第17話 小さな茶会
ガブの案内で、数分で僕達はリビングに戻ることができた。すぐにシャルロッテが余っていたクッキーをガブに貢いだ。
「ガブはなんで喋れるの?」
僕はソファに座って、机の上でクッキーを貪るガブに訊いた。
「む…そういえば、貴様は外の世界から来たんだったな。わかった。説明してやろう」
ガブはにやりと笑って、僕の方を向いて偉そうに腕を組んだ。二本足で立っている。
「俺は、バレア様に作られた生物だ。故に、いかなる生物よりも存在として優れている。だから、喋れるのだ。どうだ?わかったか?」
「なるほど…」
僕は頷いた。
「つまり、魔術でどうにかしている、ということだね」
「まぁ、そういうことだ人間。貴様には、わからないだろうがな」
ガブは楽しそうに笑うと、咳き込んだ。
クッキーが喉に詰まったのだろう。少し長い。
「ガブ。紅茶をどうぞ」シャルロッテが紅茶を注いだカップをガブの前に置いた。
「う、うむ。すまないな」
ガブは紅茶をペロペロと飲む。
それで喉が潤うのか疑問だったが、本人は問題ないようだった。
「バレア様は、この惑星を管理するリーダーの一人です」シャルロッテが紅茶を飲みながら説明を始めた。「あの道は、他四名の管理者達の空間につながっています。これは、ルラ様の案で、三名の反対にあいましたが、押し通した形です。反対したうちの一人が、バレア様で、彼女はルラ様を恐れて入るのです」
「む…それは違うな」ガブがキリッとした動作でシャルロッテを見た。「バレア様は忙しいのだ。だが、お優しいお方だから、お前たちが心配でこうして我を作って派遣しているのだ。感謝しろ」
「ありがとうございます。ガブ。クッキーのおかわりは入りますか?」
「む、うむ。もらおうぞ」
ガブは腕を組んで偉そうに頷いた。
シャルロッテが微笑みながら、空いたお皿とポットを台車に乗せた。そのまま、部屋から出ていく。
「バレア様はどんな研究をしているの?」
僕は興味本位で訪ねた。
「ふむ。なかなかいい着眼点だ人間!バレア様は、魔導生物を専攻しておられる。よく他宇宙の学会に呼ばれたりするほどの知恵ある御方なのだが、何分他者の意見などバレア様は必要としないのでな、なかなか愚民どもにその慈悲深い優しさが伝わらないのだ。そう、バレア様のお陰で魔導生物学はとてつもない発展をした。この事実を俺は今紀伝としてまとめている最中なのだが…どうだ。人間もそこまで興味があるというのなら、我が紀伝を見せてやってもいいのだぞ?」
顔が近かった。
「それじゃあ、お願いしようかな」
「うむ。気に入った。では、クッキーを食べてから持ってくるとしよう。それまで帰るではないぞ?」
「わかったよ。帰らない」
「うむ。よかろう」
扉が開いた音に続き、台車のタイヤの音がする。シャルロッテが来たと振り向くと、リクアドが居た。台車を挟んだ後ろに、シャルロッテが台車からポットとクッキーを持って机に置く。
リクアドは随分ラフな服装をしていた。
「ガブ、どうしてここにいるんだい?」リクアドが低い声で問うた。
「リクアド。バレア様が悲しんでいる。もう少し、順応になったらどうだ?」
ガブの声質が変わった。
「いや。僕は生まれながら自由な存在だ。バレア様に従う義理はないよ。そもそも、僕の今の主はルラ様だ。君たちがどうこう言うのはお門違いというものだ」
リクアドは僕を見た。
「ルラ様はまだみたいですね」彼は僕に優しく声をかけた。
「あ…はい。帰ってきたのは僕達だけです。どこか行かれるのですか?」
「君の世界に行こうと思ってね。それで、少し思いついたのだけど外の世界を案内してくれないかな?僕もまだ、外の世界の常識に慣れたとは言えないからね。そのへんも教えてほしいんだ」
僕は少し迷った。
案内、ということだろう。彼を制御できる自信がない。
「わかりました。それは僕が帰ってからでもいいですか?」
「もちろん、それで構わない。シャルロッテ。賢治様を頼んだよ」
