21.どうやら、バッドエンドを回避できたようです

 あの日から一ヵ月が過ぎた。

 私が拘束された会場の檀上には、シュルツとアリスが並んで椅子に座っている。


 そう。シュルツが王に、アリスは王妃になったのだ。


 ※


 ダンジョンから戻ると、シュルツやマシュー、マーキスから声をかけられた。

 どうやら、学園長が話していた通り、クリストン王はその地位を退いたようだった。

 皆の話も頭に入らないまま、家へと戻り、沈むように眠りについた。


 次の日、お見舞いに来たツェリン様から詳しい話を聞いた。

 私が牢に連れられた後、パーティーは中断した。その晩、四家と八家の当主にシュルツから、「王は乱心している。退位してもらう」と通達魔法が届いたらしい。


 なぜツェリン様も知っているのだろうか。

 私の疑問を察したように「お義兄様から聞いたのよ」と答えた。

 聞けば、ツェリン様の義兄でありファドレッド家当主でありアリスの父親であるユーリ様も転生者で、前世では実の兄妹ということだった。

 ……転生者、固まりすぎてない?


 通達魔法が届いた後、すぐに内密で会議が行われた。

 会議には、四家と八家の当主、シュルツ、それに学園長も参加した。

 そこで学園長は、自分が平行世界から来たこと、調査団の団長だったこと、クリストン王を唆したのが副団長だったこと、私たち3人がシギンを討つことを話した。

 副団長の目的については、この国を乗っ取ることだと話したようだ。


 その告白に驚いたようだが、相談役として突然シギンが現れたこと、当主たちの意見を無視し、シギンの意見に従うようになってきていること、そして今回の一方的な断罪。

 各家の当主も、王の様子がおかしくなっていることに不信感を抱いていたとのことだった。

 会議が終わると、即座にクリストン王を捕縛し、シュルツが王になる手筈を進めた。


 私たちがシギンと対峙していた裏でそんなことが起こっていた。


 ※


 ただ座っていただけなのに、疲れた。

 もう、帰りたい。

 だけど、この後も予定がある。

 学園長に呼ばれているのだ。


 会場をあとにし、学園長と約束していた応接室へ向かう。

 学園のではなく、王城のだ。


 私の方が先かもしれないが、念のため、ノックをする。

 すると中から、「入りなさい」という、いつも通りの声で返答があった。

「失礼します」と部屋の中へ入る。

 そこには、学園長だけではなく、アリスもソファーに座っていた。

 秘密の抜け道があるのだろうか。


「お待たせしてしまいましたか」


 学園長の対面であるアリスの隣に腰掛ける。


「いや。こちらも今来たばかりだ」


 待機していた侍女にアリスが指示をし、人数分の紅茶とお菓子を用意させ、退室してもらった。

 それを見て、ああ、アリスは王妃になったんだな、と実感してしまう。

 紅茶を口に運ぶ。美味しい。


「……君たちには、負担を強いてしまった。すまなかった」


 唐突に謝罪から始まった。


「……負担よりも、その……、戸惑いの方が大きかったです」


 私の言葉にアリスも頷き、同意する。


「てっきり、私たちがシギンを捉えるものと思っていました。だけど、学園長がとどめを刺す形になりました。わざと伏せていましたね?」

「アリスの言うとおりだ。シギンの油断を誘うため、わざと黙っていた」

「……はあ。結果的にうまくいったから、もういいです」


 アリスは、プンプンしながらお菓子を口に運んだ。


「他の隊員たちの様子はどうですか?」

「落ち着いてきている。シュルツや四家とも話し合い、彼らが今の世界に馴染めるよう、準備を進めているところだ」


 シギンが捉えていた調査団の隊員たちは、入れ替えられていた学園長の調査船の回復装置の中に眠らされていた。

 時間が昔の戦争で止まっている彼らに、学園長は起きたことを話した。


 戦争から5000年以上が経っていること。

 元の国には帰れないこと。

 今はこの国で、学園長をしていること。

 シギンが裏切ったこと。


 彼らの受けたショックは、想像を絶するものだろう。

 隊長である学園長が全てを把握して動いていることが、唯一の救いだろうか。


「ゲームのシナリオでは、彼らはどういう扱いになっている?」


 今後の参考になればと思って聞いたのだろう。

 しかし――


「以前、ゲームは3部作という話をしたのを覚えていますか?1作目は今より25年後の未来が舞台で、2作目がこの時代。最後は5500年前が舞台で平行世界から来た調査団の話と説明しました」

