秋風模様

小狸

短編

 誰にも見えないように、僕は静かにガッツポーズをした。


 台風が来て、体育祭が中止になった。


 朝、学校から電話が来て、お母さんが電話に出た。

 

 台風は直撃で、今日は一日外に出ないように、ということらしかった。

 

 一週間ほど前に発生したその台風は、最初は本州には来ない予定だった。しかし、だんだんと予報から外れていき、先生たちも一昨日からそわそわしていた。


 そして、今日。


 もう朝から空は灰色で、林は波打ち、乱暴な雨が降っている。


 これは、中止だろう。


 お母さんは張り切って、ビデオカメラを充電していたけれど、中止の報せを聞いて残念そうだった。


 しかし僕は、嬉しかった。


 僕は、運動が苦手である。


 はっきり言って嫌いだ。


 もっと言うと、体育の授業が嫌いだ。


 体育の先生は、「できる」前提で話を進める。


「できる子」が褒められる。


「できる子」が得点を取る。


 それは勉強でも運動でも同じだ。


 そんな中、一生懸命頑張ろうとしたこともあった。


 でも、中学生になって、それも馬鹿らしくなってしまった。


 僕みたいな運動のできないひょろひょろが頑張っても、格好良くないからである。


 一生懸命にしていても、一生懸命そうに見えないからである。


 持久走で最後になっても、可哀想としか見られない。


 周回遅れになりながら、皆から半分馬鹿にされながら、ゴールして良く分からない拍手されて、嬉しいわけがない。


 そんな僕に対して、先生は「頑張れ」とか「努力しろ」とか言う。

 

 長い距離を効率よく走る方法とか、走り方で改善した方が良いところとか、そういうものを教えてはくれない。


 知っているくせに、だ。


 足が速い子とか、球技が上手い子とか、そういう子を露骨にひいきする。


 多分、下がいる、というのは、必要なことなのだろう。


 そう思う。


 誰しもが「ああはなりたくない」と最低限思うから、頑張るのである。


 僕は、その「ああ」の部分なのだ。


 嫌にもなるだろう。


 そんな気持ちで迎えた、中学生初めての体育祭が、中止になった。


 もちろんそんな気持ちは、表には出さない。


 お母さんをもっと悲しませることになるだろうし、逆に怒られるかもしれないからだ。


 三年生の体育委員の先輩方が中心になって頑張っていたし、三年生は最後の組体操もあって、放課後すごく練習していた。


 悔しい人もいるだろう。


 きっとここで喜ぶということは、間違っていることなのだろう。


 自分でも分かる。


 自分の考え方が、外れているということくらいは。


 嬉しい――だけど、素直に喜べない。


 だから、この気持ちは誰にも言わず、僕の中だけに留めておくことにする。


 びゅう、と。


 強い風が響いた。


 この気持ちも。


 体育祭も。


 先生も。


 学校も。


 全部飛んでいけばいいのに。




(「秋風模様」――了)

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