第4話
アプロス「動きましたね、魔海軍。率いるのは魔軍のナンバー2、曹国舅ですか」
美と愛の女神アプロスは瞑目し、秀麗な眉根を寄せる。水と癒しの女神でもある彼女に自身の戦闘力は殆ど期待できないが、アプロスには女神最強の武器があった。
アプロス「ここで曹国舅を打ち果たせば魔軍の士気は激減、我らは勝利に近づく……エフネ、“スキーズブラズニル”は行ける?」
そう声をかけたのは女神の腹心たる御前天使ではなく、普通の天使でもなかった。鮮やかな緑の短髪、快活そうに外にはねた髪を持つ海賊装束の少女は耳がとがっており、エルフであることが知れる。創世の女神ニンマハも緑髪と尖った耳を持つが、エフネと呼ばれたこの少女との血縁的関連性はない。
ともかく、エフネはアプロスを振り返り、高く澄んだ声で応答する。
エフネ「動力炉よし、車輪よし、砲門よし! 計器類すべてオールグリーン、いつでもいけます、アプロスさま!」
アナ「騎士団も動けます! 戦力は十分!」
アナの隣で、白銀の鎧をまとった長い赤毛の騎士が叫び、その後ろに居並ぶ騎士たちが一斉に抜剣、剣礼をとる。この騎士アナもやはり天の眷属ではなく、人間であった。トゥルクティアという世界において有徳の者はひとから天使にのぼる。エフネとアナはアプロスが見出した天使候補であった。
アプロス「それでは行きましょう、スキーズブラズニル、発進! 女神最強の機動戦艦の威力、魔軍に見せつけます!」
アプロスの号令一下、エフネが推進器を踏み込む。
エフネ「行きます! スキーズブラズニル、全速前進!」
◆
天界での戦闘が激化していく中、人間界地上、北方、雪深き国イグドラ。
運命と若さの女神イズンは神力で形成された力強くも優美な翼をはためかせ、イグドラの空を翔けていた。ニンマハからイズンが任されるイグドラ国の王都に、昨今なにやら怪しげな、ありていに言うなら邪教の神殿が建立されたという噂を放置もできず、イズンは天界の招集を前にまず邪神の偵察を敢行する。
イズン「邪教の神殿ということですが……、天界を優先するべきだったでしょうか・……?」
なかなか標的に巡り合わないイズンは焦燥につぶやくが、そのとき、甲高い男の声が耳を劈く。馬のような魔物が人間の少年を襲っていた。
?「ひ、ひいぃーっ!?」
イズン「魔獣に襲われる人間……、看過することはできませんね! たあぁ!」
イズンは腰に差した剣を抜く。青白く凍気を発する刃は氷刃イルルヤンカシュ、トゥルクティア以前の宇宙における氷海の竜神の力が結晶化したものであり、イズンの第二の神器である。
イズン「そこの魔物、人間を襲うのをやめなさい!」
魔獣「Guuuuuuuuuuuuuuuuuuuuuufuuuuuuuuuuuuu!」
イズン「聞き分けませんか、ならば、せぁ!」
イズンは裂帛の気合とともにイルルヤンカシュを振るう。しかし多足の妖馬には刃が通らず、凍気も効いていない。イズン第一の神器“運命の環”の力で「敵はイルルヤンカシュの威力に倒れる」という運命を定義したはずなのに、それが効かない。
イズン「っ!? きいて、いない? そんな、女神の力が、野良魔物程度に……?」
魔獣「UUUUUUUUUUGAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
イズン「ぁぐ、あっあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!?」
イズンの「天命操作」が効かない相手。かろうじて態勢を整えるイズンの前で、魔獣は人間を襲い、前足で少年の頭を断ち割る。イズンは全力を傾ければ彼を庇って割って入ることができたはずだが、その余裕はないと判断し少年を見捨てた。
イズン「人を見捨ててまで体勢を整のえたのです、これで負けるわけにはいかない! 運命操作! 万物に等しき死の定めを!」
一閃。イルルヤンカシュから放たれた神力は妖馬を薙ぎ、しかしとどめを刺すことはできず逃げ去るのを許す。
イズン「はぁ、はぁ……なんとか、退けたけれど……女神とあろうものがひとを見捨てることに……」
少年「げ、げぶっ……」
イズン「かろうじて息があるけれど、殺してあげるのが慈悲でしょうね。その、大事に抱えた虫かごの中身と一緒に葬ってあげます……」
イズンの青い瞳が感情を消し、少年にとどめを刺そうとしたとき、巨大な影がイズンの上にさす。
イズン「!? 新手? このシルエットは……、ごき、ぶり……?」
?「女神よ、その小僧は見逃せ。そうすれば今回は見逃してやる。消耗したその体で儂とやりあうというなら容赦はせんが」
イズン「ゴキブリの、蟲神……。あなたが、このイグドラに根付いた邪神ですか?」
ゴキ神「儂は阿久多神。邪悪かどうかは貴様らの物差しでしかない。儂としては平穏を求めるのみよ」
イズン「……わかりました。この少年はどうなりますか?」
