第3話 不死者
ルシアは洞窟を進んでいく。
杖の光以外に光はなく、空気も悪い。
朽ちた松明やら折れて使い物にならない剣が時折落ちている、気が遠くなるほどの昔に人がいたのだろう。
尚進んでいくと石板が横たわる穴倉に辿り着いた…
「ここが終着点か?」石板に目をやるが文字の判別はつかない。
続いて穴倉を覗きこむと大きな白骨死体があるだけだ。
「これはハズレか…」ここには死骸以外に何も無いと判断して引き返そうとする…
視界の端、死骸が微かに動いた気がした。
「死に切れていないのか…」
ルシアは計算を始めた、この大柄な死骸が利益になるかどうかを…
ルシアの使う魔術には死霊術もある。
教会派は死者への冒涜として禁術に指定しているが、医学派や学院派はそうではない。
ルシアは学院派なので死霊との契約を行えば死者を眠りから醒ますことができる。
しばらくの思考の後、術式に取り組むことにした。
死霊術において重要なことは
・対象者の思念体が定着していること
・死因の特定
・契約の締結
である。
先ほど微かに死骸が動いたことから思念体はまだ存在している。
死因の特定についても身体を貫通して楔の作用をしている剣が原因であろう。
残るは契約の締結、それは思念体との会話を意味する。
「やぁ、聞こえているかい?」ルシアは死骸に向かって気さくに会話を始める。
「…」死体に口なし、死体自身は喋るはずもない。
「おや、言葉を忘れたかい?では話しやすくしてやろう、これは無償でいいよ」言うや否や呪文を唱えると死骸に杖を向けた。
意思のある者と会話をする魔術。
この魔術を使えば動物や虫、草木でさえ意思のある者であれば饒舌になって会話ができるようになる。
「これで喋りやすくなっただろう?ここには私達しかいない、気軽に話そうじゃないか」ルシアはあくまで明るく振る舞う。
「…グ……ガ…」死骸の口が微かに動く。
「ほらほら頑張れ頑張れ」ルシアは単純に魔術の成功を喜んでいる。
「ダレダ…?」掠れるような声音だがはっきりと聞こえる。
「うん?私はダルムヘルのルシア、学者さ。あんたは?」ルシアは学者であることを強調する。
「ワタシハ…私は?…私は…王国騎士団副長…グラム…だ」まだ拙いが発音がまともになってきた。
「王国?先史時代の戦士か…グラム殿はこのままここで死んでいたいか?それとも何かを成したいか?」先ほどまでの気さくな口調ではなく、真剣そのものといった口調だ。
「私は死んでいたのか…ルシア殿、私には成すべきことが…ある。手を貸してくれまいか?その為なら礼は惜しまぬ。」誠心誠意の懇願である。
「契約成立ね」短く言うと待ってましたと楔と化した剣を引き抜くルシア。
そのまま死骸の頭骨に指先で触れると魔術印を描く。
これは思念体の意思を定着させる魔術だ。
そして杖を構えると呪文の詠唱に入った。
契約の締結をした死者を不死者に変える魔術。
グラムの手が微かに動く。
人差し指を、中指を、親指を…ゆっくりと曲げる。
足を動かす。
地面に手を押し当てて地に伏すことを拒否してみる。
胴が浮く、首を上げてみる。
視界が広がる、音が聞こえる、久々な情報に軽く酔う感覚に襲われる。
「全身が痺れるようだ」
「それはそうだろうよ、今まで死んでいたんだから。」ケラケラと笑うルシア。
「おめでとう、これであなたは不死者だ、私の契約者。」ルシアはカーテシーで敬意を示した。
「よろしく頼む」グラムはまだぎこちない動きで剣を眼前に掲げて同じく敬意を示した。
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