兆し
目を覚ませば、猛烈な吐き気に襲われた。そも、なんでここで目を覚ましたのかすらさっぱりだ。
涼が目を覚ましたのは対して広くない神社の真ん中、砂の上。真っ青だった空は、もう夕暮れ色に染まっている。一体、どれほど眠っていたのか。
記憶に残っているのは、見覚えのない鳥居を見かけて階段を登った先に神社があって、それから——。
一連の流れを思い出し、涼の喉から「コヒュ」と声が漏れると同時に吐き気が増し、咄嗟に口を抑える。そうだ、この神社で涼は「この世のものではない何か」と遭遇した。
「何か」と遭遇して、その後どうなったかを必死に思い出す。
恐怖でいっぱいで、動悸が止まらなくて、逃げようとしたら、姉ちゃんが階段を登ってきていて——。
「姉ちゃん!」
そうだ、記憶の最後、そこには姉の姿があった。なぜそこにいたのかは分からない、だが確実に、そこにいたのは姉だ。
倒れていた体をなんとか起こし、胃から何かが込み上げるのを感じながら、涼は神社の階段へとおぼつかない足取りで向かう。
短な距離だが、何度か転びそうになりつつも、涼はなんとか階段にたどり着く。そこには——。
「——は?」
——血に塗れた階段と、首から上がない姉の姿があった。
***
階段の方から、血を吐くような絶叫が聞こえてきて、僕は男の子が目覚めたことに安堵する。
「お、起きたねー。僕が思ってたよりよっぽど早かったよ」
彼が小さな神様に蘇生されてから、数時間と言った頃だろうか。隣でスースー寝息を立てる、彼を蘇生した神様を見ながら僕は、ぽつりとつぶやく。
「……あ、こんなに絶叫してるのって、もしかして女の子の死体、見ちゃった?まだまだ起きないと思って放置したままだったぁ。ごめんよ少年……」
そう、あの少年の死体と共に転がっていた女の子の死体。
その死体は蘇生の時に必要だから、後で神社の中にでも下げておこうと思っていた時のことだったのだ。いや、本当に。
「うんうんそうそう、今やろうと思ってたんだった。くそー、後一足早ければ……って痛い!?だから、なんでカミサマさんは男の子のことになると優しいのさ!なんだ!?母性か!?くそ、羨ましい!」
自分の中で都合のいい逃げ道を見つけて、自分にそう言い聞かせていた時、僕の隣に立つ女性「カミサマさん」に割と強めに叩かれる。
さっきは男の子に膝枕もしていたし、今もきっと、男の子が目覚める前に死体を隠さなかったことを怒っているのだ。彼女は母性ある神様なのかもしれない。
「はいはい、僕はもう可愛げのない大人ですよーだ」
一人でに拗ねればカミサマさんが慰めてくれるかと思ったけど、そううまくもいかないらしい。カミサマさんはただその場に座り込むだけで、何かアクションを起こすつもりはなさそうだ。
僕はガックリと肩を落とし、トボトボと少年の元へ向かう。
「……説明、めんどくさいなぁ」
***
「あ、あ、あぁぁぁぁあぁぁぁ!!!」
喉が、胸が、心が、張り裂けそうだ。
涼の前に転がる首のない姉の死体。そこから少し離れたとこに転がる姉の首を見た時は、きっと今以上の絶叫をしていただろう。
近くには涼の水筒が転がっていて、きっと姉は、遊びに出かけた涼が水筒を忘れていることに気づき、持って追いかけてきてくれていたのだろう。
そう考えると、僕はまたも絶叫し、口から吐瀉物をボトボトこぼしながら咽び泣く。
この、どうしようもなく救いのない光景を前に、涼はただ叫び、涙を流すことしかできなかった。
——その時、隣に誰かが座る気配がした。その気配は
が、涼に恐れはない。否、恐れはあった。しかし、今の涼の胸の内を占めるのは後悔と、惨めさと、怒りのみ。
その気持ちをバネに、涼は思い切って隣を見る。そして、見上げる。
——そこには、長身の女がいた。
麦わら帽子のような形をした黒の帽子、その帽子のツバから垂れるレースが女の顔を覆っていて、顔はよく見えない。それに合わせ豪奢な黒のドレスに黒いブーツ。腕も足も首さえも、肌が一切見えない黒に包まれた女が、そこにはいた。
「——あ」
