第28話 夏だ!海だ!ヒロインたちの水着だ!

「僕でーす」


「お前かよ」


「あいたっ」


 ガッカリした俺は彼の頭に軽くチョップを入れておいた。俺の期待とトキメキを返してもらいたい。こればかりは本気で。

 ていうか吉田くんこんなお茶目なことをするキャラだったか?もっと真面目で大人しい奴だと思ってたが、人は見かけによらないものだ。


「海で貝殻拾ってたんだけどさすがに暑くて飲み物取りに来たんだよ、ほら。そしたら面白い話をしてたからさ」


 吉田くんは頭を摩りながら俺の後ろに座り、クーラボックスからサイダーを取り出して見せる。


「それにしても見ました、奥さん。俺らのこと軽蔑しきった目で見てたくせに、あの中谷のバックハグされたときのデレた顔」


「見ましたわ。なんとも情けない顔しちゃって」


「うるせぇ、うるせぇ」


 吉田くんだけでなく、久家や一条までもがニヤニヤと俺をおちょくってきたため俺は顔を顰めながらぷいっと顔を逸らす。


「で、中谷は誰が一番気になるんだ?」


「俺?俺も言わないといけないのか?」


「当たり前だろ、俺たちに言わせてといて自分だけ言わないなんてそんな虫のいい話あるわけないでしょう、ねぇ」


「ねぇ、ってことで白状しちゃえよ」


 こんな時こそ、この場をなあなあにしなければならないと思うがこの空気でなあなあで終わらせられるほどの話術は俺にない。

 俺の水着タイプとか聞いてなんの得になるのやら、と思いながらも三人のニヤニヤした視線に耐えきれずに小さな声で呟くように口を開いた。


「…鮎川さん」


「え?なんて?」


「鮎川さんだよ、鮎川さんの水着が一番気になるってもういいだろ」


 恥ずかしい気持ちをなんとか隠すように早口で言い切ると、思いもよらない答えだったのか二人は目を丸くする。


「うわー俺たちのこと軽蔑しきっていたくせにこういうのが一番むっつりなんだよな」


「だなだな。こうやって安直にアイリーとか可愛川って言わずに真夏を選ぶとこがむっつりの象徴だわ」


「「「うわー」」」


「ほっとけ」


散々な言われようだ。

別に深い意味があって言ったわけじゃなくて、適当にめんどくさいから選んだといのに、まるで自分がむっつりすけべ野郎だと認定されてしまった。

別に褐色肌とかがタイプな訳じゃないし…多分。


「それにしても真夏か…」


「ん?私がどうした?」


 するとその時、一条の後ろからひょいと輪ゴムを口に加えた鮎川さんが顔を出した。会話の成り行きで自然と俺の視線は彼女の水着に引き寄せられる。


黄色と白のツートンのオフショルダービキニが、彼女の引き締まった体つきをしっかりと引き立てており、褐色の肌にくっきりと浮かぶ水着の跡が妙に艶かしい。

そして、胸とかではなく日焼けの痕に目がいく自分に気づいた途端、俺はすぐに視線を外した。やばい、見てはいけないものを見てしまった気がする。

本当にむっつりすけべな気がしてきた。


 一条が鮎川さんの水着を上から下まで見ながら呟いた。


「ふっ、悪くない」


「誰目線だよ、ハルキだって大したことないくせしてさ〜」


「馬鹿言え、これでも今日に向けて少し鍛えた」


 自慢の筋肉を見せびらかす一条に、鮎川さんが呆れたようにため息を吐く。


「他の女子は?」


「さぁ、まだ着替えてんじゃないかな?私は早く泳ぎたくてパパって来ちゃった」


 長い髪を口に咥えた輪ゴムでくくった鮎川さんは、軽く体を捻って肩を回し、足を伸ばし、最後に両手を高く上げて大きく背伸びをする。


「よし、準備完了!先に行くから」


 そう言って、鮎川さんは勢いよく海に向かって駆け出そうとする。


「おい、真夏!日焼け止めは?塗らないのか?」


「冗談?水泳部でガンガン泳いでさらに日焼けしちゃった私に、日焼け止めなんてノーテンキューだよ!」


「相変わらずだな」


「日焼けとは、自然の摂理なのさ。日差しを浴びて、もっともっと黒くなってやるんだい。じゃっ」


 元気よく手を振りながら、再び海に向かって駆けていく彼女の背中はどんどん小さくなっていく。そして、海まであと一歩というところで思いっきり踏み切った彼女はそのまま大きく飛び上がった。

