第3話 神魔会戦(1)

天界トゥルクティア、東方、沃野の平原。

女神エディゲ「っく! 剛腕獣王オード……!」

オード「グハハハァーッ! 力と戦の女神、大地の戦神も大したことがないわい! このままひねりつぶしてくれるぞおぉ!」

大白猿・オードの一撃にエディゲの小柄な体が傾ぐ。脳震盪で一瞬、フラッとするがそれを意思の力で抑え込み、自らの神器「大地の斧」を構えなおすエディゲ。

オード「女神の神器か! そんなものワシのパワーで正面から粉砕してくれるわ!」

エディゲ「舐めないでよね、オード。このボクが数百年間、溜めに溜め続けた大地の怒り! 止められるものなら!」

赤毛の人狼女神エディゲがニンマハから授かった力は大地の力。溜めた地脈のエネルギーを一度に開放すると、その威力は大威力の直下型地震にも匹敵する。

オード「正面から……えげえぇ!?」

エディゲ「これで決める! 絶技・乾坤・轟断破(ぜつぎ・けんこん・ごうだんぱ)!」

エディゲが大地の斧を振りぬく。オードは「ひいぃーっ!?」と喚き、そして一撃の威力が消え去った後にその姿は残っていなかった。

エディゲ「はぁふぅ……逃げた……? ま、まあ、なんとか東平原は確保。ニンマハさまにほーこくしなくちゃ……」


同じころ、南神門。

女神ユースティア「防御機構が破壊されて……、この攻撃、神界(トゥルクティア)の内情に詳しいものが……? いま、この状況を攻められては……!」

南門を任された法と正義の女神・ユースティアは女神のなかでもっとも小柄だがもっとも苛烈といわれる。銀髪ツインテールに軍服風衣装をまとったユースティアは、焦慮に痛いほど爪を噛んだ。神界門の防御プログラムを突破され、いま神門はただ見た目に豪華なだけのお飾りに過ぎない。

ユースティア「セラ、兵員を門前に布陣! エリンは最前線の陣頭指揮、フリアンノンは傷を負った兵士の回復!」

セラ「はっ! 承知しました、ユースティア様!」

エリン「魔軍なにするものぞです! 戦天使の威力で戦況を覆してごらんに入れます!」

フリアンノン「は~い、癒しますよ~♡ みなさん、存分にけがをしてきてくださいね~♡」

ユースティアの御前天使3人が主神の前を辞して前線へと飛ぶ。ユースティアは大きく息をついて指令机に座りなおすと防衛プログラム再構築にとりかかった。

ユースティア「門が受けたダメージをそのままに反射する「フラガナッハ」。あれだけでも復旧できれば……。いざとなればわたしが前線で神雷を落とすべきかもしれませんね……。こういうとき、彼女がいてくれれば……」


南神門手前、平原の魔軍野営地、その天幕の一つ。

ゲオルギウス「ぐひひ、ユースティアめ、今頃、泡を食っておることじゃろうて。まさか女神と御前天使、そして法王のみが知る機密をワシが握っておるとは思うまい!」

ラウィニア「はぁ、はぁ……、ゲオルギウス様あぁ~♡ もっとぉおぉ~♡」

天幕の中でゲオルギウスは裸身だった。老司祭のしわがれた貧相な体の下であえぐ少女はラウィニア・アスカニウス。半年前に失踪したナルディア国の法王であった。二十歳にして法王選挙を勝ち抜いた俊才はその後しばしば魔軍との前線に出て戦功をあげ、「白き戦の法王」と言われたが、才能をねたむ姉の手引きでゲオルギウスに敗北、その後毎日の調教で完全に心を壊されていた。

ゲオルギウス「卑しい牝ブタ面じゃわい。これがワシを枢機卿の地位から追い落とした気鋭の法王猊下とはな」

ラウィニア「淫乱法王を犯してくださいぃ、ゲオルギウス様あぁ~……♡ どんなご命令にも従いますからあぁ……。ぁっ……」

ゲオルギウス「フン。主神たるユースティアを裏切って罪悪感もないか。最低のブタよ」

自ら穢し堕とした白法王を、犯しつつ嘲り罵るゲオルギウス。軍靴の音も高らかに入ってきた甲冑姿の壮漢が、ニヤリと笑ってゲオルギウスに応える。

ベルンハルト「ハハ、無理もないでしょう。あれだけの人数で容赦なく犯したのです、ウブな法王猊下の心など壊れてしまって当然」

隻眼騎士のこの言葉はラウィニアがどれだけの凌辱を受けたのかを雄弁に物語る。人としての誇りや尊厳を剥奪され、家畜として扱われる日々で自我と心を崩壊させてしまったラウィニアを攻めることは誰にもできない。

