閉鎖病棟より愛を込めて
不労つぴ
閉鎖病棟より愛を込めて
これは僕が中学生の時の話だ。
当時、僕と母と弟は父方の祖父母の家で一緒に暮らしていた。
何故そんなことになったかというと、父が入院することになったのが原因だ。
父は過労で鬱病になってしまい、しばらくの入院が必要だった。
それ以外にも、そのまま自宅にいると危険という事情もあったのだが。
そのため僕達は、祖父母の家に半ば居候のような形で住み着いていた。
ありがたいことに祖父母は僕たち3人を快く受け入れてくれた。
3つ下の弟は父の帰りを心待ちにして毎日を過ごしていた。
「父さんが帰ってきたらまた四人で暮らせるね!」
あどけなく笑う小学生の弟を、僕は複雑な気持ちで見つめていた。
もし父が帰ってきても元の生活には戻れないだろう。
僕は、なんとなくそんな確信めいた予感を感じていた。
その頃からだ。
母の態度がなんとなく余所余所しく感じるようになったのは。
ある日、僕が学校帰ると、母はリビングにいた。
母はずっとスマホを見ていて、僕が近づいても上の空といった具合だった。
そして、ひたすら携帯の画面を注視していた。
「母さん。何を見てるの?」
僕が声を掛けると、母は僕の方を見てビクッと体を震わせ、スマホを隠すように後ろに置いた。
そして、「なんだ……つぴか」と安堵のような表情を浮かべた後、作ったような笑みを浮かべて「おかえりなさい」と言った。
「ねぇ、何してたの?」
「……色々とね。でも、あなたは気にしなくていいのよ」
そう言って、僕の質問をはぐらかした母は、「お腹すいたでしょ? 今からおやつ持ってきてあげる」と言って部屋を去っていった。
◇
母の携帯に触るチャンスに恵まれたのは、それから少し後のことだった。
僕がリビングに行くと、テーブルの上に母の携帯が置いてあるのが見えた。
その日、母は夜勤だったので、きっと忘れていったのだろうと僕は推測した。
このままリビングに置いておくと、祖父母の目に留まるかもしれない。
僕は携帯を母の部屋に持っていこうと思った。
だが、ここで僕の脳裏で悪魔が囁いた。
『母の隠している秘密を知る絶好のチャンスが今だ』と。
ここ数ヶ月の母の様子は、息子の僕や弟から見てもおかしなものだった。
常に携帯を肌身離さず持っている上、誰にも携帯に近づかせたがらない。
この前、弟が勝手に母の携帯を使ってゲームをしようとすると母は、ものすごい剣幕で弟を叱った。
普段温厚な母があそこまで怒っている姿は、僕もこれまで見たことがなかった。
僕は母のスマホのロックを解除する。
何故僕がパスワードを知っているかと言うと、母は電子機器に疎いため、設定はすべて僕と弟がやったからだ。
母が隠している秘密、僕は心当たりがあった。
母は毎日のようにメールアプリを開いていて何かを確認しているのだ。
今どきLINEではなくメールなのが不思議だったが。
さて、どんな秘密が待ち受けているのだろうか。
好奇心旺盛だった僕は、ワクワクという擬音が出そうなほど心を踊らせながら携帯を操作する。
母のことだから浮気はないだろうと僕は踏んでいた。
でも、もし仮に浮気していたとしていたとしても、僕は何も文句を言うつもりはなかった。
今の環境は母にとっては辛すぎる。
僕達が母の足枷になっていることは、否が応でも理解できてしまっていた。
僕は興味津々でメールアプリを起動し、受信フォルダを見る。
そこにあったのは――。
◇
「ねぇ、つぴ。私の携帯知らない?」
母は帰宅するなりすぐに、僕に質問した。
「あぁ。リビングに置きっぱなしだったから、母さんの部屋に置いておいたよ」
僕は母に目もくれず、読書に熱中する。
「あら、気が利くわね。お母さん職場に着いてから携帯がないことに気づいたのよ」
そう言って、母はその場を後にしようとする。
が、母の足音は止まる。
僕が顔を上げると、徐ろに母は僕へ問いだたした。
「ねぇ、つぴ。私のスマホの中は見てないわよね?」
「……まさか。家族とは言え、
この間、僕は母の顔を見ずに、本へ視線を向けていた。
僕は嘘が下手なので、すぐに表情に出てしまうからだ。
「そう……。疑って悪かったわ」
しばらくの沈黙の後、母はそう言って去っていった。
「見た……なんて言えるわけないよな」
僕は母が隠していたものの正体を知った。
これを僕は弟にも――ましてや母にも話すつもりもない。
秘密は蜜のように甘いという言葉があるが、僕にとってそれは毒虫のように不快で、舌の上で這いずり回るような代物だった。
「あんなもの見なければよかったよ」
9/12
件名 : あなたが来ないと私は死にます
9/11
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僕の父親は閉鎖病棟に入院している。
閉鎖病棟より愛を込めて 不労つぴ @huroutsupi666
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