『13歳で結婚する世界に転生してしまったが、前世の倫理観的にエルフと婚活したい』

がっかり亭

第1話 倫理観継続転生

 私は異世界ニアザゲイトに転生した。


 細かい経緯は省くが、亡くなった兄夫妻の代わりに育てていた姪が結婚し、その式の日の真夜中、糸が切れるようにぽっくり逝ってしまった中年独身男性が前世だ。


 死に際し、頭に浮かんだのは「結婚したい」、そして「子どもが欲しい」だった。


 姪を無事送りだせたことは喜ばしいが、結婚が出来ずじまいだったことは心残りだった。


 明日から婚活を始めるか、そう思っていた矢先だけに無念さが残った。


 気づくと、人々が大小さまざまなランタンを持って並ぶ列に、私は並ばされていた。


 何となく、これがあの世なのだろうと思った。

 

 辺りは暗闇でランタンの明かりで照らされる範囲しか見えない。

 前の方を歩いていた人が唐突にいなくなることがあったが、どうやら道が細くなる場所があるようで、足を踏み外したようだった。


 私のランタンは比較的大きいらしく、おかげで足元はよく見えていて、転落の心配はなかった。


 もしかして、善行や悪行の差でランタンの大小が変わり、落ちやすくなる――つまり下は地獄かもしれないと後で思ったが、その時は頭がボーッとして、ただ前に進むことしか考えていなかった。


 いや、無意識に歩いていたと言っていい。

 

 しばらく歩き続けていると、横合いから手を引かれる感触があった。


 驚いたのもつかの間、気づくと異世界に転生していた。


 と言っても、記憶と人格が浮かび上がって来たのは、4、5歳になってからだ。

 脳が成長し、情報を解凍できるようになった、そんな感じだった。


 もとの体の人格を上書きして乗っ取った感じはないが、こればかりは感覚としかいいようがない。


 ともかく、おじさんの記憶と人格をバッチリ持ったちびっこの誕生である。


 その現代日本人――もとは中学校の社会科教員――の眼で、見てきたこの世界の話をしよう。


 私が転生したのは、人類国家の一つ、アルボンチルドという王政国家であり、その中の片田舎・カルポロという村だ。


 海沿いの典型的漁村で人口200人前後だが、どれも大家族なので、戸数は人口ほど多くない。

 イメージとしては地中海のそれが近い。


 また、文明の様子も一般にイメージされる中世ヨーロッパのそれが近いだろう。

 工場の類や、蒸気機関などもなく、第一次産業を中心に社会が回っている。


 さて、前世の記憶が馴染んでからまず気になったのは、この世界に魔法はあるのか、魔族はいるのかということだった。


 魔法は、あるらしい。

 が、一般的な技術ではないという。


 それは予想通りではあった。

 転生みたいなオカルトが起きている以上、魔法はありそうだし、一方で、魔法が広まっている世界なら、こんな中世ヨーロッパみたいな世界にはならないだろう。


 魔法が当たり前の世界では、男女差が出にくくなるはずだ。


 男性が生物学的に筋力に優れる以上、力仕事を担うのは自然だ。

 また、それゆえに男が戦争に駆り出されるのも、どの文明でも共通することだ。


 だが、魔法で炎を放つなど出来るなら、筋力は関係なくなる。


 もちろん、出産・育児を考慮すると、戦争分野において男性にとって代わるほどの規模ということにはならないだろう。

 念のために言えば、あくまでこの仮定における社会構造上そうなるという意味だ。

 私に男性の育児参加を否定する意図はないことを付記しておく。


 だが、なんにせよ魔法が使えるなら、戦争の分野における女性の進出の度合いは、もとの世界の比ではないはずだ。


 転生前の世界で、女性の社会進出が進んだひとつに、世界大戦の影響が挙げられる。


 それまでの戦争では考えられないほど、たくさんの男たちが死んだ。

 戦争に、女性の協力が必要不可欠な時代が来たのだ。


 皮肉なことに、それがいわゆる先進国における、男女平等に向かう流れを生み出した。

 もちろん、要因はそれだけでは決してないし、流れの起点でもないが、大きな転換点であったのは否定できない。


 同様に、魔法によって女性の戦争への進出が進むのなら、中世とは社会構造が変わるはずなのだ。

 少なくとも、どの家も子どもが10人前後という家族構成にはなり得ない。

 