「もちろん、覚えている。ボスのこともだ。確か、1作目では世界と心中を計画する私が、2作目は君が、3作目は技術を独占した当時の王が。」

「そうです。作品のナンバリングと時系列は逆になっています。ゲームのシナリオだと、この時代で学園長は、25年後まで眠りにつきます。そして1作目で目を覚まし、隊員の手記を読み、絶望し、世界との心中を決意します」


 私の説明を聞いた学園長は、深く息を吐いた。


「彼らが生きていてくれて良かった」


 安堵した言葉を聞き、アリスがこちらを見て微笑んだ。私は頷き返した。

 その後は、アリスの愚痴か惚気か分からない話が続いた。


「君たちには、本当に助けられた。ありがとう。出来れば何かお返しがしたいのだが……」


 紅茶もお菓子もなくなり、解散しようという時だった。


「お返しなんていりません。お互い様です。私はバッドエンドを回避したかった」

「そうです。私もクロちゃんと戦う未来を変えたかったので」


 遠慮ではない。

 事実そうなのだ。たまたま、こうなっただけ。


「……しかし」


 学園長の気が済まないのだろう。

 困ったなあ。


「今日のお菓子、美味しかったです。学園長が作ったんですよね?」


 唐突にアリスが学園長に尋ねる。


「……そうだが?」


 アリスの企みが分かった。

 ゲームのシナリオは変わってしまったけど、だからこそ、可能性があるということだろう。


「お菓子屋さんをやるのも、いいかもしれませんね」


 私の言葉に、学園長は意味が分からないという顔をした。

 アリスはニヤニヤしていた。

 伏線とまではいかないけど、一つの選択肢になってくれればいい。


「それでは、私たちはこれで失礼しますね」

「……ああ」


 納得のいかない学園長を残して、アリスと一緒に退室する。


 少し歩いたところで、アリスがクスクスと笑い出す。

 私もつられて笑ってしまう。

 徐々に堪えなくなり、二人で声を出して笑いあう。

 涙が出た。

 どんどん溢れてくる。

 気付けば、抱き合いながら、二人、号泣していた。


 もう、大丈夫だろう。

 私はアリスに殺されないし、アリスも私を殺すことはない。

 目的だった、バッドエンドを回避したのだ。



 ※



「ミリア、久しぶりね。今日も可愛いわよ」

「ありがとうございます、クロ叔母様。叔母様もお綺麗ですわ」


 アリスとシュルツの娘であるミリアが、私を訪ねてきた。

 聞くと、前世の記憶を思い出し、私も記憶があると思って訪ねてきたようだ。

 つい頭を抱えたくなってしまう。


 ……アリスの家系はどうなっているのだろう。


 彼女は、1作目のヒロインだ。

 問題は、シギンが倒されているので、すでにゲームと全く違うことになっていることだ。


 ミリアには、シナリオに関係なく、好きなように生きていけると思えばいい、という曖昧なアドバイスしかできなかった。

 その後は、シギンを倒すまでの話や、私以外にも転生者がいることを話した。


 ミリアが帰った後、ふと、昔、学園長にかけた言葉を思い出した。

 学園長は忘れているかもしれない。


 そうなればいいなと思い、微笑んだ。

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どうやら、乙女ゲームの皮を被ったRPGのラスボス令嬢に転生したようです 田中加奈 @tanakakana

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