3 想いは止まった時の中(心の解決編)

 さてと……。

 心はもう一回、問題の時計をじっくり調べる。

 蓋のち密な模様と青い石、中の時計の文字盤、裏側、側面――。

 そして一番怪しいであろう、大小のダイヤル。

「うーん……」

 困ったな……。

「おーい心! 返事せんかい!」

 考え込んでしまった心には、なにかいってる祖父の声は、右から左へ流されていく。

 たぶん、ダイヤルが鍵なんだ。ダイヤルを正しい組み合わせで回せば、隠された秘密が出てくるはず……。

 心はそう推測し、もう何度目かわからないが、ダイヤルを確認。

「――あ」

 ふいに、口から声がもれる。

 ――なにか、ダイヤルにかいてある?

 だが、あまりに細かすぎて、読めない。

 道具がないと無理だな……そうだ!

「じいちゃん」

 急に、今まで無言だった孫から呼びかけられたため、情一郎はおどろいて反応が遅れた。

「な、なんだ」

「悪いけど、虫メガネかルーペを貸してくれ。この店にあるよな?」

「そりゃあ、骨董品屋だし、あるが……」

 わけのわからないまま、心に従ってカウンターの引き出しから、鑑定用の虫メガネを取りだす。

「ありがとっ!」

 感謝もそこそこに、心は情一郎の手から虫メガネをひったくる。

 ……よし、見える!

 五分かかって、ようやくなにがかいてあるか理解できた。

 心は発見した情報を、情一郎に伝える。

「ダイヤルに目盛りらしきものがあった。大きいのは十二、小さいのは六十までだ。六十までかかれているのは、ゼロ、十五、三十、四十五、六十しかかかれてないが、等間隔に目印があって、ぜんぶで六十一個になるように区切られてる」

「お前さん、よく読み取れたな。わしは、虫メガネを使っても読めんぞ」

 心が報告したことを、情一郎はなんとか確認しようとする。そんな祖父に、心はいった。

「じいちゃんは老眼だからな。しょうがないよ」

「……なんだか、けなされたような気がするが……」

「ち、違うから! そんなつもりでいったんじゃないって!」

 あたふたと、心はいいわけをする。ふぅ、と情一郎はしかたなさそうにため息をついた。

「まあ、いいじゃろう。老眼なのは事実だし……。それより、そこが重要なのか?」

「重要も大重要! じいちゃん、この謎があるのは懐中時計。さらに十二、六十ときいて、思いつくものはないか?」

 心はにやりと、勝ちほこった顔をする。

「時間と分――この単位とぴったり重なるじゃないか! つまりこの時計の時針と分針、大小のダイヤルは対応しているはずだ! さっそくやってみるぞ!」


 心は蓋を開け、時計の針がどこを指しているかを見る。

 間違いのないよう、よくチェックして、導き出した時間は六時五十九分――。

 よく観察すると、それぞれのダイヤルのちょうど真上には、小さな逆三角がある。まるで、そこに目盛りをあわせろといわんばかりに。

「えーと、まず、大きいのは時間に合わせるのは六っと……」

 次に、小さいサイズのものは五十九。ピッタリ印に合うように、注意して回していく。

 ダイヤルを目盛りにあわせると、

 カチっ。

 吐いた息でもかき消されそうな音が、きこえた。

「…………」

 無言で、心は懐中時計を裏にむける。そして底に手をかけると、グッと力を入れた。

 かすかに引っかかりを感じたが、底がすんなり開いた。

「まさか、こんな仕掛けがあったとは……」

 目を丸くして、底が開いた懐中時計と心を交互に見つめる情一郎。そして、問いかける。

「なにが入っておった?」

「これは……」

 心が手に中身を出す。バラバラと、なにかが落ちた。

「……紙?」

 現れたのは、一見ただの折られた紙。それが四つある。

 残念に思った心だが、

「心、中を見てみなさい」

 と情一郎にいわれ、紙を広げてみる。

 すると、そこにあったのは、

 「――ペンダントのスケッチ?」

 首をひねりつつ、心は時計の中に入っていたすべての紙を広げる。

 指輪、ブローチ――。どれも細かいところまで描写されているスケッチだ。

 そして最後の一枚には、文字が記されていた。

「えーと、この懐中時計の謎を解いた賢者へ。おめでとう。これはわたしが考えた金属アクセサリーのスケッチだ。わたしはつくれないが、もし君が興味を持ってくれたのなら、このスケッチを現実に誕生させてくれ。――賢者か、へへ」