 話が逸れて行ったが、とにかくここは「魔法はあるけど一般的ではない世界」ということだ。

 なんでも、魔法は国家が管理しているらしく詳細は秘密なのだそうだ。


 秘匿されているテクノロジーという扱いだろうか。

 いずれにせよ、片田舎の少年にアクセスできるような情報ではない。


 それから魔族についてだが、いるのかいないのかはわからなかった。

 というのも、迷信と事実を区別する手段が存在しないからだ。


 大人たちは悪魔(魔族)を信じているが、遭遇したことはないという。


 これは、もとの世界の中世でも同じだが、しかし、現代日本で信じている人間はいない。

 科学の発展で、悪魔などいないことが証明されたからだ。


 だが、この世界に、その証明に足る科学文明はない。

 一方で、魔法は実在するのだから、この世界に魔族が居てもおかしくはないのだ。


 こればかりは、実際に自分が遭遇しないとわからないのだろう……。


 さて、こういったことを調べていたのには、興味本位もあるが、理由がある。


 村を出るつもりだからだ。


 私は今年13歳になる。


 この世界では、13歳は成人と見なされる。


 これは、別にもとの世界でも珍しいことではなかった。

 日本だって、大戦前は15歳で嫁ぐくらいは普通だったのだ。

 

 いわゆる先進国において成人年齢を18歳や20歳とするのは、子どもへの人権意識や教育水準の高まり、および社会全体の経済的豊かさの向上と共に、成人年齢が上がって行った結果だ。


 その数字に生物学的根拠があってのものではない。

 子孫を残せる能力を得たかという点だけで言えば、もっと若い年齢に成人の根拠を置くことに不思議はない。


 それは、このアルボンチルドでも同じだった。

 10代前半で結婚するなど珍しくもない。


 つまりこのままでは、すぐに縁談が組まれてしまうのだ。


 だがしかし、だ。


 私は、現代日本の中年男性の人格と記憶を有している。

 しかも、もとは中学の教員なのだ。


 年端も行かぬ少女と結婚しろなどと言われても生理的に無理だ。

 姪を育て切り、また、中学生を教育してきた私に、少女は恋愛対象となろうはずもない。

 

 無理。真面目に。

 現代日本で培った倫理観が、もはや脊髄反射に近い形で拒否感を起こす。

 

 だいいち、私のストライクゾーンは30代の女性なのだ。


 だが、この世界で、30代のお相手を見つけることは不可能だ。

 これは社会構造の問題で、この世界の30代で初婚の人間などいない。


 では寡婦ならどうかとなるところだが、この世界では30代で10代前半の男に手を出そうものなら、村八分にされてしまう。


 私からすれば30代は若々しく魅力的に感じるのだが……。


 しかし、30代で孫が当たり前にいるような世界では、異常な行為とみなされてしまうのだ。

 現代日本で例えるなら、祖母が孫の友人と結婚するようなもので、忌避されるのは理解できなくはない。


 念のため繰り返して言うが、私自身は、30代の女性を素敵だと思っている。

 結婚したくてしたくて仕方がないくらいだ。

 この世界が現状、こういう形だというだけだ。


 だがこれを、現代日本の意識をもとに批判するのは、典型的な進歩史観であり、自分たちが先進国だという驕りに過ぎない。

 その風土に基づく文化を、自分たちの常識で一方的に批判することを、野蛮と言わずとしてなんと言う。


 もちろんこの世界の人間が、自身たちの問題意識とともに、それを変えていくなら、それは尊いことだろう。

 実際、10代前半での出産は母体に負担が大きすぎる。


 また、こうした社会で子だくさんなのは、家庭内の労働力として期待されているからだ。

 児童労働やヤングケアラーは望ましいことではない。


 だが、現実問題として、子どもを労働力としなければ、ちょっとした災害やトラブルで一家まとめて餓死するのがこの時代の社会だ。


 子どもの権利とは、現実的には社会の豊かさによって保障されるものであり、その理念を実現するためには、長い年月が必要となる。


 少なくとも、今の私にどうこう出来る問題ではない。

 食料生産に劇的に寄与するハーバー・ボッシュ法のメカニズムくらいは知っておけばよかったと思いはするが……流石に畑違いすぎた。


 それに劇的に社会を変えようとした人間が、それが善意からだとしても、どれほど凄まじい血を流すことになったかを私は知っている。


 私が専門とする社会――歴史はそれを教えてくれる学問だからだ。

 だから、軽挙には出たくない。


 さて、長々この世界について話してきたが、そろそろおわかりだろう。


 私の婚活は、詰んでいる。


 私が望む、妙齢の女性との結婚。


 この世界の人間社会が、それを許さないのだ。


 だが、希望はある。

 この世界のことを調べていく中で見つけた、たった一つの冴えたやり方。


 人間社会が許さないのなら――エルフと婚活すればいい!!


 自分の中の倫理観を余裕でクリアできる、とってもお姉さんなエルフと、私は結婚してみせる!!

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