その女を見た時、さっきまで涼の胸の内にあった怒りなんかは四散し、残ったのは恐怖のみ。でもどこか、その女に「綺麗」と見当違いな思いを抱く自分がいて、それが気持ち悪くて涼はまたも嘔吐してしまう。
きっと、この女だ。姉を殺したのは、この女。憎き相手であって、逃げるべき対象でもある。でも、子供の涼にはどうすることもできない。ただ涼に残されたのは、またも死を待つのみ。
姉を失っても変わらない自分に、子供であることを理由に言い訳する自分に、心底嫌気がさす。吐きながら朦朧とする頭でそんなことを考える涼に、隣の女から涼に向かって手が伸びる。
惨めなことに、涼はこの後に及んで覚悟を決めきれないでいた。死ぬことへの覚悟、戦うことへの覚悟、逃げることへの覚悟、そのどれか一つさえも。
だが、いくら恐れ考えていても女は待ってくれない。涼に向けて伸びる手が、だんだんと近づいてきて、涼は恐ろしくなって目を瞑って涙を流す。
嫌だ、嫌だ嫌だ怖い怖い怖い——。
「————。」
涼が溢れる恐怖でいっぱいになった、その時。そんな涼を慰めるように、伸びてきた女の手は優しく柔らかな手つきで、涼の頭を撫でる。
突然のことに、涼の思考が止まる。わけがわからない。だってこの女は、姉を殺した女だ。現に、目の前に転がる死体を見て声一つあげない。普通の人間なら悲鳴の一つや二つあげるだろう。でも、この女はそれをしない。それが一番の人ではない何かであることの証明で、でも、涼には優しく接してきて——。
目を覚ましてから、わからないことでいっぱいだ。たくさん叫び、たくさん泣いて、たくさん吐いた。
涼の頭はもうパンク寸前で、脳が自動シャットダウンしてしまう。飛びゆく意識の中、最後に見た光景は姉の死体と、倒れる涼を支える女の姿。
——あぁ全く、視界に映るもの全部が、気持ち悪い。
***
「やぁ少年、ご機嫌いかがかな〜……ってあれ、また倒れてるし、またカミサマさんが膝枕してる」
僕が少年の元へ向かおうとしてから10分ほど経ち、ようやく重い腰をあげて足を一歩、本殿から外へ踏み出した時だった。
遠目に映る、長身の女性。彼女の姿は黒一色で、夕焼けに染まる彼女の姿は、まるで少し目を離してしまえば消えてしまって、もう二度と会えなくなってしまうような、そんな儚い透明感があるようで、これまた美しかった。
「……綺麗だなぁ」
ぽつり、僕の口から言葉が漏れ出る。
その一言は誰の耳に入ることなく、せっかく形を持って生まれた言葉は、そよ風に乗せられ、やがて消える。
それがやけに寂しく思えてしまう自分が女々しくて、思わず一人、乾いた笑い声をこぼす。
——空を見上げ、ぼんやりと思う。真夏の夕暮れ時、僕はこの時間が好きだ。
ついさっきまで空には、青々とした空から顔を出す純白の白雲、広大な空に一際目立つ烈火に染められた太陽が浮かんでいたのに。
それら全てがゆっくりとフェードアウトしてゆき、ゆっくりと街全体が橙色に染め上げられる、その一時が。
なんて、自分に酔うのもほどほどに、僕はカミサマさんのもとへ「おーい」と手を振りながら歩く。
存在感が増すお月様に、もう少しだけ待ってくれ、と祈りながら。
***
「お、今度は目覚めに立ち会えた。おはよう、少年。気分はどうだい?」
またも目を覚ませば、視界は真っ黒だった。目覚めたばかりで霞む目でそれをじっと見つめて、やがて気づく。
これは、顔だ。辺りが暗くてよく見えないが、おそらくは男性。なんでこんな急に、見覚えのない男性と文字通り顔を突き合わせているのか、涼は疑問に思う。
「えっと……あの……」
なんとか疑問を言葉にしようと、涼は思考を整理する。もともと、考え事などは得意ではないが、物覚えには自信がある。
ひとまず状況を整理して、それからこの男性と話そうと——思った時だった。
「————。」
寝たまま、顔を横向きに倒せば、そこには階段に腰掛ける、長身の女がいた。
闇の中、黒の衣装に身を包む女は、月明かりに照らされて、まるで一枚の絵画を見ているようだ、と涼は見惚れてしまう。そしてやがて、女を見つめる涼は思い出す。
