04.ベイン・トレヴァー

 ファウを追ってしばらく走ると、ファウは、ぼーっと突っ立って、ぼーっと見つめていた。


 いつものように、あの巨大な柱を――ではない。


 ファウが見つめていたのは、交差点だった。

 道路は激しく損傷し、信号機も倒壊している交差点。

 この場所には、天夜も見覚えがあった。

 天夜は、話しかけるように、ファウに言った。


「……ファウと出会ったのはここだったね」


 天夜の頭の中に、あの日のことが蘇る。



 あの『壮絶な災害』の日が。



◇ ◇ ◇



 あの日、天夜は怒りに震えていた。


 父親と母親が発表した、通称『レディベンティカ仮説』が的中し、東京に隕石が落ちたのだ。

 この仮説は当初、全ての国と、全ての学会から否定され、両親は学者の地位を剥奪され、嘲られ、自殺するまで追い詰められたのだ。


 だがしかし、結果は――間違っていなかった。


 仮説は正しかったのだ。


 隕石が衝突したことにより、東京は壊滅的な被害を受けた。

 建物は全てなぎ倒され、あらゆるところで火の手があがり、海水が徐々に入り込んできていた。

 九死に一生を得た人々は、急いで安全な場所へと避難していた。

 だが、天夜だけは別だった。

 そこに留まり、惨劇を目に焼き付けていたのだ。

 そして、思い出していた。父と母の言葉を。


 ――父は言った、早く分かったのは奇跡だと


 ――母は言った、今から取り組めば大事にならないと


 両親は笑顔でそう言っていた。


 なのに、死んだ。


 いや――殺された


 お前たちが殺したんだ――


 これは報いだ――


 無視した報いだ――


 ざまあみろ――


 溜まっていた怒りが噴出した。

 だがそれも、長くは続かなかった。

 徐々に現実を理解していく。


 眼の前の『大災害』を――


 その時、声が聞こえた。


「お兄……ちゃん……」


 女の子のか細い声だった。

 近くの瓦礫の中からだ。

 急いで取り除くと、そこにいたのは――ファウだった。



◇ ◇ ◇



 その時の交差点が、ここなのだ。


 天夜は、誰に向けて言うでもなく、呟いた。


「結局……何も変わってないんだな」


 それは、交差点についてなのか、自分自身についてなのか。

 天夜も分からなかった。


 フラフラと歩くファウの後を追いながら、天夜は自問自答を続けていた。


 ――何がしたいんだ俺は


 ――怒り任せに天文学を続けて


 ――隕石の落下を予測して


 ――そして


 ――……


 ――これがやりたいことだったのか?


 ――いや違う


 ――分かってる


 ――結局、やりたいことは


 と、前を歩くファウが立ち止まった。

 反射的に、天夜も立ち止まると、ファウはこちらを意味ありげに見つめていた。

 最初、天夜はその意味が分からなかった。

 だが、近くに何かあることに気付いた。

 ふと、横を見た。


 そこには――


 壁――


 いや、これは――


 顔を上げた。


 柱だ――


 いつの間にか天夜は、ファウに導かれて、巨大な柱の根本にたどり着いていたのだ。

 困惑しながらふと、ファウに視線を向けると、ファウは、こちらを見つめていた。

 いつもの虚ろな目。

 しかし、今はその目に、意図を感じていた。

 まるで、何かを訴えかけているようだった。

 天夜は、何かを察したように、言った。


「……逃げるなって言いたいのか?」


 ファウは、何も言わない。

 ただジッと、天夜を見つめていた。


 まるで、天夜の内心を見透かすように――


 天夜はその無言の圧力に押し負けるように、話し始めた。


「……そうだよ、ファウ。俺は柱を調査したかった……父さんと母さんの仮説が正しいという証明をしたかった……でも、怖かったんだ。間違ってるんじゃないかって……間違ってたら、俺はどんな顔をすればいいのか分からなかった……あの時の怒りが無意味になるのが怖かったんだ……向き合うのが怖かった……だからずっと、隕石の予測だけをして、調査をしようとしなかった……逃げていたんだ……」


