黄金林檎の落つる頃

新巻へもん

剣士と魔法使いと愚者

 林檎は枝から落ちたものは食べてはいけません。

 季節外れの嵐が枝を大きく揺らしたのであれば別ですが、枝から落ちたということは虫がついているか、病気になっているかの可能性が高いのです。

 林檎が赤くなると医者が青くなるといいますが、落ちた林檎を食べると口にした人が青くなることでしょう。


 でも、黄金林檎は違います。

 親指ほどの大きさの小さな林檎が生る木はとても高い山の中腹にある霧深い湖の中にある島に生えていました。

 とても古い木で神代の時代からこの場所に生えていると伝えられています。

 1年のある時期にだけ黄金色の林檎ができるのですが、この実は熟すと新月の夜に自然に枝から落ちるのでした。


 とても神聖な木ですから人が登って実をもぐなどというのはもっての他です。

 自然と落ちてくるのを待って手に入れるしかありませんでした。

 この実をほんのひと欠片でも口にすることができれば、どのような病気もたちどころに治ります。

 手に入れるのがなかなかに難しいのですが、古代からそのように伝えられてきました。


 さて、黄金林檎の成る木がある山から少し離れたところに王様の住むお城があります。

 王様には一人娘がおり目に入れても痛くないほどの可愛がりぶりでした。

 そのお姫様が16歳のとき恐ろしい病気にかかります。

 酷い頭痛に苛まれるようになってベッドから起き上がれなくなってしまいました。


 王様は国中の医者を集めて診察させましたが治療法は分かりません。

 それどころか、このままでは余命が半年しかないという結論になってしまいました。

 憔悴する王様に大臣が進言します。

「これは黄金林檎の力にすがるしかありません。幸いなことにもうすぐ実が生る時期が始まります。兵士に命じて取って来させましょう」


 命令を受けて出かけた兵士は1人を除き戻ってきませんでした。

 黄金林檎へと向かう山道には恐ろしいトロルがいて旅人を捕まえて食べていたのです。

 逃げ戻ってきた兵士が報告し、王国で1番の剣士が派遣されました。


 さすが、王国で1番の剣士です。

 トロルと戦って倒すことはできないものの追い散らすことに成功しました。

 道を進んでいき林檎の木のところにたどり着きます。

 剣士は林檎の木を見上げました。

 黄金色の林檎の実が成っているのを見つけます。


 ああこれだと剣士は喜び林檎の木に登りました。

 神世より伝わる聖なる木に登るとはなんという傍若無人。

 林檎の木に潜んでいた毒蛇がするすると忍び寄るとがぶりと噛みつきます。

 手足の力が萎えた剣士はどさりと地上に落ちて亡くなってしまいました。

 不思議なことに湖の水があふれてきて戦士の遺体を押し流します。

 そりゃあ、神聖なこの場所に人間の亡骸を置いて置くわけにはいかないですものね。

 そうこうするうちに新月の夜を迎え、黄金林檎の実はポトリと落ちます。

 地面に触れるとたちまちのうちにその中に潜って消えてしまいました。


 待てど暮らせど剣士が戻ってこないので王様は国で一番力のある魔法使いに林檎を取ってくるように命じます。

 魔法使いは頼もしげに請け負いました。

 傷の癒えたトロルが待ち受けますが魔法使いが銀の杖をかざすとどうでしょう。

 たちまちのうちに岩となってしまいます。


 難なくトロルを退けた魔法使いは林檎の木のところへとやってきました。

 見上げれば林檎の実がピカリと黄金色に光ります。

 魔法使いは呪文を唱えました。

 銀の杖がするすると伸び先端がまるで手のようになります。

 林檎の実を掴むともぎりました。

 再び呪文を唱えて杖を短くすると王様の元へと戻ります。


 黄金林檎を献上すると王様は大層喜びました。

 早速、お姫様に与えます。

 ところがちっとも病気は良くなりません。

 まだ熟しきっていない黄金林檎には病気を癒す力はないのです。

「この詐欺師め!」

 怒った王様は魔法使いを捕らえようとしました。

 大勢の兵士に斬りつけられ、魔法使いは逃げ出します。

 しかし、そのときの傷が元で亡くなってしまいました。


 時間を空費するうちに、お姫様は何も食べ物を受け付けなくなり、薔薇色の頬はこけ、みるみるうちにやせ衰えました。

 王様は嘆き悲しみます。

 ついに宮殿の前に布告が張り出されました。

 黄金林檎を取ってきてお姫様の命を救ったものには、お姫様の婿とするというのです。


 多くの者が我こそはと名乗り出て旅立ちましたが、誰1人林檎を持って戻ってくることはありませんでした。

 魔法使いが亡くなって魔法が解けたトロルがそのうっぷんを晴らすようにみんな食べてしまったのです。


 さて、黄金林檎の木の生えている山のふもとの村に1人の若者が住んでおりました。

 性格はいいのですが、愚鈍であまり頭がよくありません。

 そのため、村人からウスノロと呼ばれていました。


 ウスノロには兄思いの妹がいます。

 両親はとっくに亡くなりたった1人の肉親でした。

 ちょうど王様が布告を出してちょっと経った頃、その妹が病気になってしまいます。

 高熱を出して苦しむ妹を前におろおろしますが、ウスノロは何をしたらいいのか分かりません。

 村の古い小さな祠で熱心に祈りを捧げることしかできませんでした。

 

