小学校の夏休みの宿題

藤泉都理

小学校の夏休みの宿題




 むっふん。

 小学三年生の千絵ちえは腕を組んで、教室の壁にかけられた絵を鼻の穴を大きくして見上げていた。

 教室の後方の壁や棚の上に飾られているのは夏休みの自由工作であり、千絵は爪くらいの大きさの貝殻を何個も使って、人魚を青色の画用紙に形作ったのだ。

 貝殻は海に行った記念に拾ったもの、ではなく、大学生の従姉から旅行のお土産にもらったものである。

 夏休みに千絵の家族は旅行はおろか、どこにも遊びに行かなかった。

 連日三十五度以上の猛暑の中、遊びに行こうというガッツのある人が一人もいなかったのだ。

 なので、クーラーが効いた部屋で、テレビゲームをしたり、トランプをしたり、将棋をしたり、オセロをしたり、お風呂場で水遊びをしたりして過ごしたのである。


「へへん。俺のこれを見てみろよ」


 クラスメイトの耕平こうへいが千絵に片手に持って見せてきたのは、蒲鉾の板で作られた箱だった。いや、色も塗られていなければ、飾りつけも何もされていない、手抜き貯金箱である。


「ちっちっちっ。よく見ろよ。文字が彫られているだろ。彫刻刀でがんばって彫ったんだぜ」


 無言で、とても呆れた顔で、千絵が耕平を見つめていると、耕平は指を振って貯金箱の上面を指した。

 そこには、耕平の言うように、文字が彫られていた。

 けれど、千絵には読めなかったので、なんて書いてあるのかを尋ねた。


「ふふ~ん。ここにはなあ。一日一回小銭を入れないと、罰として魂が抜かれるって書いてあるんだ。こうでもしないと、小銭を入れないからな。決意表明ってやつだ。今年こそは、この貯金箱をちゃんと貯金箱として利用してやるんだ」


 むっふん。

 耕平は鼻が痛くなるくらい鼻の穴を大きくした。

 一方、鼻の穴を元の大きさに戻した千絵は止めなよと真顔で言った。


「言霊って知ってる?言った事が本当になるって事だよ。耕平。本当に一日一回小銭を入れられるの?入れられなかったら、本当に魂を抜き取られるかもしれないんだよ。私、耕平に会えなくなるの。嫌だよ」

「え?いや。そんな。こ。そんな顔をして怖がらせようとしたって無駄だぞ。へ。っへん。おまえ。将来はお化け屋敷で働くの決定な!やーいやーい。お化け屋敷!今日からおまえのあだ名はお化け屋敷だ」

「クラスメイトにあだ名をつけたら先生に怒られるよ」

「へへ~ん。先生が怖くて小学校に通えるかってんだ。やあーいやあい。お化け屋敷」

「っふ。好きにしなさい。今はゆるしてあげる。私は会心の人魚ができて、ご満悦だから」


 千絵は後頭部の短い髪の毛を華麗にはらうと、また、自分が作った人魚へと身体を向けて、よくできたと鼻の穴を大きくしたのであった。


「ふ。っふん。あ~あ。俺あ。ちょっくら。トイレに行ってこよーっと」


 耕平は貯金箱を持ったまま、教室から出て行った。











「………なんか、変わっているような、いないような」


 掃除時間の事である。

 千絵が棚にゴミが落ちていないかを確認している時に、耕平の貯金箱を見たのだが、昼休みに見せてもらった時と文字が違うような気がしたが、勘違いかもしれないし、変わっていたとしても、読めなかった。


「………私の言った事を信じて、六年生のお姉さんのところに駆け込んで、サンドペーパーで元の文字を削って、彫刻刀で彫り直した。とか?」


 千絵は椅子を机に乗せている耕平をちらっと見ては、不敵な笑みを浮かべて言った。




 人魚の情けだ、問わずにおいておいてやろう。













(2024.9.5)



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小学校の夏休みの宿題 藤泉都理 @fujitori

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