電車内にて

 高校入学式当日の朝。

 ドル箱とも言われるこの電車のラッシュ時の椅子取りゲームで勝つことが出来たのは非常に幸先がいいというか、運がいいというのかである。


 高校の最寄り駅までの数十分、駅のコンビニで買ったコーヒーでも啜りつつ優雅な時を過ごすこととしよう。


 俺が、「ああ、今日もいい朝だ」と(実際に呟いたら変なやつなので、心中で抑えるが)コーヒーに一口つけた時である。俺の優雅な空間が邪魔されたのは。


「ちょっと、君、優先座席なんだから必要としている人に譲ったらどうかな?」


 そこそこの声量。微妙に気になる程度の音量。


 声の主を探すと車両の端、優先座席の前に高校生が一人。制服を見るに、俺と同じ学校の生徒らしく、何ていうんだろう。クラス委員長なんかをやってて、「みんなで一緒に頑張ろう」を信条にしていて、勉強もできて、誰にでも笑顔を振り撒くモテ男。そうだ、サッカー部なんかをやっていたら完璧である。

 自分は格好いい、誰からも愛される、自分は間違っていない、みんな自分に従ってくれる、そんなことを信じて止まないチャラ男。


 大体、こんな場面で同じ学校の生徒といえども、注意しようとする奴なんて大抵そんな奴に集約される。これは偏見ではなく、確かな経験に基づく予想である。

 ハッ、それを偏見というのか。


 まぁ、それはともかく。問題は、注意された方の生徒である。まるで、チャラ男、優男なんでもいいが、ともかくクラス委員風の男子生徒に耳を貸す様子がない。別に耳にイヤホンが、という訳もないのだが、自分に喋られていると思っていないのか、それともいないものと扱っているのか。


「ちょっと、君、少しは人の話を聞いたらどうかな?」


 どうかな、とは言いながら明らかに「聞け」と言っている。それが、軽く優先座席に居座る男子生徒の体を押す様子にも表れている。


「あ〜あ、私の服が汚れてしまった」


 注意されている方の生徒、髪をワックスでオールバックにガチガチに固めている、到底高校生には思えない容姿の生徒は、そう呟くと、徐にカバンの中から『強力除菌!99.99%除菌!』とデカデカと書かれた除菌シートを出して委員風の男が触れた箇所を丁寧に拭いた。


 !?


 そう拭いたのである。その剛健そうな肉体からは到底想像出来ない様子で手を丁寧に動かして拭いたのである。

 一通り拭き終わると納得した、というように再び本を開いて読み出した。

 国内で1、2を争う書店のブックカバーがついているので、中の本が何かは想像つかないが、ラノベでも読んでいるのであれば、なかなかに笑える。


 オールバック君は納得したのかもしれないが、クラス委員風男子にしたらたまったもんじゃない。青筋をピクつかせるも、一見穏やかな顔をしているのは大したものである。


「君は、」

「君がなんと言おうと私は席を譲る気はないよ? 君はどうやら優先座席に優先的に座る権利を有する人をと表現したが、必要とする人はどういう条件で判別する? 仮に、ここの通り、高齢者、妊婦、怪我人etcを必要とする人とするなら、私はどうして必要としない人に含まれたのかな? 逆に君が誰のことを必要とする人としたのかは知らないし、全く興味も示さないが、その人の意見は聞いたのかな? もしかしたら、リハビリ等のために敢えて座らずに立っていたのかもしれない。もしかすると、座るのが逆に面倒なのかもしれない。

 その証拠として挙げるのはなんだが、怪我人とみられる彼。ああ、悪いね。ここの彼がどうしても私に突っかかってくるようだから。話し合いに必要なんだ。

 それはそうと、彼は私がこの電車に乗る前から乗っていたようだが、彼はねぇ、その時立っていたよ。そう、まさにその場所に。もしかしたら、私がこの電車に乗る、いや違う。この席のことを気にかける0コンマ数秒前までは人が座っていて、そうだな、君の言うが座っていて、彼が座れなかったのかもしれないが、何にしろ、私がこの席を見た時は空席だったんだよ。それなのに、彼はこの席に座ろうともしなかったし、気にかけている様子もなかった。

 まぁ、これは私から見てそうだ、ということだから、もしかすると彼は私が乗る前までは彼よりもこの席を必要としている人のために譲っており、その人が降りると座ろうと思っていたのかもしれないから私のこの話を正論化するつもりはないが、ただ、君はこれに対する反論を考えて、いや、これくらいは考えて私に上から目線で『席を譲れ』などと言ったんだよね? これくらいは訊かせてくれ。尤も、こんな話をどうしてわざわざ私にさせたのか甚だ疑問でしかないが、それを訊かないぐらいの良心は私にもあるからねぇ」


 委員風の男子が何か言い出そうとするのに被せるようにして、放たれたえげつない量の文言。思わず笑ってしまったよ、オールバック君。


「浪川淵ぃ、浪川淵ぃ」


 変に間延びした車掌のアナウンスが聞こえる。

 

「……っ!」


 声にもならないような声をあげて、委員風の男子が降りる。それにつられるようにして、怪我人も。

 委員風の男はおそらく居づらくなったのだろうが、怪我人は元々降りる予定だったのか。


 そんな人に目もくれず、オールバック君は

 

「いやぁ、静かになったねぇ。どうも騒がしくしてすまなかったねぇ」


 などと、全く詫びた様子のない声で言っている。


 世間一般から見れば、変わり者だが、あの制服を着ていると、変な納得もいくものだ。


 桜嶺学園。


 ここから先に見える海岸一帯と埋め立て地帯は、桜小路家という一家が土地を占有し、その土地のほとんどを桜嶺学園が占めている。


 大ぴらけに宣伝をしている割には、いまいち実態の分からない学校。


 そんな学校の生徒だから、オールバック君のような生徒がいようと不思議には思わない。

 

 なかなかに楽しそうなアオハルをおくれそうである。


 あっ、後で除菌シート買っとこ。

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