正一ルート

三月二十七日

 どうやら、俺たちは神様から「混ぜるな危険」と認定されているらしい。

 だって、いつもいっつも肝心な時に限って会えないだろ。一番つらい時に声を聴いて、寄り添いたいと願ってもかなわない。顔を合わせた時はすでにだ。

 ホントさあ、もう呪われてるとしか思えないのよ俺。今度、神社でおはらいしてもらおうぜ。どうせならお前の地元に近い、富士山本宮ほんぐう浅間せんげん大社で。


 ――ああ、でも、勘違いすんなよ? 別に俺はお前の心配なんざしてねえ。

 気心の知れてる現地人にガイドさせれば、身体のこと以外は不自由なさそうと思っただけだ。静岡県民垂涎すいぜんのローカルグルメと名高い、さわやかのハンバーグをダシにコキ使ってやるから覚悟しろ。


 と、社長が出かけてるから仕事サボ……長めの休憩取って今季J3の試合動画観てたところで、うわさのサッカー男子日本代表から直々にお念話テレパスだ。


「四月一日新装オープン、あなたの街の羽田はねだ不動産です。本日は開業準備のため留守にしております。ご用の方はメッセージをどうぞ」

『もしもし? 俺、シャルル。今、逢桜町あさくらまちのどこかにいるの』

「帰れ!」


 通信終了。所要時間十秒。アイツが生きてることは分かったから良しとする。

 三秒後、〈Psychicサイキック〉に再び着信。相手は言うまでもない。


『シャルロットって名乗るべきだったか……今、ヒマ? どこ? これから会える?』

「ナンパ感覚で念話すんな、このチャライカー男子日本代表!」


 通信終了。所要時間十五秒。アイツは変わりないと分かったから良しとする。

 五秒後、またまた〈テレパス〉が鳴る。いい加減拒否すんぞこの野郎。


『なんでウザがるくせに念話出るんですか次期社長』

「てめえが一方的に絡んでくるんだろうが!」

『相変わらず〝素直じゃないな〟、おまえ』

「うるせえんだーよー、てめえなんざ知らねーよー! かーえーれー!」

『ははっ、それそれ! その語尾が伸びる横須賀弁、懐かしいな』


 三度目の着信は切らない。シャルルが合言葉を口にしたからだ。

 訳あって電話もメールも〈テレパス〉も第三者に監視されてる中での接触は、この「素直じゃないな」が出るまで前座。

 アイツのマネージャーが正規の通信経路にデタラメなデータを流し、こっそり開けてくれた裏口バックドアから本音を投げ込めるのはここからだ。


「――で? こんな田舎いなかに何の用だよ。まさか女とお忍び旅行じゃねえだろうな」

『いやいや、そんなことしないって。今回はショウに会いに来たんだ』

「俺に?」

『ん。河川敷でたい焼き買ってくるから、お湯沸かして待っててくれよ。掛川のお茶で一杯やろうぜ』

「待て待て待て、こっちは勤務時間中だ! 飲み食いしたけりゃ独りでやれ!」

『現社長さんの分も買ってくからさ。おまえ、何味がいい?』

「人の話聞いてたか? 会えないから来んなっつってんだーよー!」


 聞き分けのない相手にイラッときて、俺はついキツめに突き放した。ガキの頃はそんなことしようものならすーぐ泣きべそかいてな。そのたびに「羽田サイテー!」とアイツの非公式ファンクラブから叩かれたもんだ。

 いやいや、この程度で二十歳はたち過ぎの男が泣くか? 泣き虫シャルルでもそりゃねえだろ、と思っていたが――様子がおかしい。「じゃあ、いつ会える?」の一言が出ない。

 なあ、怒らないから「ドッキリでした~!」って言ってくれよ。太陽みたいに明るい声で、俺の不安を吹き飛ばしてくれ。


「……シャルル?」


 意を決して呼びかけたその時、相手に動きがあった。


『おまえに、会いたい……会いたいよ、ショウ』


 のどの奥から絞り出すような、ひどく震えて泣きそうな声。まだ日が落ちていないのに、俺のまわりだけ急激に冷え込んだ気がした。

 何があった? お前、何かされたのか? 手ぇ出しやがったクソ野郎はどこのどいつだ、言ってみろ。


「お前、町内のどこにいる? そこから動くな、迎えに行く!」

『いいって、車椅子じゃ大変だろ。声を聴けただけでも嬉しいよ、俺は』

「ふざけんな! たい焼きなんて飽きるほど食わしてやる。地獄の果てまでつき合ってやるから、早まるんじゃねえぞバカ野郎!」

『っ……ごめん。もう切らなきゃ』

「シャルル? おい、シャル――くそッ!」


 通信終了。所要時間はおぼえていない。ただ事じゃないって分かったから。

 勢いで迎えに行くって言っちまったが、奥行きはあって横幅がなく、開業前の散らかった狭小物件で介助なしに車椅子を取り回すのは一苦労だ。

 ワイシャツの上からおろしたてのブルゾンを羽織り、手元の車輪ブレーキを外す。ゆっくりと移動しながら、俺は命令を下した。


「〈Psychic〉! アイツの位置を特定しろ!」

【通信履歴を検索……〝アイツ〟 該当0件です】


 ああ、そうだ。俺はちっとも素直じゃない。お前のことなんかどうでもいいフリして、ホントは誰よりも気にしてる。

 お前の泣き虫をネタにするけど、ガチで泣かれると胸が痛む。ふさぎ込む姿なんて見たくもない。

 今だって、はらわたが煮えくり返ってんだ。遠くに行っても大事なお前が「会いたい」なんてこぼしたら、居ても立っても居られないだろ!