「はい。お兄様」
カップを片手に、シャルロッテは微笑んで答えた。
リクアドはリビングから出ていった。
「全く。あいつはいけ好かない」ガブがクッキーを貪りながら愚痴る。
「リクアドさんとバレア様はどういう関係なの?」
「む…主従関係だ」ガブは僕を見る。
「兄と私は、バレア様に作られたのです」シャルロッテが言った。「兄は、自由意志を重んじており、創造主というものを嫌っています。ですから、バレア様と不仲なのです」
「そう…実に不快な勘違いだ。創造主たるバレア様を嫌うとは、まさに愚劣なやつだ」
「そして、ガブとも不仲です」シャルロッテは微笑みながら追加した。
「そうなんだ…」
僕は小さく頷いた。
「それより、気になったんだけど僕ってどうやって帰るの?」
「それは、外に入口があるので、そこから出入りができます。行きは、賢治くんが意識を失ってしまったので、寅次郎様がここまで運んでくださいました」
「外って、建物の外?」
「はい。建物の外です。広い庭があり、それらは高い塀で囲われています。南と北に門が一つづつあり、北がワープ用です。南は、そのまま外部へと地続きになっています」
「なるほど…出る場所は社何だよね?別の場所に出るとかはない?そう、何か、キーが必要とかはないの?」
「ご安心ください。キーは後ほどお渡しします。渡すキーは、こちらと社を繋ぐよう設定をする機能があります。キーを使わなければ、ワープ自体ができません」
「わかった。ありがとう」
ガブがクッキーのすべてを食べ終わり、一人通路に入っていった。リビングには僕とシャルロッテだけが残った。僕らはソファに座り、紅茶を飲んでいる。
「ルラさん、何をしてるのかな?」
僕は独り言を呟いた。
「きっと、何か壮大なことをしているのでしょう。私には、理解できかねます」
「えっと、不老不死の研究って言ってたと思うけど?」
「ええ。そうです。それが、私には理解できないのです」
「どうして?」
「単純に考えたくないだけですよ」
シャルロッテは微笑んだ。
僕は彼女のことがわかってきたような気がした。彼女は、感情があるし、判断もちゃんと自分で行っている。けど、照れるとか、恥じるとか、笑うとか、そういった直接的な感情表現はしないのだろう。感情は表に出ているのだけど、それはすべて微笑むという表現に変わってしまうのだ。
そこが、妙に機械っぽかった。いや、魔導生物だったか…。
「僕は、考えてみたいかな…」
「おや、なかなかいい感じに仲良くなってくれてるじゃないか」
急に後ろから声がした。
ルラさんの声だ。
僕は急いで振り向く。
服装が変わっていた。
ブカブカの紺色のパーカーに、白のショートパンツ。赤く長い髪が後ろで一本になり、だらりと揺れている。
一瞬、誰かわからなかった。
「あの、いつからそこに居たんですか?」
「なに、ついさっき来たばかりだよ。それより、やっぱり君は不老不死に興味自体はあるようだね。これは、将来が楽しみだな…」
ルラさんはイヒヒヒと魔女のように笑って、僕の肩をポンポンと叩いた。
「ルラ様。私達はここに来る途中、ガブに会いました。彼にバレア様をこちらへお呼びになるよう伝えたのですが、断られてしまいました」
シャルロッテが報告する。
「そう。まぁ、あの娘はそうだろうね。ものすごい厄介な人格をしているんだよ。捻くれ方が尋常じゃない。今後、こちらから直接手を打ってみようかな」
「あまり嫌がらせはしませんようお願いします」
「大丈夫。彼女にとって、外部との接触自体嫌がらせのようなものだからね。誰が何しようと、彼女にとっては有害だ。だが、それがいい。私が無害だと彼女が知れば、彼女が私に依存すること間違いなしなのだから!」
ルラさんは楽しそうに笑った。
僕は苦笑いをしながら、カップに口をつける。
ルラさんがどこから出てきたのかを考えた。
扉が開く音も、足音もしなかった。
まるで、瞬間移動でもしてきたみたいだ…。
魔術だろうか?