二度目の記憶の再来、神社、姉の死、この世のものではない何かとの遭遇。それら全てが涼の頭にフラッシュバック。
隣り合う女がその「何か」であることを思い出し、先程の記憶の最後も思い出す。
「あ、あ、お、お前は……」
震える手足、喉。かろうじて絞り出したその言葉は、涼の人生において一番の勇気を振り絞ったと思う。
「こら、少年。彼女にお前とか、汚い言葉を使っちゃダメだぞぉ」
頭の上から聞こえる言葉。そうだ、今、顔を突き合わせていた男。あの男も一体、なんなのだ。
疑問、不明瞭、困惑。謎が謎を呼び、遂には涼の思考が止まる。
「わかんないことでいっぱい、って感じだねぇ、少年。仕方ない、この僕が、君に全てをお教えしてしんぜよう!」
調子のいい声音で、おそらく立ち上がったであろう男の方へと、涼は反射的に首を向ける。
先ほどは顔すらよく見えなかった男。その全身は平均的な身長に平均的な体型をしている。
だが、男の身を包む衣装はきちっとした印象を持つ、よく父が仕事に行く時に履くようなズボンにダボっとしたパーカーという、ファッションセンスのない涼でもおかしいとわかるような、そんな格好をしていた。
そして優しく真面目そうな顔つきとは裏腹に、不揃いな黒髪が男のだらしなさを助長する。
——上半身が不真面目で、下半身が真面目。否、足にはボロくさいサンダルを履いていた。ズボンだけが真面目だ。
そんな変な男をじっと見つめる涼。男は「そんなに見られると照れるなぁ」と恥ずかしそうに笑いながら頭をかく。
この変な男は、なんだ? 涼の頭にはシンプルなそんな疑念がよぎる。
以前姉は「いい?涼。変な格好をした人にはついてっちゃ、だめ」と言っていた。そんなことを言う姉の姿はズボンの上にスカートを履いていて、上半身はブラジャー一つだったのだから、説得力が欠片もなくて、二人で笑ったことを思い出す。
「姉ちゃん……」
そんな姉との思い出が蘇れば、必然、涼の頭にはもうこの世にいない姉の姿が映る。隣にいる、この女。この女のせいで姉は死んだ、姉ちゃんは、美久は——。
激情に身を任せ、その場に起き上がる涼。「お?どしたどした?」と男が不思議そうに涼を見つめるが、気にしない。
今はただ、この女を、殴り飛ばしてしまいたい。後先考えない、子供の癇癪。脳で理解はしているが、悔しくて惨めなままでは、終われない。
「あ、あぁあぁあぁ!」
涼は右手に力を込めて、勢いに任せて女に飛び掛かる。そして、思いっきり振り切った——その拳が、女に当たる。
本当に拳が当たったことに、涼は自分自身驚く。喧嘩なんてほとんどしたことのない涼の攻撃、それはきっと
だから、それが当たったことに驚いて、赤くなる自分の拳を見つめたあと、女を見る。
「——あ」
——女の顔にかかるベールが殴られた衝撃でずれ、その顔が
目鼻立ちが整い、この世にある言葉ではその女の美しさを表現できないような、そんな顔をした女だった。優しく厳しく冷たくも見えるその美しい藍色の瞳は、何を言うでもなくただひたすらに涼を見つめている。
「お、お前が……!お前が!姉ちゃんを殺したから!」
後退り、何を言われたわけでもないのに、言い訳するかのように涼は声を荒げる。それを受けてもなお、ただ一心に涼を見続ける藍色の瞳が、
冷や汗が、涼の頬を伝って、落ちる。瞬間——
「——おい、ガキ。何を勘違いしてんのかしらねぇけどさ、彼女を殴るのはダメだ。ほんとは触れんのだってお断りだよ、殺すぞ」
先ほどまでの男の陽気な雰囲気はどこへ、ただ一心の殺意を真後ろから感じ、涼は身動きが取れなくなる。
自分の呼吸が荒くなるのがわかる。またも冷や汗が頬を伝って、落ちて。それが涙であったことに今、気づく。
——姉の仇の女、その女の美しい顔が、なぜか涼を慈しむように見えて。
「————。」
何も言わず、その女は立ち上がったかと思うと、涼へ向かって歩いてくる。
「や、やめろ!くるな!」
涙声で、情けない威勢を張る。でも、女は止まらずこちらへ歩いてくる。
思わず涼は目を瞑って、どうすれば良いのかわからず、ただ震える。
「————。」
——涼は、何かに包みこまれるような感覚に陥る。