阿久多神「儂が面倒を見よう。運が良ければ助かるだろうよ」
◆
そして、ふたたび天界。西の荒海。
エフネ「グングニル、撃ーっ!」
敵前回頭したスキーズブラズニルの側翼から、神術兵器の光弾が雨嵐と魔海軍に降り注ぐ。光撃グングニルの威力は「アイン・ソフ・アウル」すなわち無限の光であり、女神ニンマハの操る「アイン・ソフ」無限の空には劣るものの絶大な威力を誇る。ことに魔族に対する殺傷力は抜群だ。
ルーガルー「ちちぃ……! 回避が追い付かん……!」
曹国舅「落ち着け。このナグルファルとて魔界随一の船、そう簡単には沈まん。向こうが調子に乗って光弾を乱射してくる間に、魚雷の一撃をくれてやるわ」
曹国舅はそう言ってコンソールを操作、ベルゲルミル級魚雷2発を発射。別軌道で、タイミングをずらして放たれた魚雷は片方をかわしてももう一方が確実に敵を撃つ。曹国舅はニヤリとほくそ笑んだ。
が。
アプロス「魚雷!?」
エフネ「なるほど、片方を回避してももう片方が、というわけですね。ですが、このエフネの操舵を甘く見てもらっては困ります!」
エフネは巨大戦艦スキーズブラズニルを機敏に機動させ、神業的回避で二つの魚雷を激突させて消滅させる。
曹国舅「ぬぅ!?」
エフネ「船底にでも一撃もらった程度でスキーズブラズニルは落ちませんが。アプロス様、好機です!」
アナ「待って、水面にひとが……! 助けないと!」
アプロス「エフネ、追撃は必要ありません、人命救助を!」
エフネ「……了解しました!」
こうして、西の荒海における海戦は女神軍の圧倒的優勢ながら、魔軍にとってはかろうじての引き分けで終わる。
◆
そして、場面はふたたびニンマハのもとに帰る。
ゴルダーフィード「沃野の平原、神門でこちらが苦戦中……、西の海ではアプロスが優位に運んだようですが……ニンマハさま、どうなされますか?」
紫の短髪に左右で色の違う赤青の瞳、踊り子のような衣装をまとう女神は虚偽の女神ゴルダーフィード。嘘の女神であると同時に娼婦と踊り子の守護神でもある彼女はニンマハの副官として指令室に詰めていた。
ニンマハ「みんなよく持ちこたえてくれました。おかげでわたしの力は十分にし溜まりました。ゴルダ、皆に衝撃に備えるように伝えて」
ゴルダーフィード「は! ニンマハさまがお力を振るわれる! 全員、衝撃に備えよ!」
ニンマハ「諸天の光輝をひとつに聚めて……、この一撃で魔を滅します! 無限空(アイン・ソフ)!」
ずおぉ……どうぅ、んんっ!!
天地の光が爆裂し、魔軍を空に還す。圧倒的な破魔の威力、魔軍の主力であるゴブリンやオーク、スケルトンといった連中は光に触れるまでもなく、清浄の空気が触れた瞬間に崩壊する。
オード「ぐうぅっ! 弱り目に祟り目じゃわい!」
沃野の平原でエディゲに敗北した剛腕獣王オードは物陰でダメージを回復中だったが、アイン・ソフの光に焼かれ大急ぎで戦線を離脱。
ゲオルギウス「破魔の光……人間である儂には効かんが、兵のオークやスケルトンが壊滅ではどうしようもない。退くぞ、ベルンハルト!」
ベルンハルト「は! 全軍撤退、下がれー!」
南の神門を攻めて圧倒していたゲオルギウスとベルンハルトにはノーダメージだったが、配下の兵がほぼ全滅となり、反撃を受ける前に残存兵力をまとめて撤退。
アポロ「アアアアア!? 焼け、焼けるうぅーっ!?」
シャリテ「アポロさま、シャリテの翼の内側に! 少しでも光を避けられるはずです!」
西の荒海手前の陸に駐留のオーク軍団にもアイン・ソフの威力は容赦なく牙を剥く。幼く脆弱なアポロは危うく焼き殺されかけたが、シャリテの翼の影に身を隠すことでかろうじて難を逃れる。
ルーガルー「ぐうぅ、これは、どうにもなりませんな……」
曹国舅「創世女神のアイン・ソフ……確かに、ワシら魔族の天敵じゃわ。一時撤退する!」
西の荒海で女神軍スキーズブラズニル一隻に劣勢を強いられた魔海軍の曹国舅とルーガルーも、かなり深刻なダメージを受けていた。上位の魔族でなければ2度や3度は死んでいる。
ゴルダーフィード「敵勢、撤退していきます……! 追撃しますか?」
表情を明るくして、ゴルダーフィード。しかしニンマハはしずかにかぶりを振る。
ニンマハ「いえ、その必要はないでしょう。無暗に殺すものでもありません。……タマシラやアプロスたちに帰還を呼び掛けて、ゴルダ」
この言葉にゴルダーフィードは明らかに不満そうな顔をしたが、母であり姉であり尊敬し尊崇するニンマハの言葉は絶対である。不承不承にうなずいた。
ゴルダーフィード「……了解いたしました」
オペレーターの天使「魔軍陣営に巨影! あれは……帝竜ギースリと蠅王イハズヤ、それに……ギースリの背に乗るのは魔王ギンヌンガァプです!」
オペレーターの天使が、絶望的な声を上げた――。
廃神綺譚 遠蛮長恨歌 @enban
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