 そう話しているうちに、天夜の両目からは涙が流れていた。

 そして、話を続けた。


「情けないよな……あんだけ被害者ぶっておいて、本心では、俺が一番仮説を信じてない……父さんと母さんを侮辱してたのは、俺だったんだ……」


 心の底に溜まり続けていた本音が次々と溢れ出ていった。

 それこそが、天夜が今まで誰にも言えなかった本心なのだ。


 ――もう父さんも、母さんも裏切りたくない


 ――できることなら、やり直したい


 ――もう一度、ちゃんと向き合いたい


 涙と共に溢れる感情――


 それを――ファウの手が受け止めた。


「ファウ……」


 ファウは、まっすぐな目で天夜を見つめた。

 天夜は、はっきりと理解した。


 ファウが言いたいことを――


「……分かってる。ここからやり直すよ……柱を調べて、仮説を証明するよ……‼️」


 涙を拭った天夜は、すぐにパソコンを開き、いくつかのケーブルを繋げた。

 そして、小型のアンテナをいくつか立て、キーボードを叩き始めた。


「……父さんと母さんの仮説によれば、これはただの隕石じゃない……ビーコンなんだ。だから、この柱からは人工的な周波数が出てるはず……‼️ その存在が分かれば、仮説は証明される……そして、もし、周波数の中身が分かれば、次に何が起きるのかも分かる……よし、これで……‼️」


 キーボードを強く叩いた。

 すると、パソコンの画面にいくつかの波形が出てきた。

 その波形が何に類似しているのかを確認するように、せわしなく、出ては消えていく。


 そして――結果が出た。


「……大気レベル……地殻運動……地殻熱流量……水分量と水の成分……?」


 それらのデータを、この柱が周波数に乗せているという結果だった。


 仮説は正しかった。


 喜ばしいことだった。


 そのはずだった。


 しかし天夜は、全く別のことを考え始めていた。

 冷や汗を流しながら、呟いた。


「この柱の目的って――まさか」


 と、天夜の懐からメロディーが流れた。

 慌ててスマートフォンを取り出すと、画面には『環さん』の文字が出ていた。

 応答すると、第一声、環の叫び声が飛び込んできた。


「天夜‼️ 逃げろ‼️」


「ど、どういうことですか? もしかしてバレたんですか?」


「違う‼️ ズレたんだ‼️」


「……え?」


「隕石がズレた‼️ 落下地点がズレたんだ‼️ 近くに落ちるぞ‼️」


 天夜は天を仰いだ。


 目に映ったのは、夜空を覆う満天の星空と――


 流星――


 それが――


 光が――迫り始めていた。


 辺りは、日中のように眩しく照らされ始めていた。


「ファウ‼️」


 天夜は咄嗟に、ファウに覆いかぶさった。


 同時に――凄まじい爆発音が辺りを包んだ。


 大地が大きく震えた。

 そして、爆風が吹き荒れた。

 ファウと天夜は、幸いにも柱の影にいたおかげで、吹き飛ばされずに済んだ。

 しばらくすると、風が収まり始めた。

 安全を確認するために、天夜は恐る恐る柱から顔を出した。


 そして――見てしまった。


「なんだよ……これ」


 天夜が見たものは――巨像だった。


 いや――センサーらしきものが見える。


 駆動部品らしきものも見える。


 ――まさか……ロボット?


 それが、東京湾の真ん中にたたずんでいたのだ。


 ――あれが、降ってきた……?


 ――あれが、隕石……?


 天夜の頭の中は、状況を整理するので必死だった。


 だから――気付かなかった。


「……ベイン・トレヴァー」


 ファウがそう言葉を発したことを――


 そして、笑っていたことを――

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創世のベイン・トレヴァー みさと @misato310

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