目を開けばそこには、月明かりに照らされる空とはまた違う、本当の黒色。あの、女の黒色。
あぁ、そうか。涼は今、女にハグをされている。理解が追いついた時、先ほどまで波打っていた心が、穏やかな海のように平穏を取り戻す。
「————。」
何を言うでもなく、ただ腕の中に涼を包む女。
——それを受け、涼の中で何かが決壊し、周りを憚らず大きな声をあげて、涼は泣いてしまう。泣いている間、女はずっと、涼を優しく抱き留めてくれていた。
***
「もう、大丈夫です。すみませんでした」
あれから数分、涼は幼子のようにずっと泣きじゃくっていたが、しばらく涙を流せば気持ちも落ち着くもので、涼は女にそう言う。
女も涼の言葉を聞き、最後に頭を撫でると腕を離し、三歩ほど下がったところでその場に佇む。
「急に殴ったりして、ごめんなさい」
数分間抱きしめられて、涼はこの女が姉を殺した「何か」ではないことに気づいた。確かに「何か」に似た雰囲気ではあったが、本当にあの何かであったら、殴りかかった時点で殺されていただろう。
そう考え、涼は女に頭を下げる。それと、後ろで不服そうな顔をしている男にも。
「えっと、あの、あなたの大事な人を殴ったりして、ごめんなさい」
この男から浴びせられた、あの殺気。それの余韻をいまだに残しつつ、少し恐怖で震えながら、それでも涼は男に謝る。
「あー、カミサマさんも怒ってないみたいだし、僕からは何も言うことはないかなぁ。でも、次殴ったりしたら本気で怒っちゃうかもだから、少年も気をつけてね」
なんておちゃらけたふうに、先ほどとはまるで別人のように、親指で自分の首を切って見せる動作をして、涼に釘を刺す。涼はそれに「はい」と端的に返事をする。
「さて、じゃあちょっと長いしめんどくさいけど、一旦ここで君たちに何があったのか、お話を聞いてもいいかな?」
男はそういうと、その場に胡座をかいて座る。先ほどまで僕を挟むように男と女が位置していたが、気がつけば女は僕の隣に正座をして座っていた。二人が座っている中、自分だけ立っているのもおかしいと思い、涼はその場に腰を落ち着ける。
「はい、わかりました」
初対面で怪しげな男。そんな男に対する不信感は不思議ととうに抜け切っており、涼は男にここで起きたことを喋る。
うまくまとめられず長い話になったが、男はその間、口を挟まずに静かに聞いていてくれた。ここで鳥居を見つけたこと、神社を探索してみたこと、井戸の中にはゴミが入っていたことみたいな、どうでもいいことまで。
そして、この話をする上で欠かせない——
「そして、俺……じゃなくて、僕が神社を出ようとしたら、後ろからすごい怖い感じがして、逃げようとおもったけど怖くて動けなくて、そしたらそこに姉ちゃん……、あ、美久って言うんですけど、姉ちゃんも来て。姉ちゃんが俺……じゃなくて僕を庇うためだと思うんですけど、その怖い感じのやつに話しかけて、そしたら……」
「何か」の話を、要らぬ情報を交えつつ、涼は辿々しく語る。
「それで——君たちは、殺されたんだね。怖いやつに」
涼が話の幕を下ろすよりも早く、男が結論を出す。だが、その結論は間違っている。
「——? 君たち、じゃなくて、姉ちゃんだけ、です。お……僕は、なんでか分からないけど、今も生きてます」
そう、涼までもがその場で死んだ、みたいな物言いをされた。確かに一度目の気を失った際、最後の方の記憶はぼんやりとしているが、流石に死んだ覚えなんてものはない。現に今も、こうして生きるために体の機能を無意識的に使いながら、男と喋っている。
すると男は「あー」と言い、少し考えると言わんばかりに手を前に突き出すと、後ろを向いてぶつぶつ独り言を言い出す。
ポツンと、女と二人きり、隣り合わせにされた涼。女の方を見ると、ベール越しにこちらをみている女と目が合い、咄嗟に目を背ける。今考えれば、見ず知らずの女性の胸に抱きついて泣いたなんて、ちょっと恥ずかしいかもしれない。いや、だいぶ。
場違いなことに、今更になってそのことが恥ずかしくなってきて、涼の顔が熱をもつ。
