4 イタリアからのすばらしい贈りもの(情一郎の解決と解説編)
「……心」
情一郎が、たずねる。まだなにか、気にかかることがあるかのように。
情一郎の態度を不思議に思いつつ、心は反応する。
「なんだ、じいちゃん?」
「懐中時計の中に入っていたのは、それだけか?」
どうして、そんなことを改めてきくんだ?
さらに疑問を抱きつつ、答える心。
「ああ。この紙だけだな。あとは、ねじ穴があるだけで……」
「わしは、まだ腑に落ちんのだ。アクセサリーの設計図を入れるだけなら、高さは三センチもいらん。現に、入っていた場所は、そこまでスペースがない。あまりに底が大きく開きすぎだ」
情一郎は、たんたんと告げる。情一郎のいう通り、開けた底は二センチほどあり、本体よりも大きい。
心は、納得できる答えを出すことができない。
「それに、鍵を開けるやり方も、かんたんすぎる。時間とダイヤルが対応している――そんなの、関係ない人でも解錠できる方法だ。現に、他人である心が解いた」
「それは……」
たしかに妙だ。時計も止まっていて、開けるのなんてお茶の子さいさいだった……。
「……もしかして?」
「わかったか」
情一郎の問いに、心は大きく首をたてにふる。
「ひょっとして、わざと時計を止めておいたのか? そして中には、他人に見られていいものを入れた。他人が開けても、それで満足するように……。それは本来あの記録にあった〈少女〉におくるものではない。つまり、カムフラージュ……」
まんまとやられた。心は、頭に衝撃を受けた気分になる。
「じいちゃんは、どこで気がついた?」
「心とともに、時間を読み取った時だ」
「あの時か」
――気づけなかったなんて、ミステリーマニアの名折れだな……。
なんだか、悔しくなる心。
そして、孫が静かに傷ついているとは、つゆ知らずの情一郎。
「そう、時間のキーを入れるのに、時計の針が停止しているなんて、やりやすい。なんて都合がいいと思ったのだ。それに止まっていた時間も、作為を感じた」
「作為? なんだよそれ」
なにがなんだかさっぱりだ! と、いわんばかりの心。
情一郎は、まだ思索にふける顔で、つぶやく。まだ、自分自身も内容を整理しているようだ。
「六時五十九――もし午後だと考えた場合、十八時五十九分と表せる。すなわち、一八五九――一八五九年。これは、イタリア統一戦争が起こった年。そして、フィレンツェ彫りのことから、持ち主はイタリア人だったはず―――考えすぎかもしれんが、あまりにも、できすぎているとは思わんか?」
「……イタリア統一戦争?」
「お前さんが高校生になったら、世界史で習うと思うぞ」
こういうと、「その時は、ちゃんと勉強しとくんだぞ」といわんばかりの視線を、心に浴びせる。
視線をむけられた心は、苦笑い。
「オーケー。だけど、今はかんたんに説明してくれ」
【情一郎のヨーロッパ史お勉強コーナー】
イタリア統一戦争は、一八五九年にあった戦い。
それ以前のイタリアは、たくさんの国が集まってできたものだった。ええ、それはもう、数えるのが大変なくらい。
北のヴェネツィアなどがオーストリア領。イタリア中部(特に国がいっぱい)はローマ教皇という偉い人が所有し、フランス軍が内在。南は南シチリア王国が治めている状況だった。
イタリアを統一するための敵は三国。オーストリア、フランス、南シチリア王国をなんとかしないと、統一はできない状況!
だが、北からイタリアを統一する勢力の起点ができた。その名は、サルディニア王国!
