第38話 大好きです

「どうです、飛龍様。今日の私、可愛いですか?」


 飛龍の前でくるっと一回転してみせる。今日は朝から時間をかけて着飾ったのだ。そのせいで、朝餉は食べていない。


「翠蘭様が、私のために選んでくださったんですよ」


 鮮やかな萌黄色の袍は、翠蘭のおさがりだ。普通の侍女なら一生着られないような上等品である。


「ああ。そうだな。よく似合っている」

「似合っているかどうかじゃなくて、可愛いかどうかを聞いてるんですけど」


 わざとらしく唇を尖らせてみると、可愛いぞ、と飛龍は笑いながら言ってくれた。嬉しいけれど、やはりまだ、妹扱いされているような気もする。


 今日は、佩芳と翠蘭の結婚式だ。皇帝が無事に回復したこともあって、正式に二人が結婚することになった。

 そして来月には、佩芳が即位する。


「俺の服はどうだ?」


 笑いながら、飛龍が身をかがめて顔を覗き込んできた。服は、と言っているわりに、顔しか見せるつもりがないのだろうか。


「よくお似合いですよ。格好いいです」

「そうか。それはよかった」


 満足そうに笑った飛龍が、小鈴の腕を引く。今から結婚式に向かうというのに、飛龍の態度は相変わらずだ。


 私とこんな風に親しくしていたら、嫉妬する令嬢たちはいっぱいいるんだろうな。


 今日は佩芳たちの結婚式なだけあって、多くの貴族たちが集まっている。中には佩芳の後宮入りを狙っている娘も、飛龍の妻の座を狙っている娘もたくさんいるだろう。


「どうかしたのか?」

「いえ。その……なんでもないです」


 ぎゅ、と手を握り返す。

 仲の良さを存分に周りへ見せつけてやろう。





 無事に式が終わり、そのまま盛大な宴が始まった。大勢の客たちに囲まれ、佩芳と翠蘭は忙しそうだ。

 二人とも、揃いの真っ赤な袍がよく似合っている。


「本当におめでたいですね、飛龍様」

「ああ。本当にな」


 今日のために、翠蘭はいつも以上に美容に気を遣っていた。ただでさえ痩せているのに、やたらと食事を抜こうとしたり、倒れそうになるまで運動をしようとしたり。

 小鈴たち侍女は、かなり心配もしたものだ。


 絶対、寵愛は譲らないって、翠蘭様はかなり気合が入っていたな。


 佩芳が正式に即位すれば、後宮にも多くの妃たちがやってくる。当たり前のこととはいえ、翠蘭としては穏やかではないようだ。


 私だって、もし飛龍様が複数の妻を持つことになったら、やっぱり嫌だもん。


「どうした、小鈴。そんなにじろじろ見て。俺の顔になにかついていたか?」

「い、いえ」

「なら、俺に見惚れたか?」


 ははっ、と飛龍は上機嫌に笑った。佩芳と仲直りしてからというもの、どんどん昔の飛龍に戻っていっている。

 嬉しい反面、どきどきし過ぎて、心臓が持たない。


「……飛龍様は、狡いです」

「狡い?」

「私ばかりどきどきさせて、不公平ですよ」


 まったく、と溜息を吐いてみせると、飛龍はまた笑った。そして、小鈴の手を軽く引く。


「悪かった。謝罪をしてやるから、ちょっとこい」

「え? 別に、謝罪ならここでも……」

「いいから」


 半ば強引に連れていかれたのは、宴の会場から少し離れた茂みだった。近くには池がある。


「ここは、よく逢瀬に使われる場所だ」

「逢瀬……!?」


 いきなりの単語に驚いていると、また飛龍が笑う。


「飛龍様。からかわないでくさい」

「からかってなどいないぞ、小鈴」


 飛龍は微笑むと、小鈴の顎を人差し指で軽く持ち上げた。そして、唇の端だけを上げて艶っぽく笑う。


「謝罪代わりに、いいものをやろう」

「……いいもの?」


 なんですか、と聞くことはできなかった。唇で、口を塞がれてしまったからだ。

 触れるだけの口づけでも、小鈴にとっては正真正銘の初めての口づけである。


「ふ、飛龍様……っ!?」

「顔が真っ赤だぞ、小鈴」

「真っ赤になるようなことをしたのはどなたですか!?」

「俺だな」


 悪びれもせずに言って、飛龍は小鈴の頭を優しく撫でた。髪の毛が乱れないように、という配慮が嬉しいような、その余裕が悔しいような。


「……なんでいきなり、こんな……」

「嫌か?」

「狡いですよ、それを聞くのは!」


 頭の中が混乱しているし、なんだか、全身が熱い。こんなことは初めてだ。


 飛龍様も、私のことが好きなの?


「小鈴。これから、よろしく頼むぞ」

「え?」

「兄上を支えて、俺は人も妖も半妖も、全員が暮らしやすい国を作る。そのためには、小鈴の力が必要だ」


 昔と同じ表情に、鼓動が速くなる。それに今度は、待っていろ、なんて言われなかった。


「はい。飛龍様のためなら、なんでもします。小鈴は今も、飛龍様のことが大好きですから」

「そんなこと、もうとっくに知っているぞ」


 小鈴の目を見て、飛龍が柔らかく笑う。そしてもう一度、優しい口づけをくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

お転婆狐の後宮勤め〜半妖少女は囚われの皇子を救い出す~ 八星 こはく @kohaku__08

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画