お手製パノプティコン
@kaede_kiduki
これで終わり
「ただいま。……あ、なんだ。殺しちゃったの」
鍵を開けて、靴を脱いで、ふー、っと、ため息を吐いて部屋に入る。そしてリビングに広がる血液を見た彼は、ただそう呟いた。
車が揺れている。車内に流れているのは康さんが好きな洋楽と、彼の小さい鼻歌。後部座席に転がった死体なんてないかのように彼は上機嫌に車を運転している。私はその横でただ浅い呼吸を繰り返すだけだった。たまに彼が、私を見てふふっと笑う。
「落ち着いて。大丈夫だから」
もう山道に入っている車は信号で止まることなどなく、私たちはぐんぐん進んでいく。康さん。名前を呼べば、ん? と声が返ってきた。なんてことない、いつもの返事。
「あ、あの……ごめんなさい」
「なんで謝るの」
康さんはまた笑う。へへ、って子供みたいに無邪気な顔で笑う彼はいつもどおりだった。なんだか、私だけがおかしいみたい。
焦ってたんです。わざとじゃないです。言いたいことは色々あるのに、言葉はなんにも出てこない。流れている曲が終わってまた次の曲に変わった。車は舗装された道を曲がって、石と枝と雑草しかない、がたがたうるさい道に入った。
「揺れるね」
「……はい」
カサカサカサ、と枝が車を掠っていく。康さんは自分の車が傷ついているのに平然としたまま。ただ私の罪の意識が増して、手の震えが強くなる。
「お、ここでいっか」
「……え、あ、」
康さんはそう言うと、車を止めてエンジンを切る。ぷつん、と音楽が消えた。康さんがシートベルトを外して出ていって車には私ひとり。ドアの向こうの康さんが、そのまま歩いて後部座席を開ける。
「なにしてんの。埋めるよ」
彼はまた笑った。私は震える手でシートベルトに触れて、はい、と返すことしかできなかった。
土を掘る。感覚を思い出す。土を掘る。二人とも、無言で作業をしていた。私は泣きそうになりながら、康さんは汗を拭いながら。
スコップを握る感覚が人を殺すときと似ていた。いつ買ったかも分からないような灰皿で思いきり殴ったとき。寝込みを襲って腹を刺したとき。突き落としたとき溺れさせたときずっとずっと味方だと思わせてその最後一瞬の隙をついたとき。そんなときと、ひどく似ている。
「結構大変だね」
「……」
「はは、そんな顔しないでよ」
康さんは汚れた手で頬の汗を拭う。だから、その綺麗な顔に茶色い土の汚れが着いてしまった。康さん汚いの嫌いなのにいいのかな、あ、でも、付き合わせてるの私だからな。そんな思考が一瞬で頭をよぎって消えていく。ま、いっか、あとで言えば。そう気にしないことにして、私も作業を再開した。
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