5 偶然は、必然か? それとも想いが必然にしたのか(めでたしめでたし)

「これは、三日前のことじゃ」

 しゃべりはじめた情一郎の話に、心は静かに耳をすませる。

 二人とも、カウンターの中にあった小さないすに、腰かけている。

「その日は、わしの将棋仲間たちがこなくて、とてもひまだった」

「いつものことだろ」

「しかし、めずらしくお客さんが来店した」

 するどいツッコミを華麗にスルーし、情一郎は続ける。

「きたのは、二人の女性。神社巡りの途中で、看板を見てきたといった」

 あれ、どこかできいたことあるような……あっ。

 頭の中の今日の記憶から、ひっぱり出してくる。最初の掃除中にしていた雑談。

「それって、今日掃除してた時にいってた……」

「その方たちは、親子で旅をしておった。そして、鳩時計を買って、わしにオルゴールの修復も頼んだ。なんでもお守りみたいなもので、旅の道中も持ち運んでいたそうだ」

 ……人の話、きいてんのか?

 先ほどの、懐中時計の謎を解いた時の自分のことは棚に上げ、心はそう思った。

「鳩時計は、大きくて持って帰ることはできん。わしはそれらの手続きのために、お二人に名前と住所と名前をたずねた。そのお母様の方が、ハルさんという名前じゃった」

「おい、じいちゃんそれって!」

 心は大声をあげるが、すぐに首を横にふった。

「いやいや、ハルなんて名前の人は、この日本にごまんといるだろ……」

「そうじゃな、しかし……」

 情一郎は、ここでいいよどむ。まるで情一郎自身も、信じられないというようだ。

「手続きをすませる間、ほんの少しだけお話しさせてもらった。その時、こんな話が話題になったんだ」


「すみませんね、お手数をおかけして」

「いえいえ、これが仕事ですから……それに、久しぶりのお客さんです。どうかゆっくりとしていってください」

 老婦の言葉に、情一郎は笑顔で答える。これは、気をつかっているわけではなく、本音だ。

「それにしても、ここは何年やられているんですか?」

 この質問は、老婦より少し歳の若そうな婦人。おそらくこの二人は親子だろうと、情一郎は勝手に推測した。

 情一郎は、よくたずねられることなので、スラスラとよどみなく語る。

「創業自体は、大正時代。この店としては、戦後すぐに建て直されたので……八十年ほどでしょうか」

「なるほど。あと、お店の名前、すごくおしゃれですね」

「ありがとうございます。店名は『La casa dei ricordiラ・カッサ・デイ・リコーディ』――イタリア語で、直訳すると『思い出の家』という意味です」

「『思い出の家』?」

 首をかしげる婦人。それに、情一郎はいつも通り説明する。

「はい。ものには経た時間の分、たくさんの人の想いや想い出がやどるーー。そして、ここには多くののモノが集まる。すなわち、ものにこめられた想いや想い出も、ここには集まるわけです。だから、想い出が集まる場所――『La casa dei ricordi』という名前になったのです」

「そんな、すてきな由来があるんですね……」

 うっとりとする婦人。だが、いっぽうで老婦のようすは違う。似ているが、どこかボーッとしているようだ。

「どうしたの? 母さん」

 婦人は心配そうな顔。声をかけられて、老婦は彼女を見て、ほほえむ。

「ああ……なんでもないよ。ただ、昔を思い出したんだ」

「昔……?」

 疑問まんさいの婦人に、目にキラキラの光がうかばせ、老婦は話しはじめた。

「わたしが小さいころ――たぶん、五、六歳のころだったかしら。近所にイタリア人のおじいさんがいて、よくおしゃべりしてたの」

 思い出にふけって話す老婦は、どこか、少女のような笑みを見せる。ウキウキしているのが、すぐに伝わった。

「だけどおじいさんは、故郷に帰らなくてはならなくなったの。でも、わたしに誕生日プレゼントをくれた。その時、お店にいって受け取ってっていってた。でも、そのおじいさんのかいた地図がヘタでね」

 ここで、苦笑する。たしかに〈地図がヘタ〉なんて、知っているどの話でもきいたことがない。

 きき手の二人も、そろって苦い笑い。

「そのうち戦争がはじまってしまった。それで、たぶんそのお店が焼けてしまったのね。わたしは、そこで贈りものは永遠に見ることはできないだろうと思った」

 老婦は、どこか遠くを見つめる。彼女には、当時の景色がはっきり目にうつっているのだろう。

「なつかしいわ。もう八十年以上たったのね。そういえば……おじいさんがいってたお店、『ら・かっさ・なんちゃら』って名前だったような……」

 情一郎も、婦人も、そして口にした老婦自身も、ハッとする。

 しかし、それは一瞬だった。目を閉じ、首を静かにふる老婦。

「たぶん、わたしの思いすごしね。それに、万が一本当だとしても、もう残っていないでしょう」

「……そうですね。わたしの耳には、入っていません」

 自分の落ち度ではないのだが、なんとなく、

「申し訳ない」

と頭を下げる情一郎。

「いいんです。変なこといって、すみません」

 そういって、老婦はおだやかに微笑した――。


「…………」

「…………」

 時はもどって、現在の『La casa dei ricordiラ・カッサ・デイ・リコーディ』。

 情一郎の過去の出来事をきき終え、五分ほど続く無言の間。

 それを打ち破ったのは、またもや情一郎。

「……なぁ、心」

「……なんだ?」

「来週の三連休、あいておるか?」

 突然の質問に困惑するも、心はなにをするつもりか予想がつく。だから、すなおに回答する。

「ああ、来週からテスト前で、部活がないからな。まぁでも、テスト勉強はどっちにしても少ししかやらないし……三日間、ぜんぜん忙しくないよ」

「来週、北海道へいく」

「いき先は?」

「決まっておろう」

 情一郎は、にかっと笑う。どこかやさしい表情だ。

「ハルさんのお宅じゃ。鳩時計とオルゴールは、郵送で届けようと思っておったが、追加で渡すものができたしの」

 そういうと、カウンターの上に置かれたものに目を向ける。懐中時計、アクセサリーのデザイン。そして、指輪と手紙――。

「いいね。たぶん、ぜんぶおじいさんのものだろ? よろこぶと思うぜ」

 間髪入れず、肯定する心。

 情一郎は、親指を突き上げて心にウインク。

「さてと……」

 心はいすから立ち上がると、冗談めかした笑いを浮かべて、情一郎の方をむいた。

「まるで、想い出の届け屋だな。じいちゃん」

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