何を隠そう、涼の住む田舎には綺麗な女性なんて存在はいない。いるのはおじいちゃんにおばあちゃん、おじさんおばちゃん同い年の子供数十人くらいだ。
強いて言うならば、美久は自分の姉ながらにして綺麗な容姿をしていたと思う。すらっとした体型に黒髪ロング、少しミステリアスな雰囲気、いや、正確には何も考えていないだけなのだが、その雰囲気がうけたのか、アイドルのスカウトなんかが家に来たこともある。「めんどくさい」の一言で突っぱねていたが。
それでも所詮は血の繋がった姉であって、異性として意識したことなどない。
その分、ああも綺麗な女性に抱きしめられ、挙げ句の果てには胸元で大泣きしてしまった。あぁ、だいぶ恥ずかしい。
意識してしまうと、どんどん恥ずかしさが増していく。それを紛らわそうと、女の反対側の景色、何もない木々を見つめていると何か柔らかなものが、涼の頭に重量をかける。
「え」
思春期真っ只中な涼。どうしても、そっち方面の考えが脳裏をよぎる。次第に、その柔らかな何かが、涼の頭の上を右往左往し出す。
涼はすっかり赤面し、思わず俯く。そうしてる間にも、涼の頭の上を蠢くそれは止まらない。
一体全体、今、側から見た涼の頭上にはどんな絵面が形成されているのか。気になって仕方がない。もう、振り返ってしまおうか。よし、振り返ろう。
涼は覚悟を決めて、いざ振り返ろうとすると——
「——よし!」
男のでかでかとした声が耳に入り、涼は思わず飛び跳ねる。飛び跳ねた拍子に、涼の頭の上にあったそれも押し除けられ、正体が明らかになる。それは女の、両の手だった。
なんで両手で涼の頭を撫でていたのか、真相は闇の中だが、涼の期待していたものではなかったことに、ほんの少し肩を落とす。いや、全然がっかりしてない。むしろずっと手だと思ってた。ほんとに。
「あー、ごめんごめん、急におっきな声出しちゃって。おじさんになると周りに配慮ができなくなっちゃうんだぁ。ってあれ、顔が赤いねぇ。体調不良かい? まぁ、無理はないけどもう少しだけ頑張ってお話しして、僕のお話を聞いておくれよぅ」
そうこうしているうちに、男はペラペラと流暢に喋り出す。それに涼が再度座りながら「大丈夫です」と伝えると、男は頷きこほんと咳払い。
「ちょっと衝撃的な話をするけど、覚悟はいいかい?」
末恐ろしい前置き、一体何を言われるのか、涼の鼓動が静かに緊張で高鳴る。
「はい」
「ありがとう、少年。じゃあ、ペラペラと話すのもいいけど、ひとまずは簡素にいくよぉ。 ——まず少年、君は一度死んでいる」
一拍の後、衝撃的な一言から話が幕を上げる。涼はきっと、鳩が豆鉄砲食ったような、そんな顔をしただろう。
「お、びっくりしてるねぇ。そりゃ無理もない。でも一旦僕の話を聞いておくれよ。前提として、君達を殺したのは君が言う『怖いやつ』この神社を住まいとする神様だ。短気な神様でねー、君のお姉ちゃんの一言が癪に触っちゃったみたい。あ、これは別に君のお姉ちゃんのせいで、ってわけじゃない。お姉ちゃんが来なくても、きっと君は殺されていたよ」
次から次に、衝撃的な事実が淡々と告げられる。
「で、僕は君達を殺した神様とはちょっとばかし縁があってねぇ。殺しちゃダメでしょーって怒って、二人を生き返らせるよう言ったんだ」
ふざけているのか真面目なのか、判断しずらい喋り方で、男は話を続ける。
「でも二人同時は無理みたいで、仕方なく君を生き返らせてからお姉ちゃんも生き返らそうって話になったんだ。大体はこんなところ」
あらかた話を終えた、と言ったような顔で、男はこちらの反応を伺っている。
——正直なところ、涼はこの話を信じる気にはなれなかった。でも、信じないと言うにはもう遅くて、実際に涼は、不可解に遭遇してしまった。
でも、不信だとか困惑だとかが浮かぶ前に、浮かぶより先に。
「——姉ちゃんは、生き返れるんですか?」
希望が見えたことが、涼は何よりも嬉しかった。
ナツガミサマ 春吹 @reruruy
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