 手紙を読んで顔がにやける心に、情一郎はあきれながら、いう。

「ものすごく顔がゆるんでおるぞ、心」

「い、いや、そんなことは!」

 急いで顔をひきしめる心。改めて、紙を眺める。

「それよりもこれ、アクセサリーのデザイン案か。……ってことは、時計のもとの持ち主って、アクセサリーの作家だったってことか」

「そんな人のことを、金細工師や銀細工師というんだ。おそらくこの人は、銀細工師だな」

 情一郎が、心の言葉を訂正する。

「銀細工師か。かっこいいな」

「お前さん、語感だけで思ったな」

「……バレたか」

 シラっとした目をむける情一郎に、頭をかいて笑う心。

「まったく……銀細工師は、仕事の内容もかっこいいのだ。金属にきれいな模様を刻む。しかもとても細かく美しい模様を――。わしは日本人も外国人も含め、何人もの銀細工師を知っておるが、みなとても尊敬しておる」

 さすがじいちゃん。アンティークショップの店主として、家具、工芸品のことがなんでもわかる。しかも、なにかをつくりだす人にとても敬う心を持っているんだ。

 心にはそんな祖父が、あこがれだった。

「この細工を施したのも、持ち主かもしれんな」

 時計の表面を見ながら、情一郎はつぶやく。

「デザイン案の模様と、時計の細工、よくにておる」

「ああ、たしかに。この人、唐草とか花とかよく入れてるな」

 心は、うなずいて同意する。

「それは、フィレンツェ彫りの特徴だ」

「記録にもあったけど……〈フィレンツェ彫り〉ってなんだ?」

 情一郎の言葉に、心は興味津々で問いかける。情一郎は、わかりやすく説明するように頭でまとめ、話した。

「ふむ、フィレンツェ彫りとはな――」


【情一郎のイタリア文化お勉強コーナー】

 金細工とは、主に金などの金属に細工を施す工芸。銀細工の場合は銀を主に細工するものである。 

 はじまりは、一五〇〇年代半ばのフィレンツェという街。そのころのイタリアは、ちょうどルネサンス時代という、芸術や文学が花開く時代で、フィレンツェではいちはやく訪れた。

 その時代、ヨーロッパでも金細工は発展したが、フィレンツェではジュエリーの彫刻に、独自の模様や技法が生み出されていった。これが、フィレンツェ彫りである。

 これらは現代まで、受け継がれてきたのだ。

 さて、フィレンツェ彫りで特徴的なのは、繊細な模様。

 これらは、左手に木の棒で固定した品物、右手にタガネを持って、彫ってていく。

 さらに宝石をつけたりして、完成。

 模様はさまざまで、レースのようにほった透かし彫り、ハチの巣のような六角形にするものなど。

 それ以外にも、唐草模様をつくるもの、主に植物の葉をモチーフに施すもの、種を模した小さな粒を並べるものなどがある。

 品物として、よくつくられているのは、指輪やイヤリング、ペンダント、ブローチなど。

 フィレンツェ彫りのアクセサリーは、現在でも高い人気を誇っているよ。

 さすが芸術の国、イタリア!


「へぇー。そんな前から、あったんだな」

 心は、感心する。だんだん、きいていたイタリアに興味がわいてきた。

「じいちゃん、おれ、イタリアにいってみたくなったよ。いや、イタリア以外にも、いろいろな国をまわりたいなあ……」

「…………」

 心のわくわくする声に、だれも反応しない。

「……じいちゃん?」

 不満気に顔をふくらませた心は、情一郎の方を向き、ギョッとした。

 情一郎が真剣な表情で、じっと床を見つめていたのだ。

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