外伝ー未来の賢者


 私は小さな国の、とある小さな村に生まれた。

 人口が百人にも満たない様な小さな村だったけれど、皆暖かくて優しくて……ちっぽけではあったけれど、とっても幸せな生活を送っていたと胸を張って言える。

 しかし、当たり前の様に続いていた幸せな日常は、一つ運命の歯車がズレるだけで壊れてしまうものなのだと、私達の幸せは偽りのものだったのだと……そう、思い知らされたのだ。


◆◆◆


 ゴーゴーと燃える業火とニヤリと下劣な笑みを浮かべる盗賊共が包み込む村の中の一軒で、私は瓦礫の下敷きになっている母を助けようと小さな身体で精一杯瓦礫をどかそうとしていた。


「ママ!ママ!しっかりして!ねぇ!ママったら!」

 

 火の檻の中で酸素が薄く、それ以前に当時十二歳という年齢の小さな女の子には、瓦礫を持ち上げる程の力が出せる筈も無かったのだ。

 どんなに力を入れようともビクともしない瓦礫を、私は息を切らしながらもどうにか持ち上げようとするが、よく燃える材質である木で作られた家の四方八方を、火という人の思い描ける摂理を超えた事象は、容赦なく襲いかかってくる。


「ママ!やだ!死なないで!死んじゃ嫌だよママ!」


 ただ我武者羅に私は叫ぶが、ママからの反応何にも無くて心が折れそうだった。

 んー!!んー!!と、涙を流しながら必死に私が抵抗していると、意識を取り戻したママがピクりと動いて、何も見えて無いのではないかと思える程に虚ろなその目で、空気が抜けるような声にならないその音で、私に必死で何かを伝えようとしてくる……。

 当時十二歳と言えど、ママが私に何て言おうとしてるのか位すぐに分かった……分かってしまったのだ。

 いつもは暖かくて優しい和やかなママの目が、今は今まで見た事の無いような力強い目で訴え掛けて来てて……いつもは聴くとフワフワする様な柔らかい声が、今は今まで見た事の無いような声量で「行きなさい!!!」と言うのだから……。


「嫌だよママアアアアア!!!」

 

 ママの意思を知ってもなお諦めきれないでいた私が、涙を流しながら大声で泣き言を零していると、遂に限界が来たのか家が崩壊しつつあり、更に瓦礫が落ちてきた。


「きゃあああああああああ!!!」


「おうぃあああああああああああ!!!!!」


 一瞬で死を悟った二人が恐怖と後悔、それぞれの思いを叫ぶと私に落ちる筈だった瓦礫は、風の様な速さで粉々に斬り捨てられていた。

 

「大丈夫?何ともないかい?」


 私を助けてくれたのであろう質素な鉄の剣を右手に持った青年が、振り向き様に優しい笑みを浮かべながら私の安否確認をした。

 いきなりの事が積み重なって何も言えないでいる私を尻目に、青年は瓦礫の下敷きになってるママに近寄り「今、助けますからね」と微笑むと、瓦礫をその質素な剣で切り刻みママと私を抱き抱えて崩壊寸前だった家から出る。

 火を蹴りで散らしながら家から出た青年はママを地面に横にして寝かせると、両手を祈るように合わせてはブツブツと何かを呟く。


「聖なる癒しの灯火よ、傷つき喘ぐ哀れな善なる者を慈悲の光で包みたまえ」


 呪文のような何かを青年が呟くと、まるで雲のようにフワフワとした暖かな光に包まれて、ママの押し潰された臓器や焼け爛れた肌がみるみると治り、私のボロボロで木の破片が突き刺さっていた手も元に戻った。

 治ったことで起き上がるママの姿に生を実感してポロリポロリと溢れ出て来た涙が乾いた地面に弾けて消え、微笑ましそうに見ている青年を横目に、居ても立っても居られ無かった私はママに抱き着くと目の前が真っ赤に染められていく。


「ママァッ!!!死ななくてよがっだああ!!……あれ?何で目の前が真っ赤に染まって…………っ!?」


 怪訝な私が真っ赤な視界でママの顔を見ると、徐々に私の事を優しく抱き締めていたママの力が弱わり、私に倒れ込むようにしてバタリと地面に突っ伏した。

 倒れたママの背中には矢が何発も刺さっており、現状を理解出来ないで居た私が呆然としていると、助けてくれた青年は信じられない光景を見ている様な表情を浮かべ、言葉にならない声で嗚咽を漏らす。


「ああっ、あー……あああああああああああ!!」


 青年が頭を抑えながら後悔と悲観をグチャグチャに混ぜた様な色の涙を流していると、無心な私達の方に人間のモノとは到底思えない様なニヤリとした下劣な笑みを浮かべた、弓やナイフを武装した男共がやって来た。

 一番後ろからやって来たガタイのいい男は、ママの頭を踏みつけると後ろを向いて他の連中に指示を出す。


「お前ら、このメスガキは奴隷として、このオスガキは回復魔法を使えるっぽいから貴族にでも売るぞ」


「あいよ。で親分、何で母親の方は殺させたんで?」


「ババアは要らねーだろ。それに子持ちは趣味じゃねー」


『言えてらー』


 どうやらこの男共は盗賊らしい。

 あらかた村を襲って人や物資を盗んでいるのだろう。

 あれ?どうしたのだろう……村の皆を傷つけた上に、今こうしてママを踏みつけ、イヤらしい笑みを浮かべながら汚い笑い声を上げるゴミ共を前に、怒りすら沸かず、至って冷静なのは……。