「だーっ、そっちじゃねー! 佐々木ささきシャルル良平りょうへい、で再検索しろ!」

【該当3件。GPSの位置情報を――】


 使えないウェアラブルデバイスをしかりつけ、俺は自分の机を離れて通路に出た。ここから出入口の自動ドアまでは一直線だ。何も障害になるものはない。

 だが、両手で車輪を駆った瞬間、何の前触れもなく〈Psychic〉がおかしな挙動をした。驚いた俺は手を滑らせ、落ちていたクリアファイルを踏む。


【いちジょウほ、ヲ、たどりまあああああ】

「しまっ……う、わぁあああっ!」


 車輪が空転し、横倒しになった車椅子から放り出される形で、俺はコンクリ打ちの床に思いっきり叩きつけられた。左半身がめちゃくちゃいてぇ。

 床の冷たさも相まって起き上がる気力は失せ、意識が遠のいていく。クッションフロア張ったら工賃おいくら万円かな……なんて考えてたら、いきなり針で突き刺されたような痛みが左手に走る。俺は自分の悲鳴で目が覚めた。


「ぐあぁあああああ! 痛ぇ、いってぇ……!」


 メガネ越しに見えたのは、手の甲に刻まれていく紫色の五つの葉。このあと、この〈五葉紋ごようもん〉があるか否かで、逢桜町の人間は天国か地獄を見ることになる。

 そんなこととはつゆ知らず、俺は絶望と恐怖を感じていた。根拠も理由も分からないが、自分は殺されると確信した。

 でも、逃げる足がない。助けが要る、介助者を呼ばなければ。俺は無意識に――ほぼ条件反射的に、真っ先に頭をよぎった顔の名前を呼んだ。


「――シャルル!」


 〈Psychic〉が、目の前に仮想ディスプレイを展開させる。そこに現れたのは金髪碧眼、チャラいようで意外とまともな幼なじみの姿だった。

 せっかくカッコいい服着ても、たい焼きTシャツに全部持ってかれるフランス系残念イケメンサッカー野郎を俺はほかに知らない。


『時刻は間もなく、日本時間の午後五時を迎えます。

 自らを完全自律型と称するAI〈エンプレス〉と、彼女によるサイバーテロを阻止しようとする人たちの緊迫したにらみ合いが続く宮城県逢桜町から、青葉放送・市川いちかわ晴海はるみが独占取材でお伝えします』


 それがなぜか、俺に会いに来ただけで大事件に巻き込まれているらしい。人類代表? AIとの全面戦争? そんなの、サッカー選手の仕事じゃない。

 なんでだよ、神様。なんで俺たちの邪魔をするんだ。

 なんで、どうして……なんで、なんで、なんで――!


【ショウ ごめん おれは にげない】


 あの時、気づいたのが俺だけかは分からない。シャルルが画面に映り込んだ時、白い文字でかな書きのテロップが入った。

 それは、どこかで俺が見ていると信じての口パク。〈Psychic〉の自動読唇・文字起こし機能が拾ってくれることを期待した、アイツからの――


「なん、で……何してんだよ! そこにいたら、お前は……!」

【やっと おまえに かりを かえせる】

「やめろ。やめてくれ。お前の口からそんなの聞きたくない!」

【こんどは おれが おまえを まもるよ】


 カウントダウンが始まった。画面の中のストライカーは、怖いもの知らずのクソデカい態度で〈エンプレス〉とかいうAIにケンカを売っている。

 でも、俺の目にはその本心が見えていた。

 怖くて、今すぐ逃げ出したいのに、何も言えず泣き崩れるお前の姿が。


『五、四!』

【いままで ありがとう】


 おいおい、そこは「いつも」だろ?

 静岡人は冗談が下手クソだな、サイレントヒルだけに。


『三、二!』

【たのしかったぜ】


 俺はさっぱりだよ。いつもお前の「ついで」だからな。

 でも、主役がいなかったら、俺はバイプレーヤーにすらなれなかった。


『一!』


 続く言葉は、白い光にかき消されて読めなかった。

 だけど、アイツのことだから、きっとこう言ったんだと思う。


『ショウ――正一しょういち。大好きだぞ』

「う……っあ、あぁあああああ――!」


 冷や汗をびっしょりかいて、俺は勢いよく飛び起きた。ぼやけて定まらない視界の中でも、シャルルの気配は不思議と知覚できる。


「おはようさん。はい、メガネ」

「ん……あれ? 俺、何して……」

「帳簿とにらめっこして赤字決算ゾンビになってた。そんな頑張り屋の社長さんに、黒字祈願の黒ゴマ味たい焼きと富士茶の差し入れ持ってきたぞ!」


 あれから一年。俺はやっぱり素直になれない。生きてまた会えた喜びを噛みしめるべきなのに、コイツの顔を見ると悪態が口を突いて出る。

 だけど――俺はこの先も、お前とともに生きていきたい。互いを想い、絆を紡ぎ、手を取り合って歩いていきたい。

 兄弟のように愛おしくて、家族みたいなお前と、これからも。

 いつか二人で、この黄昏たそがれを越えていこう。


「てめえが食いたいだけじゃねーか。あと、赤字決算ゾンビって何?」

「机に突っ伏して、白目いてうんうんうなってる状態」

「それもう半分死んでないか俺!?」


 その……面と向かって言うの恥ずかしいから、ここでこっそり吐き出しとくわ。

 いつもありがとな、シャルル。それと……俺も、お前が――。

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デイライト・インタールード 幸田 績 @yuki_tomori

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