 その祠ははるか昔に黄金林檎の実を取ってきて流行病から村人を救った少女の功績をたたえるために建ったものです。

 時代が経ちそのことをすっかり忘れ去られてしまって今ではほとんど人が寄り付くこともありません。

 少女の行動を伝える浮彫は摩耗してしまい薄くなってしまっていましたが、熱心に祈りを捧げるウスノロの脳裏にしっかりと刻まれます。


 ウスノロが妹の回復を祈っている頃、多くの者が大挙してやってきてその村を通り山へと登っていきました。

 村の若者の中にも褒美につられて山へ向かう者が出ますが、やはり誰も戻ってきません。

 ウスノロは頭が良くないので難しい話は分かりませんでしたが、どんな病気も治る林檎の実というところだけは理解します。

 単純なウスノロは伝説の少女の真似をすればいいのだと思いました。


 ウスノロは妹の古着を身につけ山に向かいます。

 幸いなことに背格好は似ていたのでそれほどその姿はおかしくありません。

 トロルはウスノロを見つけて飛び出してきます。

 しかし、ウスノロの格好をまじまじと見ると食べようとはしませんでした。

「娘っ子は子供を産む。慌てて食べては大損だ」

 そう独り言をつぶやくと道を空けます。


 ウスノロは肝をつぶしましたが、妹のことを思い出して道を進みました。

 林檎の木のところまで到達すると木を見上げます。

 金色の林檎を見つけ喜びました。

 ウスノロはその木の下でうずくまります。

 高い木に登る度胸も腕力もありません。

 浮き彫りにあったようにエプロンの裾を掴んで広げひたすら林檎が落ちてくるのを待ちました。


 三日三晩、その姿勢で待ち続けます。

 喉が渇き腹も減りましたが他にどうしたらいいか分かりませんでした。

 そして新月の夜、ついにポトリと黄金林檎の実が広げたエプロンの中に落ちます。

 林檎を手にするとお腹が減っていたウスノロはゴクリと喉を鳴らしました。

 ぐっと我慢をしてウスノロは星明かりを頼りに村へと帰り着きます。


 ナイフで黄金林檎を切り妹に食べさせようとしましたが、もうその力も残っていませんでした。

 ウスノロは自分の口に林檎を咀嚼すると口移しに妹に飲ませます。

 たちまちのうちに妹は元気を取り戻しました。

 黄金林檎を手にし痩せこけた兄の姿に何が起こったのかを理解します。

 ウスノロの妹は頬を染めました。

「ああ。お兄様」


 ウスノロの妹は黄金林檎とナイフを手にすると一片を切ってウスノロに差し出します。

「こんなにやせ細って。お兄様も召し上がって」

 大切な妹に言われウスノロは林檎を口にしました。

 元気を取り戻しただけでなく、頭の中がすっきりとした気がします。


「ああ。お兄様」

 妹は切なげにつぶやくとウスノロに唇を重ねました。

 こういうことは妹としてはいけないのだと思いましたが、ウスノロはついその行為に応えてしまいます。

 実はウスノロはその概念を理解できていませんでしたが、妹は継母の連れ子でした。

 2人の間には何も障害はありません。


 翌朝、仲睦まじく村の道を歩く2人を見て村長はいぶかりました。

「はて、あれほどの重い病に臥せっていたはずなのに……」

 ウスノロの家に行ってみると残り3分の1個ほどとなった黄金林檎を見つけます。

 飛び上がって喜んだ村長はその足で王様のところへと向かいました。


 林檎が3分の1しかないことを咎めると、村長はいけしゃあしゃあと答えます。

「お姫様に差し上げるのに本当に効果があるのか確認をいたしました。重病人の娘が治っているのを確認しております」

 その発言に王様は、黄金林檎をお姫様のところに持っていきました。

 半信半疑であったもののお姫様は健康を取り戻します。

 喜んだ王様は密かに村長を始末しました。

 だって、お姫様1人のためにどれだけ犠牲が出ても構わないという王様ですよ。

 大事な娘の婿に冴えない中年のおじさんを迎え入れるわけがありません。


 こうしてウスノロは妹を助けることができ、王様に殺されずにもすみました。

 妹と結婚して幸せに暮らしたということです。

 めでたしめでたし。

 かな?

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