 そんな私とは裏腹に、プルプルと身体を震わせて、頭を抑えつけながら青年は怒りと悲しみを顕にしていた。


「どうして……どうして僕は、いつも遅いんだ……どうして僕の前で、こうも人は不幸になるんだ。はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ…………僕は、きっと勇者なんかじゃないんだ……」


「あ?お前が勇者だ?それでか?お前ら聞いたか?自称勇者とは、こりゃ笑いもんだぜ!」


『がははははははは!!!!』


 自分のことを勇者だと言った青年はプルプルと自責の念によって震えており、ゴミ共の汚い笑い声が村中に弾けるように広がると、ゴミ共の仲間と思われる男が私より小さな男の子を抱えて連れてきた。


「親分。村の付近でガキを見つけやした。コイツは俺らと違って顔が良い、高く売れますぜ」


「俺らと違っては余計だ馬鹿。どれどれ?良い顔じゃねーかグヘヘ……こりゃ金になる」


 ゴミ共の親分に顎を掴まれてクイッと顔を上げられる男の子の表情は涙を堪えつつも恐怖一色だったが、その男の子の視線が青年に向くと、涙をポロポロと流しながらも満面の笑みを浮かべて口を開く。


「リアムお兄ちゃん!!」


「………………ルーカス?どうして……」


 男の子の声を聞いた青年は声の主を見ると、プルプルと震えていた身体がピクリと止まり、ただただ呆然とした。


「ゴメンね……お兄ちゃんに、待っててって言われたのに来ちゃって。僕……もう誰も失いたくないんだよ!もう誰かに護られるだけじゃ嫌なんだよ!……ゴメン。役に立たない弱い僕で、ゴメンなさい……」


 こんなガキに何が出来るんだと笑うゴミ共の声に消えてしまいそうになる位弱々しい声で謝る男の子に、青年はそっか……と微笑むと、段々怒りが込み上げて来たのか今までの和やかな目とは真逆な……思わず私がビクッと怖がってしまうような目をしては、腰にぶら下げている質素な鉄の剣に手を伸ばして呟く。


「ルーカスは僕よりも、ずっと強くて優しい勇者だよ」


 そう呟いた青年は私が瞬きをした一瞬で消えた。

 何よ分からないで居た私が男の子が居た方を向くと、男の子を優しく抱き締めている青年がおり、その光景を視界に捉えた瞬間、ゴミ共の頭は飛び跳ね、辺り一帯に赤黒い血飛沫が舞い散る。

 その光景に混乱した私がママの方を見ると、ママには微かに息があり、いち早く駆け寄った。


「ママ!ママ!大丈夫?!」


 泣き崩れながら叫ぶ私に、虚ろな目のママがか細くも今までのように暖かくて優しい声でそっと微笑む。

 

「ソフィア……貴方は生きなさい……私よりも、もっと、もっと長く、幸せに生きなさい……愛してるわ…………」


 生きなさい。その言葉を遺したママの息は、鼓動は、体温は……ママから何かもが亡くなり、泣くことしか出来ない弱い私からも何もかもが失くなった。


「ああああああああああああああっっっっっ!!!!」


 言葉にならない声を上げて泣き叫ぶ私は、まるでさっきの青年の様だ。

 理由は何か分からないが、きっと、青年も同じ様な気持ちだったのだろう。

 そんな感情を爆発させている私の頭に、男の子は手をそっと置くと優しく撫でてくれた。

 私よりも歳が低いだろう男の子の優しさに甘えた私は、男の子に抱きつくとただただ弱音を零す。

 その内容は無意識的なもので何も覚えていないけれど、男の子は何も言わずに聞きながら頭と背中を優しく撫でてくれたのだけは覚えてる。

 泣き疲れた私が涙を右手の人差し指で拭うと、男の子は私に話しかけてきた。


「ねぇ……お姉ちゃん、名前何て言うの?」


「グスン……ソフィア……」


「ソフィア……パパとママに良い名前を貰ったね。僕の名前はルーカス、お兄ちゃんの名前がリアムって言うんだ。それでね。もし良ければ、ソフィアお姉ちゃんも僕達と来ない?独りだと寂しいでしょ?僕だって寂しいもん。だからね……僕達の家族になってよ……」


 私に一緒に来ないかと、家族にならないかと聞いてきた男の子。

 男の子の声は暖かくて優しくて、その目は和やか……まるで、ママのようだ。

 そんな男の子の言葉を聞いて、私は倒れているママの方を見て思い出す。

 ……生きなさい。

 たった一言だけど、それが愛するママからの私への、想いが乗った最期の言葉。

 でも、弱い私のまま生きたくない……。

 そんな弱くて何も出来ないちっぽけな私だけど、この人達と一緒だったら強くなれる気がするの。

 だからね、ママ……私、旅に出るね。

 

「うんっ!!」


 村人全員のお墓を作った私達は、ゴーゴーと燃える小さな村を後にした。


「ママ、行ってきます……幸せになるねっ」


 涙を浮かべながらも、今までの人生の中で一番の笑顔で私は微笑む……ママに心配を掛けたくなかったから。


◆◆◆


 こうして、当時十五歳だった勇者の青年リアムと、当時八歳だった男の子ルーカス……そして、後の未来で「不老不死」と「火」を象徴する「不死鳥」の名を冠した歴代最強の賢者となる、当時十二歳だった私ソフィアは出逢ったのだ。

 

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ボク達が紡いだ未来での物語 初心なグミ@最強カップル連載中 @TasogaretaGumi

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