不老不死が可能であるのなら、瞬間移動も可能か…。
本当、何でもありな世界だな…。
っと、僕は思い出した。
「あの、ルラさん。煮込みの方は大丈夫なんですか?」
「え?煮込み…?」
それから彼女は数秒間黙ってしまった。
「あ、ああ、料理のことだ。そうだ。煮込みといえば料理だ…って、そっか、台所に放置しっぱなしだ。でもまぁ、煮込みだしね。うん。大丈夫だ」
「先ほど確認しましたが、十分だと思い火を止めて来ました。よろしかったでしょうか?」
「ああ。やるね。全然OK。ところで、ルー入れてくれた?」
「いえ。それは、ルラ様が行うかと思い、入れていません」
「む…そうか。わかった。入れてこよう。パンはあったよね?」
ルラさんが扉の方を向きながら問いかける。
「はい」
「わかった。些事はすぐに終わらせるとしよう。みんなを呼んできてくれ!」
ルラさんは最終決戦に一人で挑む英雄のように、片手を僕らに降りながら扉を開けた。
時刻は十五時二十五分。昼食には遅く、されど夕食という時間でもない。
案内されたダイニングは縦長の漆黒のテーブルが用意されていた。十五人くらいは座れそうだった。
シャルロッテは居ない。彼女は人を呼ぶため家内を歩き回っている。
ルラさんが一番端の一人席に座っていた。
僕は、ルラさんのすぐ横に腰掛けている。
「あの、今日はありがとうございます。シチューもごちそうになって」
まだ食べていないが、それでも僕は彼女にお礼を言いたかった。
「まぁ、嬉しいことを言ってくれるね。ありがとう。そう言えば、家庭の方はどう?落ち着いてる?」
「あ…えっと、大丈夫です。おじいちゃんから何か聞いてませんか?」
「聞いてないね。君が寅次郎の家に住むことになった、ということくらいかな?」
「それだけですか…今のところ、問題はありません。解決に向かってます…というか、僕自身もうめんどくさくなって考えるのをやめてるんです」
僕はカップを手に取って、口につけた。
紅茶じゃなかった。
なんだろう…甘い飲み物だ。
「まぁ、それがいいだろうね。ここ、楽しいだろ?」
「え?…まぁ、はい。興味深いです」
「うん。子供はそれでいい。興味があることを思う存分楽しむのが子供の役目だ。それが、ユニークな大人へと成長する一歩だよ」
「…なんかわかります」
「君は大人じみている。そこが、面白い」
「それ、よく言われます」
「だろうね。それが君の特異性だ。個性というやつだよ」
ルラさんは笑った。
僕もつられて笑みを浮かべる。
彼女は僕に嘘をつかないし、遠慮もしない。
そこがきっと、僕が彼女を苦手にならない理由だろう。
裏がないのだ。少なくとも、そう見せている。
「あの、子供っていつまでが子供ですか?」
「おや、いい質問だね」ルラさんは少し黙った。「そうだね、世間的には二十か十八か、十五とかだろうね。国や地域、伝統的な認識によってはばらばらだけど大まかに言ってしまえば…独り立ちできる精神を持ったとされる年齢だね」
「独り立ち、ですか」
「うん。独り立ちできれば、それは誰かの庇護を必要とはしないということだ。少なくとも、能力的にはそうである、というわけだね。精神年齢というものを無視すれば、きっとその考えはあってるだろうね。でも、精神年齢なんて平和な世界ほど低いものだよ。だから、君がいる、君の国だと、妥当なのは二十四、五歳とかじゃないかな?貧困で生存が厳しい国なら、十二歳でも立派な大人だ。私はそう考えるね。まぁ、これは個人差が大きい問題だけど」
「僕は、もう大人ですか?」
「いや、子供だ。まだね。社会的に子供だから、子供だ。できることが限られている」
「さっきの定義とは違いますね」
「ああ。さっきのは社会性を排除した場合だからね。まぁでも、私は君は大人と子供を両立できると思ってる」
「それはどういう意味ですか?」
「いずれわかるよ。多分、君の性質ならそれが可能だ」
シャルロッテがガブとリクアドを連れてダイニングに入ってきた。ルラさんは二人に軽く声をかけると、キッチンに入っていった。キッチンは隣に接続されていて、こちらから容易に覗けた。シャルロッテはルラさんの手伝いにキッチンへ入った。
「持ってきたはいいが、タイミングが悪いな。今から飯か。くそっ」
僕の隣に座ったガブが愚痴を吐いた。テーブルに一冊の分厚い本が置かれている。それが、バレア様の紀伝らしい。
「ガブ、君はまだいるのか」
ガブの前に座るリクアドがやれやれと問う。
「別に困ることはないだろ。俺の勝手だ」
「ああ、君の勝手だね」
リクアドはため息をついて話を切り上げた。
ガブはそんな彼にふんと鼻を鳴らし、それから僕の前に紀伝を置いた。
「重要な書物故、なくすではないぞ」
「え?」
「一度貸してやる。また来た時にもってこい」
「…ありがとう」
僕は紀伝を見る。紀伝、と書いてる。この業界の文字だ。
シャルロッテが大皿に盛られた白いシチューを僕らのもとに置いた。僕は紀伝をどかし、どこかに置こうとして置くスペースに迷った。
「向こうに置いておきますね」
シャルロッテが近くの戸棚を指して言った。
僕はうなずいた。
ルラさんが所定の席に座って、食事が始まった。
リクアドがルラさんに券の発行を今すぐに頼み、ルラさんがそれに承諾した。
僕たちの秘密基地 一色雅美 @UN77on
ギフトを贈って最初のサポーターになりませんか?
ギフトを贈ると限定コンテンツを閲覧できます。作家の創作活動を支援しましょう。
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。僕たちの秘密基地の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます