まれる。そしてその命が食われることすら奇跡。


自然という概念すら、奇跡の連続だ」


「はぁ……わかんない」


「我々はサヤのいた世界パークにおいては、ただの訪問者ゲストにすぎん。


そう考えれば、サヤが生き返ったのは『神の御業』などではなく、ごく自然に起こった出来事の一部であった言えよう?」


思わず沈黙するサヤ。モーロヴの言葉が重く響く。


彼はサヤの世界を「パーク」、自分たちのことを「ゲスト」と呼んだ。


サヤはそこに妙な引っかかりを感じつつも、それ以上に妙な出来事が続いていたため、深く気にしなかった。


「あー……分からんくなってきた。じゃー、モッさんは神じゃないけど『神的』ってことでもういいや」


「はは、そうだ。それでいい。すべての問いに答えがあるわけではない。時には自らその問いを終わらせることも必要だ」


モーロヴの言葉は、サヤの心の奥底に何かを残していった。





「……てか、何でわたし『勇者』継ぐ説とかなったの? 異世界ビューンのチートでボカッ? 何か冒険とかやらされんの?」


サヤの問いは、どこか不安と期待が入り混じった声だった。


しかし、モーロヴはあっさりとした口調で答える。


「そうだのぅ……まず結論から言えば、儂らがサヤにやらせることは、何もない。他世界への移動も、冒険も、何もない」


「え? ないの? 逆に? 何もないの?」


「そうだ。何もない」


「は?」


サヤの困惑が深まる。


「勇者を継いだ」と聞いて、彼女は不思議な冒険でも始まるものだと思っていた。


だが、モーロヴの返答は期待を裏切るものだった。


戸惑いの中、サヤはもう一度問いかける。


「えそれってどゆこと? つまり『勇者』って『自称:グラビアアイドル兼声優』みたいなもんてこと?」


モーロヴはまた微笑み、少し間を置いて語り始めた。


「サヤ、お主はすでに、勇者としての『力』を全て継いでおる。


その『力』を使ってどう生きようが、儂らはその行方をただ見守るだけ……あえて言うならば――」


「言うならば?」


「その力で『物語を紡げ』」


「物語?」


「そうだ。善行博愛を尽くし、世界秩序の維持向上に努めるもよし。あるいは悪鬼羅刹の道を進み、世界に混沌と破壊をもたらすもよし。さらに、平々凡々とのんびり楽しく暮らしてもよい。


いずれにせよ……選ぶのはお前だ。そして何を選んでも、お前は何か大きなことを成すだろう」


サヤは少し黙った。


暗闇の一本道を進んできた自分が、ある時太陽にも勝る明かりを手に入れた。


しかし、目の前に広がる未来は、まるでフラッシュアウトした輝く虚無のようだった。


どんな道を進むにせよ、自分が物語の中心に立つことになる。


その事実が、彼女を少し圧倒した。


「へ、へぇ、そーなんだ」


モーロヴは、その言葉に応じるように再び口を開く。


「お主の行動は、やがて多くの人を惹きつけ、いつしか『物語』となるだろう。


それは百年、二百年と語り継がれ、数千、数万、数十万の民草が、お主の物語を知ることになる」


「ふぅん……」


モーロヴは手にしていたナイフとフォークを振り回し、まるで自分がそうだったかのように、熱く語る。


彼は突然立ち上がり、声を張り上げた。「そして、やがて――」


その瞬間、イェヌが割って入る。「モーロヴ様ッ!」


モーロヴの勢いを遮るように、イェヌが厳粛な声で言った。


「モーロヴ様、物語の結末を語る前に、まずは『成長の法則レベルアップルール』を説明していただくのが良いかと存じます。その後、実践練習チュートリアルで力の使い方を教えるのが順当かと……」


モーロヴはハッとし、苦笑いを浮かべた。


「おぉ、そうだったな……儂としたことが、昔話に夢中になってしまったようだ。許せ」


彼はサヤのいた世界パークで力をつけるための基本原則、「成長の法則レベルアップルール」を語り出す。



/* ――【 成長の法則レベルアップルール 】―― */


1. 手ずから殺めよ。

2. 血肉けいけんちを糧とし、『逕路』を進め。

3. スキルポイントを奪い、『門』の鍵とせよ。


/* ―――― */



モーロヴが語るその法則は、どこか禍々しい響きを帯びていた。


サヤはその意味がまるで理解できなかったが、イェヌが肩を軽くすくめて微笑んだ。


「なぁに、すぐに慣れる。緊張するのはだけだ」

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人生終了最底辺少女、勇者のすべてを受け継ぐ! 六典縁寺院 @eternalweekdays

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