ゲオルギウス「げひひ、確かにな。……ともかく、いまなら南門のどこを攻めても手薄! この勢いで打ち砕くぞい!」

ベルンハルト「ハ! 独眼竜ベルンハルト、突撃部隊を指揮します!」


西門、要塞内部には東洋アシハラ国風の個室があった。

黒髪に白い肌のおとなびた女神、女神タマシラは本来の彼女の神御衣とは違う浴衣姿で、布団に腰かけていた。表情は穏やかだが、呼吸がわずかに荒い。先の戦で魔軍元帥トゥクタミシュに犯された傷と記憶は、まだ彼女を縛っていた。

ククリ「タマシラさま、お加減は大丈夫ですか?」

タマシラ「ククリ……。ええ、大丈夫です。失った神力は回復しきっていないけれど、戦えないということはない」

気づかわしげに問う御前天使・ククリに、気丈に微笑んで返すタマシラ。その瞳には覚悟の光があったが、やはりどうにも危ういとククリは不安を感じた。

ククリ「この西門は四方を要害、とくに南方を碧翠の海に囲まれて難攻不落。タマシラさまが危険に巻き込まれることはまずないとは思いますが……」

タマシラ「無用の師はないのが一番。けれど攻められた以上戦わずに屈するという選択肢はない。力の大半は失ったとはいえ、女神の矜持にかけて戦い抜きます!」


西門を臨む海岸の崖上。

アポロ「神力を感じるよー、パパー」

赤肌の子供オークがげひひと笑う。オーク元帥トゥクタミシュの次男アポロ。神力と魔力の融合した力「盈力」を持つ稀有の存在である。

トゥクタミシュ「うむ。やはりこの海の先か……。俺たちオークは泳ぎに習熟しておらん、厄介よな……」

アブサロン「ていうか、なんでアポロが女神の神力を辿れるんだよー? 赤肌の未熟者のくせに」

トゥクタミシュと、その嫡子アブサロンも一緒にいた。アブサロンとアポロは異母兄妹であり、戦士型のアブサロンに術師型のアポロという性格の違いもあって、そのために仲はあまりよくない。

アポロ「フーン、教えてやんないよ!」

アブサロン「俺は兄貴だぞ!」

シャリテ「アブサロン様、アポロさまへの暴力は看過できません。その拳を下してくださいませ」

腕を振り上げたアブサロンを制したのは水色の髪の天使だった。もと・女神タマシラの御前天使シャリテ。かつて単身でトゥクタミシュに挑み、敗れ、調教の結果天の眷属であることをやめた堕天使である。アポロの乳母であり、アポロに深く強い愛情を抱いている。

アブサロン「なんだぁ、便器天使! 俺に指図すんのか!?」

トゥクタミシュ「静かにしろ、貴様ら。……シャリテ、タマシラをおびき出せるか?」

シャリテ「タマシラさまは高潔にして心優しいお方。今回も人質が有効かと」

トゥクタミシュ「うむ。だがこの辺りは退避が完了しているな……」

有効なのは人質作戦だが、人質になりそうな天使など一人も見当たらない。横たわる海を前に足踏みしているトゥクタミシュの前に、禿頭白髭の老人が立った。

曹国舅「トゥクタミシュ、苦戦中か?」

トゥクタミシュ「!? これは、丞相閣下!」

丞相・曹国舅の出馬にトゥクタミシュは慄然と背筋を正す。曹国舅の後ろからサメ頭の魚人が現れ、チッと舌打ちした。

ルーガルー「俺もいるぞ、トゥクタミシュ。丞相には頭を下げてこの俺には挨拶なしか」

海軍元帥ルーガルー。魔軍で最も驍悍、猛悪といわれる、魚人海軍の長である。海軍力は陸軍力以上に戦況を左右するゆえに、陸軍元帥であるトゥクタミシュより地位が高い。

トゥクタミシュ「海軍元帥殿には俺の挨拶など必要ありますまい?」

ルーガルー「フン。で、いかがなさいますかな、丞相?」

曹国舅「ワシと海軍でこの海を制圧する。そうしたら貴様は西門を落とせ、トゥクタミシュ」

トゥクタミシュ「それは助かりますが……、おそらくは敵の水軍が……。」

曹国舅「来るじゃろうな、おそらくは女神アプロスの宙舟「スキーズブラズニル」。だがワシらとてそうそう後れを取るものではないわ」

ルーガルー「では、参りましょうか、丞相!」

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