「このくらいあれば大丈夫でしょ」

 大体掘り始めて一時間が経った頃だろうか、康さんはそう呟いてスコップから手を放した。ザク、と私が土を掘りかけてやめたのと同時に、彼の放ったスコップが地に落ちる。予想外に大きな音だった。私は掘りかけて柔らかくなってしまった土を踏みつけて、静かにスコップを置く。

「よし、埋めよっか」

 ドアの開く音に振り向けば、康さんが死体を運び出している。慌てて彼に近寄った。頭を持っている彼にならって足首を掴もうとすれば、康さんに「いいよ」なんて断られる。

「でも」

「重いでしょ。土被せるからスコップ持っといて」

「……はい」

 ずるずる引きずられた死体が、彼によって穴の中に投げられる。大きい音がしてぐにゃりと首が歪んだ。声が出そうになる。慌てて口を抑えれば、康さんはまたへへ、と笑った。

「勢いつけすぎたかな」

「……っ」

 思わずその場にしゃがみこんだ私を見て、康さんは「どうしたの」なんて近寄ってくる。首を振った。怖かった。康さんが横に、座り込む。

「大丈夫だよ。すぐに腐って、わかんなくなるから」

「ちが、」

「なにが怖いの? 俺がついてるでしょ」

「ちがう」

「ん?」

「ちがう、あの、わたし」

 ごめんなさい。

 涙とともに出た言葉を聞いて、康さんはまたなんでもなさそうに笑う。

「謝らなくていいよ。俺が好きでやってるんだから」

「っごめんなさい」

「もー、泣かないの」

「ちがう、」

「……あ、ごめん、土着いちゃった」

 康さんが、私の頬をぐいっとなぞる。上を向かされて絡まった視線は随分と甘かった。目が、逸らせない。

「これで俺たちも共犯だよ。ほら、困ったことがあったらなんでも言って」

「あ、あ、こうさん」

「なに?」

 違う、違う、ちがうんです、もう本当に、なにもかもが。

 流れていく涙を康さんは拭う。その手つきはとても優しくて、私はそれが怖かった。なんで、なんで彼は、私なんかを。

「こうさん」

「うん。どうしたの」

「あの、」

「うん」

「……殺しちゃって、ごめんなさい」

 私の言葉に、康さんは目を見開く。しかし、すぐ柔らかに笑って私の痣を撫でた。

 いつかの彼がつけた、永遠に消えない膝の痣だ。

「いいよ、何回でも殺して。俺は気にしてないから」

「……」

「あ、それより今回の説明書。ほら、ちょうどね、今日アプデだったの」

 康さんはポケットを漁り、見慣れた紙束を私に差し出す。震える手でそれを受け取った私は、そのまま彼に抱き寄せられる。

「大丈夫だよ。今回もふたりで片付けようね」

「俺は気にしてないよ。また戻ってこれたから」

でちょうど二十体目かな? ……ふふ、そっちも飽きないね」

「じゃあ、またよろしく」

 康さんは、プログラミングされた顔で綺麗に笑う。

 五年前、確かに殺した彼が私に残したのは、彼そっくりのロボットと、消えることのない痣だった。

 今目の前にいる男と全く変わらない顔をした死体が、穴の底から、ねじ曲がった首で私のことを見ていた。

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