おまけのエンディング 老人の前日譚
困った……。
老人は、悩んでいた。
ここ一年で仲よくなった少女。彼女に友だちになってくれたお礼と、誕生日プレゼントとして、なにかを贈りたかった。
あと一ヶ月……。
なんとか一ヶ月前に、贈る指輪をつくり上げた。手紙も、かいた。
あとは渡すだけ――。
だが、困ったことになった。
もともと老人は、日本にくる以前から、ある病気に苦しんでいた。
それでも、今まではなんとかやっていけた。だが、もうわかる。わたしの寿命は、そう長くはない……。誕生日には間に合わないだろう。
これでは、直接渡せない……。
だけど老人は、このことは少女にいえないと思った。うぬぼれかもしれないが、少女が悲しむかもと考えたのだ。
どうすれば……。
この問題とにらめっこしてから、もう三日。いっこうにbuona idea(いい考え)が思い浮かばない。
……あ。
ふと、懐中時計を見せた記憶が出てきた。あの時、いい笑顔だったなぁ。
……そうだ!
老人の顔が、明るくなる。
あの懐中時計、たしか……。
うろ覚えで、時計の仕掛けを起動する。少女には、話さなかったが、実は底が開くようになっており、さらに開いた底についている中底も動くようになっているのだ。
つくった彼の友人は、とても破天荒で、子どものような感覚の持ち主だった。
「このからくり、おもしろいだろ! まさか懐中時計にこんなの施すなんて、だれも気づかねぇ。お前のフィレンツェ彫りも、最高にいいな! これは世界に二つだけの、おれたちの時計だ!」
いたずらっ子の笑い方をする友。けっきょく、あいつはあの時計をどうしたのか……。
彼と比較すると、老人は、意外にも大人だった。中に宝ものを入れようとなど、今の今まで一度も考えなかった。
――やっと、隠し機能が使われるな。
思わず苦笑いをする老人。まさか、ここで利用するとは、思いもよらなかった。
さあ、〈贈りもの〉を収めよう。彼女のプレゼントと手紙は、二重底の中。もしも、別のだれかが時計を手に入れたとしても、絶対にこれは見られないように。
うん、カムフラージュ用に、わたしの作品のデッサンを入れておこう。これなら、バレないだろう。
老人は、気づいていない。まるで彼も幼い子どものように、ニコニコと笑っていることに――。
さて、ダイヤルの番号は、なににしようかな。中底用と最初に開ける蓋用、二つ考えなければ。
中底の方は、彼女の誕生日にしよう。これなら第三者にはわからないだろうし、彼女もそれくらいなら、開けられるだろう。
じゃあ、最初の蓋を開けるコードは――そうだ、時計にもヒントを残そう。その時間に時計を止めておけば、解けるだろう。さすがに、こういうヒントはないとな。
じゃあコードは……イタリア統一戦争の年、一八五九はどうだろう?
一八五九を時間に直すと、十八時五十九分。すなわち、六時五十九分。
ダイヤルを設定する老人。もう彼は、この作業を楽しんでいた。
よし!
時計の仕掛けを起動した老人は、満足気な表情。
せっかくだし、誕生日に受け取ってもらおう。宝探しのようにしたら、おもしろいのではないか?
アイデアが思いつくと、今度はこれを、どこに預けるか思案する。
老人が脳内検索をかけた結果、よさげな場所が一つ。
あそこがいい。あそこは、いいところだ。
思いついた場所は、『
店主の想も、いい人だし、信頼できるな。
計画するとすぐ、そのアンティークショップにむかう。
店主に事情を話すと、二つ返事で協力してくれるといってくれた。
助かった……。ここ以外には協力してくれそうなところはないし、かといって、せっかく考えた誕生日のサプライズを無駄にはしたくない。
老人は安堵したも束の間、急いで少女向けに店への地図をかく。
「…………」」
できが悪いのは、わかる。でも、これが限界だ……。
老人は、自分の思わぬ短所を見つけてしまった。
―― でも、今さらだよな。
苦笑しつつ、明日、少女に会う準備を整えた。少女には、理由をいわずに故郷帰ることを伝えるつもりだ。
いいたいこと、渡すもの――指さし確認しながら、自分の頭の中を整理する。
それが終わって、ひと段落着くと、老人は床についた。
――明日は、笑ってくれるだろうか。そして、〈贈りもの〉を無事受け取って、よろこんでくれるだろうか。
老人は、久しぶりに夢の中へまどろんでいく。そこには、あの大好きな少女が、めいっぱいほほえんでいた。
【Fin】
アンティーク・ウォッチ 〜思い出の家へようこそ〜 あられ @yumenikakeru
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