第38話 大好きです
「どうです、飛龍様。今日の私、可愛いですか?」
飛龍の前でくるっと一回転してみせる。今日は朝から時間をかけて着飾ったのだ。そのせいで、朝餉は食べていない。
「翠蘭様が、私のために選んでくださったんですよ」
鮮やかな萌黄色の袍は、翠蘭のおさがりだ。普通の侍女なら一生着られないような上等品である。
「ああ。そうだな。よく似合っている」
「似合っているかどうかじゃなくて、可愛いかどうかを聞いてるんですけど」
わざとらしく唇を尖らせてみると、可愛いぞ、と飛龍は笑いながら言ってくれた。嬉しいけれど、やはりまだ、妹扱いされているような気もする。
今日は、佩芳と翠蘭の結婚式だ。皇帝が無事に回復したこともあって、正式に二人が結婚することになった。
そして来月には、佩芳が即位する。
「俺の服はどうだ?」
笑いながら、飛龍が身をかがめて顔を覗き込んできた。服は、と言っているわりに、顔しか見せるつもりがないのだろうか。
「よくお似合いですよ。格好いいです」
「そうか。それはよかった」
満足そうに笑った飛龍が、小鈴の腕を引く。今から結婚式に向かうというのに、飛龍の態度は相変わらずだ。
私とこんな風に親しくしていたら、嫉妬する令嬢たちはいっぱいいるんだろうな。
今日は佩芳たちの結婚式なだけあって、多くの貴族たちが集まっている。中には佩芳の後宮入りを狙っている娘も、飛龍の妻の座を狙っている娘もたくさんいるだろう。
「どうかしたのか?」
「いえ。その……なんでもないです」
ぎゅ、と手を握り返す。
仲の良さを存分に周りへ見せつけてやろう。
◆
無事に式が終わり、そのまま盛大な宴が始まった。大勢の客たちに囲まれ、佩芳と翠蘭は忙しそうだ。
二人とも、揃いの真っ赤な袍がよく似合っている。
「本当におめでたいですね、飛龍様」
「ああ。本当にな」
今日のために、翠蘭はいつも以上に美容に気を遣っていた。ただでさえ痩せているのに、やたらと食事を抜こうとしたり、倒れそうになるまで運動をしようとしたり。
小鈴たち侍女は、かなり心配もしたものだ。
絶対、寵愛は譲らないって、翠蘭様はかなり気合が入っていたな。
佩芳が正式に即位すれば、後宮にも多くの妃たちがやってくる。当たり前のこととはいえ、翠蘭としては穏やかではないようだ。
私だって、もし飛龍様が複数の妻を持つことになったら、やっぱり嫌だもん。
「どうした、小鈴。そんなにじろじろ見て。俺の顔になにかついていたか?」
「い、いえ」
「なら、俺に見惚れたか?」
ははっ、と飛龍は上機嫌に笑った。佩芳と仲直りしてからというもの、どんどん昔の飛龍に戻っていっている。
嬉しい反面、どきどきし過ぎて、心臓が持たない。
「……飛龍様は、狡いです」
「狡い?」
「私ばかりどきどきさせて、不公平ですよ」
まったく、と溜息を吐いてみせると、飛龍はまた笑った。そして、小鈴の手を軽く引く。
「悪かった。謝罪をしてやるから、ちょっとこい」
「え? 別に、謝罪ならここでも……」
「いいから」
半ば強引に連れていかれたのは、宴の会場から少し離れた茂みだった。近くには池がある。
「ここは、よく逢瀬に使われる場所だ」
「逢瀬……!?」
いきなりの単語に驚いていると、また飛龍が笑う。
「飛龍様。からかわないでくさい」
「からかってなどいないぞ、小鈴」
飛龍は微笑むと、小鈴の顎を人差し指で軽く持ち上げた。そして、唇の端だけを上げて艶っぽく笑う。
「謝罪代わりに、いいものをやろう」
「……いいもの?」
なんですか、と聞くことはできなかった。唇で、口を塞がれてしまったからだ。
触れるだけの口づけでも、小鈴にとっては正真正銘の初めての口づけである。
「ふ、飛龍様……っ!?」
「顔が真っ赤だぞ、小鈴」
「真っ赤になるようなことをしたのはどなたですか!?」
「俺だな」
悪びれもせずに言って、飛龍は小鈴の頭を優しく撫でた。髪の毛が乱れないように、という配慮が嬉しいような、その余裕が悔しいような。
「……なんでいきなり、こんな……」
「嫌か?」
「狡いですよ、それを聞くのは!」
頭の中が混乱しているし、なんだか、全身が熱い。こんなことは初めてだ。
飛龍様も、私のことが好きなの?
「小鈴。これから、よろしく頼むぞ」
「え?」
「兄上を支えて、俺は人も妖も半妖も、全員が暮らしやすい国を作る。そのためには、小鈴の力が必要だ」
昔と同じ表情に、鼓動が速くなる。それに今度は、待っていろ、なんて言われなかった。
「はい。飛龍様のためなら、なんでもします。小鈴は今も、飛龍様のことが大好きですから」
「そんなこと、もうとっくに知っているぞ」
小鈴の目を見て、飛龍が柔らかく笑う。そしてもう一度、優しい口づけをくれた。
お転婆狐の後宮勤め〜半妖少女は囚われの皇子を救い出す~ 八星 こはく @kohaku__08
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