 綺麗なフォームで空を舞う彼女の体が海に着水するのと同時に派手な水飛沫が上がる。


「で、中谷どうよ?真夏の水着は」


「まだその話すんのか?」


 飽きないな。


「それじゃ僕は水分補給も澄んだし、また貝殻でも探しに行こうかな」


 伸びをしながら吉田くんが立ち上がり、パラソルの下から出ていく。


「おっ、吉田ちょっと待て」


「なに一条くん?」


「吉田は誰の水着が一番気になるか?」


 好きだな、その質問。一条の言葉に吉田くんは顎に手を当てながら少し考え込んだ後、爽やかに笑い答えた。


「あずきちさんかな。じゃ」


 そう言って颯爽と立ち去る吉田くん。

 なんとなくで鮎川さんの水着が一番気になると答えた俺よりもよっぽど変態に見えるのは、俺の心が汚れているからなのかそれとも実際にそうなのか。


 なんにせよ、また別の趣味か性癖を知ってしまった気がする。

 吉田くんが立ち去った後、一条が口を開く。


「地味な顔して吉田って、上級者なんだな」


「俺のアイリーさんを選んだ安直さが馬鹿らしく思えてきたよ」


 俺はそもそもこの会話を馬鹿らしく感じるよ。


「どうでもいいけど、人多いな」


「だな、こんなんで泳げるのか?」


 さすが夏休みというべきか、既に大勢の人で埋め尽くされているビーチと目の前に広がる海を見て眉を顰める。せっかくきたのにこれじゃなにもできないのではないか、とすら思うくらい人で埋め尽くされている。

 やはりみんな考えることは同じで、海開きと同時に遊びにきた人が多いのだろう。やがて、少し先の方に見える屋台から一際大きな声が聞こえてきた。


「ヘイボーイズ!なにしてんデスカ〜」


 俺は、その声に反応して思わず体をビクッと振るわせる。そして、その声の主は人混みをかき分けながら俺の目の前に現れた。


 でかい。制服の上からでもでかいと思っていたが、水着だと一層そのでかさが際立っている。


 白いビキニから見える彼女の身体はシミ一つない透き通るほど白く、くっきりと浮かび上がった大きな谷間と健康的なおへそは視界に強烈なインパクトを与えた。

 長い金色の髪は潮風に吹かれて舞い上がりながら光を反射し、体全体に光を纏っているかのようだ。


「今あそこの屋台でホットドックと塩きゅうり、焼き鳥皮・モモを3本ずつ買ってきたのネ〜めっちゃ有意義。へへへ」


 本人自体は美しいにもかかわらず浮き輪を腹に嵌め、ヨダレを垂らしながら買ってきた塩きゅうりを口に咥え戦利品を見せつける姿が残念すぎてギャップが凄すぎて風邪を引きそうだ。

何処かのアニメから言葉を引用するとすれば「見た目は大人、頭脳は子供」という言葉がふさわしいくらいに本人は無邪気で幼稚すぎる。


「はぁはぁ…待ってて言ったのに。アイリー・冬美・ホワイト、何かを食べながら走るのは危険って何度も言ってるじゃないですか…はぁはぁ」


「あっ、ゴメンナサイね〜。食べ物に夢中で聞いてなかったんデス」


「でしょうね」


 アイリーさんの後ろから、息を切らした秋元が小走りでやってくる。


 並んでいる二人を見て気づいたのだが、その二人の水着は……なんというか対照的だった。アイリーさんが露出度の高い白のビキニなのに対して、秋元さんは黒一色に赤いラインの入ったセパレートタイプのシンプルな水着の上にパーカーを羽織っていた。露出度は低いがそれでも、パーカー越しにでもわかる彼女の抜群のスタイル、そしてそれを隠したパーカーがなんとなく…ギャップがいい味を出していると思う。


 俺がそんな不躾な視線を送っていると秋元さんはそんな俺の視線を素早く察知し、キッと睨む。


「なんですかその視線?キモいんですが」


 ……相変わらずの毒舌だ。


「そうえいば一条ハルキから、海に行きたいと申し出たのは「中谷匠」と聞きましたが…もしかして海に行きたいと言ったのは私たちの水着を期待して…もしそうなら最低ですね、見損ないました」


「勝手に話進めんなよ!!なわけないだろ、そんな水着なんて誰も興味ないわっ!」


「それはそれで失礼な気がするんですが。せっかく水着着てきたのに興味ないとか…しかも誰も興味ないって」


「秋元さんは俺になにを求めてんだよ」


 ぶつぶつ言う秋元さんに呆れて俺がそう言うと秋元さんはハッとした顔で顔を赤らめ、そっぽを向く。


「別に」


「まあまあとにかくせっかくビーチボール持ってきたんだし、一緒に遊ばないか?」


「オーイエース。とてもいいアイディアね〜」


 気を利かして言った一条の言葉に、アイリーさんが笑顔で手を挙げる。

 ナイス一条、今俺のピンチを救ったのは間違いなくお前だ。


「あーでも今可愛川と吉田と真夏、あとあずきちがいないから、3対2になってしまうなぁ。どうしようかチーム分け」


「じゃあ俺は最初は見学するから、残りの4人で遊べばいいよ。もう少し休んでたいし」


「ほんとか、中谷?提案したの俺なのに悪いなぁ」


「いいよ別に、こういうのは慣れてるからさ」


 俺は一条の言葉に笑いかけながら、パラソルの下にあるレジャーシートにまた座り込む。


「じゃあ、俺がアイリーさんと組むから、一条と紅葉がチームな」


「負けませんよ、義一…久家義一」


「すぐローテンションでやって戻ってくるから、ほんと悪いな中谷」


 一条はそう言って、みんなとともに奥の砂浜の方へと向った。みんなの背を見送った後、俺は小さく息を吐きレジャーシートの上に横になる。


 そう、こういうのは慣れている。

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俺がいなくても成り立つ世界でダメヒロインたちを勝ちヒロインにするべく応援します。 酒都レン @cakeren

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