その首相、カヴールさんはいろいろ手をまわして、なんとかフランスを味方につけ、当時皇帝だったナポレオン三世と密約を結ぶ。その次の年にオーストリア軍をやぶった。
ざっくり説明すると、こんな戦争だ。
これが、一八六一年のイタリア王国(今のイタリア)が成立する、一つのきっかけとなった。
さらに解説すると、そのサルディニア王国が、イタリアの北の都市や中部を併合したり。
統一を目指す組織、青年イタリア出身のガリバルディさんが、千人隊という軍を率いて南から「統一だ!」と運動を展開したり。
このイタリア統一のエピソードには、かききれないほどの物語が詰まっている。
ちなみに、北と南ではこれまでの境遇が違ったせいか、同じ国でもまったく異なる雰囲気である。
そして――、
「そしてだな、わしの一番のお気に入りは――」
「わかった、わかったから! もうその辺でいい! また今度、続きを教えてくれ!」
あまりに熱が入った情一郎の話が長くなり、頭がパンク寸前で煙が出そうな心。彼は、勢いよく手を前に出して、情一郎を止める。
「ふむ、そうか」
少々(どころではなくすこぶる)残念がる情一郎。
心は、ホッと胸をなでおろす。
だが、大事なことがわからなかった。
「んで、この時計の真の意味は――?」
情一郎は、肩をすくめる。
「そんなの、わかるわけないじゃろ! わしは、ただの歴史と文化が好きなじいさん。なんでもわかる超人ではない。この謎が最後まで解けるのは、受け取り主本人だけじゃ。でも、その当人が今も生きているかどうか……」
「……じゃあ、この謎は永久に闇の底なんだな」
そう口に出しながら、心は悲しかった。
せっかく贈りものを用意したのに、知られないまま消えていくなんて……。
しばらく広がる沈黙。それを、考えていた情一郎が打ちやぶった。
「心、それをわしに貸してくれ」
「じいちゃん……」
「もしかしたら、受け取り人のヒントがあるかもしれんだろ? だから、探してみる」
情一郎のいった台詞に、おどろく心。だが、すぐに落ち込む。
「でも、その少女しか見られないんだろ……?」
「わしに一つ、考えがある」
そういい切って時計を受け取ると、ダイヤルをいじりだした。
心は、見守る。
十数分後。
カコッ……。
かすかな音を鳴らし、先ほど心が開けた底についていた中底が動いた。その中には、空洞があるようだ。
つまり、底を開いたうえでダイヤルを合わすと、中底が開く二重仕掛けになっていた、というわけだ。
その様子を目の当たりにした心の目が、大きく開いた。
「どうして……」
自然ともれた、小さなつぶやき。それに、情一郎は笑みを浮かべて解説する。
「思ったのだ。わしが、だれかだけに渡したいものがあったら、どうするか。それは、二人だけにわかるものがいいだろう。そうすれば、誕生日が頭に浮かんだんじゃ」
きいてみれば、単純でなるほどと思う。だが、わからない状態から考えつくとは、すごい。
さらに、理由を告げる情一郎。
「もっというと、誕生日は四桁の数字にすることができる。大きいダイヤルの目盛りの数字は、十二――一年は、十二ヶ月あるだろう? ピッタリだ。さらに、時に関係するしの」
ここまで説明を受けた心から、疑問の声が出る。
「でも、なんでわかったんだよ。誕生日なんて、かいてなかっただろ?」
「あの記録と追記がかかれたのは、一九三九年十月一日。その時点で、もうすぐ誕生日ということは、頭の数字は一〇になる確率が高い。あとは、総当たり。一から三一までためすだけだ」
思わず、笑ってしまう。きいてしまえば、とてもかんたんな話だ。
「じゃあ、あの記録、役に立ったんだな」
「ああ」
笑い合う二人。
そして心が、いよいよというように切り出す。
「で、中は――?」
「どれどれ」
情一郎は、丁寧に中身を取り出す。
現れたのは、紙。そして、フィレンツェ彫りの指輪だ。
本物のレースみたいな細工。たくさんの花の装飾があり、五ミリの青い宝石がはめられていた。
「これは……見事じゃ」
感嘆の声を口にする情一郎。心も、その美しさに目をうばわれる。
まるで、森のお姫さまの指輪みたいだ……。
だがハッと、紙のことを思い出して、きく。
「この紙は……?」
情一郎は、ゆっくりと紙を開く。
かかれていたのは、きれいな日本語だった。
親愛なる友だち、ハルへ。
これが、わたしからの誕生日――
二人が読んだのは、ここまでだった。
さわりの部分が目に入った瞬間、情一郎が紙を閉じたのだ。
「これは、わしらが読むもんじゃない」
「だよな」
コクコクと、心はうなずく。
「でも、わかったのが名前だけか……。よかったけど、それだけではどこのだれかは……」
「あっ」
情一郎が、大きな声をあげる。おどろいてビクッとする心。
「なんだよじいちゃん! びっくりしたー」
心は、胸を押さえる。
「思い出したんじゃ」
「なにを?」
うながされて情一郎がいった言葉は、心をさらに驚愕させた。
「わしは、この受け取り人の方に、会ったことがある」
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